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#03

あの電話から数日後、会場となる居酒屋を改めて確認して僕は少し早めに家を出た。
そこは僕たちの居た母校からさほど遠くない場所。あれから10年、今もこの街並みは取り立てて変わっちゃいない。だからとても懐かしい。

練習の後に赤澤たちに無理やりに連れて行かれたコンビニや喫茶店。特に僕は用なんかなかったし寮には門限があるというのに、学校側も寮母さんも僕の顔一つで見逃してくれるとか何とかでよく連れ出された。頼んでもないのにお礼だと言ってそこそこ紅茶を握らせるものだから...次も、その次も、その次も僕は引っ張り出された。

テニスと勉強だけしていればいい。そう思っていた僕に少しの息抜きを教えたのが赤澤たちだった。

あの頃は...本当に苦労ばかりさせてくれたものです。
真面目な後輩も引っ張り出して制服のまま出歩いた。他愛のない会話をした。勉強の話となると「ああ止めてくれ。今はそれを忘れるために遊んでるんだぜ」とか言われた。かといってテニスの話をしても「その件は後でやろうぜ」とも言われた。可哀想な後輩が僕と赤澤の間でオロオロしていたのが今も鮮明に思い出せる。

ぼんやり...ただ過ぎた時間を懐かしむように歩く。時折、擦れ違うあの当時の制服のままの学生たちに妙な親近感を覚えながら。


ふと、そんな中で何処か懐かしい背中を見た。
携帯電話を片手に話しながらゆっくりと歩く女性、そんな光景は日常で有り触れているというのに何処か見覚えのある小さな背中。少しだけ急ぎ足になる自分。擦れ違いざまにちょっとだけ見てみようか、なんて僕もどうかしてる。

何処か気になる背中。見覚えのある背中。
丁度、追い越すか追い越さないかのタイミングで女性は携帯を仕舞うために立ち止まり、横顔を見せた。

「.........ああ、やっぱり」
「え?」

服装も髪型も違うけど目に残った背中は変わらない。
赤澤たちと出歩いていた時によく見掛けた背中。いつもいつもコンビニの傍で貴女が電話を掛けていたのをよく覚えてますよ。僕らに気付くといつも手を振って通話中にも関わらず「また明日」と言ってくれた君。

「久しぶりですね。僕が分かりますか?」

その時の貴女がとても好きでした。

「.........観月くん?」
「正解」
「うわー久しぶり!というより、よく気付いたね!」
「すぐに気付きましたよ。貴女の後ろ姿は10年前と同じでしたから」
「え?そんなに変わってなかった?」

今も...その変わらないところが好きだと思った。

「そうですね。でも、あの頃より綺麗になりましたよ」
「時の流れ凄い!観月くんでもお世辞とか言えるようになったんだね」
「失礼ですね。僕は今でもお世辞は言いませんよ」

運動部だから伸ばすことが出来ないと文句を言っていた彼女の髪はほんのりウェーブ掛かった茶色のロングになっている。
制服だけど動きにくいから着たくないと嫌がったスカート、今となっては好んで着ているらしい。

変わったところもまた新鮮で、僕は―......

「観月くんも...変わらないね。何か安心しちゃった」
「おや、たかだか10年で不安になるとは」
「10年も経てば不安になるとこですー」
「本質は誰も変わっていないはず。不安になる必要は無いでしょう」
「あーもう。そういうとこも変わらないね観月くん」

目を細めてしまう。懐かしい、昔の淡い記憶を思い出す。
何がきっかけだったとかどんなところに惹かれたのとか、そんなことは今になってはどうでもいいこと。ただただ君を追い、君を見て、自分が幸せだった日を思い出す。見ているだけでそれだけで幸せだった...そんな自分が残した心残りもまた思い出す。

別に今更どうこうではなく、読み掛けた本に挟まったままの栞を眺め、続きを読むか読まないかを悩むような感覚と似ている。時間が経ってしまった今、この栞の先を読んでももう話の内容は分からないだろう。もしかしたらもう面白い話ではないかもしれない。だから、思い出は思い出のままでいい。そんな風に僕は思っている。

「まあ、その辺はおいおい。行きますよ」
「はーい」

昔と変わらぬ真っ直ぐな返事。年甲斐もなく片手を上げて。
並んで歩くと昔見ていた制服の君がスッと重なって見える。君の目にも同じようにあの頃の僕が見えているのだろうか。

「この先でしたよね」
「うん。確かそう」

僕たちが同時に眺めたのは同窓会の葉書。そこには手書きで粗雑な地図があった。
おそらく赤澤が書いたものだろう。ポイントは押さえられているものの土地を知らない人にはきっと分かり辛い地図だ。

「この辺は...運動部の買い食いポイントでしたね」
「そうそう。観月くん、いっつも後輩を叱ってたよね」
「バランスの取れた食事があるのに買い食いしていたから叱ってただけです」

それでも僕らが迷わないのはこの地で育った時間があるから。
色んな思い出がある。良いことも悪いこともこの地の思い出として記憶の中に残っているから。

「あー...寮生だったもんね」
「ええ。君は実家通いでしたね。少し羨ましかった」
「ええ?本当?」
「本当です。僕たちはちょっと時間に追われる生活でしたから」

全力で駆け抜けた時間。あの頃は今よりずっとタフだった。

「私は...寮生が羨ましかった」
「どうしてです?」
「皆仲良さそうだったし、楽しそうだったから」
「まあ...色々とありましたね」

今横を通り過ぎた生徒たちは寮生だろうか。時計を見て慌てて駈け出した。
その子たちを眺めて背を向けた別の子たちは実家生なんだろう。ゆっくりとまた歩き出している。

「懐かしいですね」
「うん。時間の流れを感じるね」
「ええ」

そんな彼らを僕たちは微笑ましく眺める。僕たちもこんな視線で見つめられていたのだろうか。

「あ、あそこだね」

彼女がそう言って指差した先、そこには何人か見知った仲間と赤澤の姿。
その中の一人が僕らに気付いて大きく手を振ると連鎖反応でその場に居た全員が飛び跳ねている。いい年をして...と言いたいところだが自然と顔がほころぶ。こんな光景をきっと僕は期待していたのだろう。

「おーい!」

彼女は駆け出した。僕はその背中を見ながらゆっくりと歩く。
そんな僕に走れと叫ぶ赤澤が居たが、僕はそれでも歩いて近付けば、そこでもまた「変わらねえな」と背中をバンバン叩かれた。

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