翌日から大会が始まれば、皆試合に集中して昨日のことには一切触れなかった。
試合風景は…九州大会とは比べ物にならないほど本気で、ただ、怖かった。
普段の彼らとは全く違う人物がそこに居て、そのやり方には目を覆うものもあった。
たまたまその試合の時に通り掛かった仁王が「ああいうのも戦略の一つかもしれん」と言ってくれるまで、
私は何とも言えない気持ちで彼らを見守った。後輩たちと共に、コートの外側で。
残念だったけど、試合は二回戦にして敗れた。
悔しがっても最後、でも…皆の表情は今までにないくらい爽やかなものだった。
「あーあ、負けたさー」
「我々がストレートで負けるなんてそうないんですがね」
「やっぱ全国。色んなヤツが居るさ」
負けは負けとして認めて、私たちは試合観戦を続けて…室内コートでの決勝戦までしっかりと観た。
言葉も出ないような試合展開に皆で息を飲んで、優勝したのは私たちが負けた学校の選手たち。
あの時もし、あの学校の選手たちに勝てていたなら――…とは誰も言わなかった。
彼らの長い夏、私の短い夏は終わりを迎えた。
「……君、今自分が何を言ったかお分かりですか?」
「分かってるから言いました」
「あのね…普通に考えて良いとは言うはずがありませんよ」
「勿論、それも分かっています」
「でしたらさっさとお戻りなさい」
「嫌です」
と、決勝戦を終えた夜、私と木手くんは大モメの真っ最中。
どんどん眉間にシワを寄せていく彼に私だって怯む要素はない。どんなに周りが引いたとしても。
「嫌です、って…君子供ですか?」
「今は似たようなものだと思われてもいいです」
「屁理屈言いなさんな」
「どうしても、私は主張します」
「あのねー…」
「いいじゃない。最後の最後くらい」
「その最後の最後で間違いがあっても困ります」
「その間違いがないように木手くんが居るんでしょう?」
「俺は君の用心棒になったつもりはありません」
今日が本当に最後の夜で、もうこうして皆と一緒に過ごすなんてことはない。
そう、不意に思った瞬間に枕を持って行動に出た私。主張するは、その一晩仲間に入れてもらうこと。
「お帰りなさい」
「嫌です」
「ゴーヤ食わすよ」
「受けて立ちますよ」
今までずっと静かな夜を一人で過ごして来たんだ。最後くらいは…と思うのは変だろうか。
確かに常識外れなことは言って自覚はあるけどそれでも、最後の最後くらいは、仲間に入りたい。
「……平古場くん。彼女を説得して下さいな」
「あい?そりゃ無理だわ。見てみあの顔」
「……」
「ありゃ朝まで言い合ってでも居座るさ」
そうなのか?という顔をしてる木手くんをジッと見て力いっぱい頷けば、彼はまた大きな溜め息を吐く。
これがもう何度目の溜め息かは分からないけど、それでも私は屈しない。
「……本気で言ってるんですか?」
「本気です。最後に仲間に入れて下さい」
「……その様子だと本気で吹っ切れたんですね」
「足掻くなら、もっと別の場所で足掻くことにしたんです」
例えば今みたいに、と告げればまた溜め息。
「……分かりました。もうお好きになさい」
そして、ポッキリ折れた。
木手くんが私に根負けした、と皆驚いたけど…笑って迎えてくれた。
私も嬉しくて笑って「お邪魔します」と告げて彼らの元へ。そしたら不意に知念くんがポツリと言葉を零す。
「初めて本当に笑ったな」と。やっぱり私は、ずっと笑えてなかったんだと気付かされた。
私は確かに、帰りたい場所があって足掻いた。苦しくて切なくて、随分泣いた。
でもふとある日、足掻く手を少し止めたら少し浮いて…また少し止めたらまた少し浮いた。
そして、ついに足掻くのを完全に止めた時に見えたのは、きっと青い海だったんだと思う。一面に広がる青い海。
その景色を見た瞬間、もうすでに新たなものっていうのは始まってたんだって、何となく思う。
「なあなあ、折角全員揃ったんだし枕投げでもしようぜ」
「そんなの許しませんよ」
「じゃあよ、また賭けトランプでもすっか?」
「あの下品な賭けもダメです。彼女が居ますから」
「ちぇ、じゃあさ――…」
自然に出来た円陣の輪の一部、その中に私が混じって色んな話が飛び交う。
甲斐くんが提案する遊びは全て却下されたり、田仁志くんが他の子のお菓子まで食べまくったり、
九州大会の夜はこんなことをしてた、あんなことをしてた、という話で盛り上がって、笑いながら聞いたり。
「そーいやよ」
不意に何かを思い出したかのように甲斐くんが口を開いて皆の視線が集まった。
「うまくいったんだよな、お前たち」
「……え?」
「あの日、凛がかなり情けなくってよ。木手が追い出したんだ」
「ええ?」
「ホテルに戻るなりウジウジしてましてね、邪魔でしたから」
試合にも支障が出そうでしたし、ああ、でもうまくいったところで支障は出ましたけど。と、木手くん。
におーってのが気に入らないって言ってる割にはよく分からん敗北感背負ってたのな。と、知念くん。
木手が追い出したのはいいけど、凛が会わずに帰って来そうだったから電話した。と、甲斐くん。
要は…何気に皆、知ってて今まで過ごして来た、ってこと?
「だから言ったでしょう?君は鈍い、と」
皆、知っててお膳立てしてくれてた、らしい。
よく思い出してみれば…バスでも飛行機でも、隣の座席は決まって平古場くん、だった。
「そこがゆいのイイトコさ。手出すなよー」
「おーおー強気な凛復活かあ?」
「わんはいつだって強気さー」
笑って、笑って、最後の夜は笑って過ぎていく。
甲斐くんが平古場くんのウジウジっぷりの再現をしてて、それを思いっきり否定する声が響いて。
どんどん時間は過ぎていって、最終的には一人ずつ、適当な場所にダウンしていって。
「ゆいはわんと永四郎の間」
「……俺の横、ですか?」
「永四郎は安全さ。だから横」
……言われた通り、二人に挟まれたものの変なカンジだ。
どちらを見ても…とキョロキョロすれば、気を利かして木手くんは私に背を向けてくれて。
「おやすみー」
すっ、と私の手を握って目を閉じる平古場くんを見て、私も安心して目を閉じた。
帰るんだ。始まりを告げた場所へ。
今度は笑って帰るんだ。あの日の私とは違う自分として。いつの間にか私の帰る場所に変わったあの島へ――…
わんが必ず連れてくから、その時は――…笑って。
ん。グダグダ完結。
住めば都、いつの間にか心は変わるもの。
何か、うまくまとまらずに完結させてしまったような…
色々とごめんなさい、な連載でした。
2009.07.14.
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