テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

幸せってきっともっと単純

視界に広がる青は初めて此処に来た時と同じだった。
ゆっくりと、ゆったりと寄せては返す波は此処での時間を表しているような気がして...この青も白い波も嫌いだった。ただ唯一、その波を越えようと必死になっている見知らぬサーファーだけは嫌いじゃなかった。人より少し波乗りが下手なサーファーは...少しだけ私に元気をくれた。

「おーい!!」

今日も今日でそのサーファーは波に乗る。上達は...あまりしてない。

「おはよう。今朝も早いね」
「やぁも十分早いさー」

何処か自分と重ねて見ていたサーファーは、今私の隣で元気をくれる人となった。
大事なことを大事なものを教えてくれた大事な人となって、私の傍に居てくれる人となった。

「うひ待ちー着替えて来るさ」
「うん。ゆっくりでいいよ」

時間に余裕はある。この島に流れる独特の空気と同じくらい。
更衣室の傍にある木陰に腰掛けて待つのがもう習慣になっていた。

此処へ来て半年は過ぎた。
今もコンクリジャングルに住んでいたならきっと受験受験と追われていたに違いない。私立、国公立、高専...沢山の学校から数校を選んで先生と面談して...と大変な目に遭っていたことだろう。
だけど、此処では本当にのんびりしたものでそんな雰囲気はない。私立だから持ち上がりというのもあるかもしれないけど、編入で島外へと出ていく人たちは極端に少ない。つまり、皆近くの高校へと進学していくのだ。

「お待たせ!」
「ううん」

ウェットスーツを脱いだサーファーは、制服を着た学生へと変わった。
ゆっくりでいいと言ったのに今日も何処か着崩れた制服と濡れた髪のまま、それでも元気に走って来る。

「髪、また濡れたまま。風邪ひくよ?」

夏も終わって秋も過ぎ掛かっているというのに彼はいつも忠告を聞かない。

「ナイナイ。わんはビョーキとかならねー」
「なっても知らないからね」

だけど、毎日のように繰り返すこの会話だって...何処か幸せで、穏やかなものに感じていた。
この日とは違う、あんなにギスギスしていた自分が嘘のように穏やかに笑えるのは...彼のお陰だ。

「なら、やぁが乾かしてくれていいさね」
「私が?」
「そ。そしたら助かる」

彼は、太陽のように温かくて海のように広い、風のように爽やかな人だ。
この土地の空気と...よく似ている気がする。それに気付いたのはいつだっただろうか。

「ちょっと面倒だなあ。平古場くん、髪長いし」
「というより、わざわざ君の手を煩わせなくても彼、病気にはなりませんよ。馬鹿ですし」

そして、今日もまた同じタイミングで木手くんと遭遇する。
何だかんだでお節介、何だかんだで平古場くんの保護者みたいな彼もまた...私を変えてくれた人。

「おはようございます。今日も朝からイチャイチャして...此処は公共の場ですよ」
「い、イチャイチャなんかしてません!」
「でもまあ...平古場くんがウジウジする光景よりはまだマシでしょうか」
「わ、わんはウジウジせん!」

気付けて良かった。大事なことに。
大事なのはその地でどれだけ大事なもの、唯一無二のものを見つけられるかってこと。私は私を残して来たんじゃない。思い出も全て持って、私は此処へとやって来たんだ。

「どうだか。精々嫌われないようになさいな」

私は、抜け殻なんかじゃない。

「.........羨ましいんでしょ」
「.........何ですって?」

天気は上々。気分も上々。前とは少し違うかもしれないけど私は此処に居る。

「いえ、なーんでも。行こう平古場くん」

視界に広がる青は初めて此処に来た時と同じ。でも嫌いじゃない。
だから私は、幸せなんだ。

title by 27(お題サイト)


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