テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

出逢うべき人 06



「はい」とも「いいえ」とも言わせてもらえないままに唇は何度も重なった。
静かに重なるだけで無理やりでもなければ何かの儀式のようにも思えるほど穏やかに触れてて。

「……平古場、くん」

腕の中は心地良かった。優しく頭を撫でる手も心地いい。
ほのかにくすぐる彼の香りも私を安心させてくれる。とても、心地が良くて…変な感覚になる。

「私が、好きなの?」
「そう言ってるやっし。疑うのか?」
「……違う」

疑うとかそんなんじゃない。ただ、忘れたわけじゃない、ほんの数ヶ月前の私。
何度となく声を掛けて来た彼をうとましく思ってた私は、その度に冷たく言い払っては逃げていた。
分かるように、と言葉を選んでくれていた彼に酷い言葉さえぶつけた。それは、どちらにも残るだろう記憶。
特に私の中には、あの日の何とも言えない表情が消えずに残ってる。ずっと、残されたまま。

「酷いこと、沢山言った」
「……わんが?」
「ううん、私」

関わらないで、関係ない、冷静さを欠かした自分が声を荒立てて否定した言葉。
それでも彼は見捨てなかった。手を差し伸べた。その手を払い除けることをせず、だけど未だに謝ることもせず。
何故だろう、と不思議に思っていてもそれ以上に考えずにただ手を引かれるがまま…そういうヤツなのに。
それって平古場くんが勿体無いよ。気に掛けてくれてる、それだけでもう十分。その程度で見ててそれで十分――…

「……泣くほど、嫌か?」

違う、その言葉は嬉しい。ようやく私が鈍いって理由も分かったの。
いつだって傍に居てくれて背中を押してくれて、手を引いて此処まで連れて来てもらって…
それが全部その想いに繋がるってこと、初めて分かって…嬉しく思うよ。だけど、その分だけ許されない。

「泣くなって…」
「……ごめ、ん」
「わんが悪かったさ。急に…なあ」
「違う。本当に、ごめん、なさい」


ずっと、罪悪感に苛まれて過ごして来た日々があったの。
皆は笑って迎え入れようとしてくれていたのに気付いていたのに、自分から遠ざけた日々。
沢山の人の困った顔を私は見た。沢山の人がそれでも頑張って声を掛けてくれたのを覚えてる。
温かい、もの。それが痛くて痛くて、それがどうしようもなく痛かったのは引き摺る私の思いが与える罪悪感だって、
ようやく気付いたの。嫌いじゃないもの。あの海も、空も、人も、全てを取り巻いて彩る景色も全て。

切り離してくれたのは平古場くんで、私、此処へ来てようやく自分を取り戻した気がした。
でも、簡単に認めたくなかった。だって、罪悪感を抱えた日々は…確かにあったんだから。それは消えない。


「私、最低、だよ」
「……え?」
「あれだけ、帰りたかったのに、今は、帰りたくない」
「志月?」
「此処が、こんなに息苦しい、なんて」


――私が帰る場所は、こんな息苦しい場所じゃなかった。


「志月…ウチナーを帰る場所にすっか?」
「……っ」
「ようやく前見たんだろ?そのままわんと帰ろ?」


涙を拭う手は、やっぱり温かくて優しかった。
彼の目も、温かな色を宿して穏やかに笑ってる。

ねえ、優しさを仇で返して来たけど、私は…許されますか?


「帰りたい場所…こんなに早く変えて…いいかな?」
「ぜーんぜん。むしろ、変えてもらわんと困るし」
「……有難う」


いつの間にか、自然に変わってしまった心があって、気付いてしまったことがあって。
確かに私は本土に沢山の思い出を残して来た。だけど、それはそれで残ってて、また新しいものも出来てきて。
それを愛でたいって気持ち、それを始まりにしたいって気持ち、教えてくれたのは…平古場くん、だね。



「……で、だ」

しばらくは何も言わずにただ頭を撫でてくれていた平古場くんだけど、急に肩を離して私の顔を見る。
ちょっと驚いたけど「何?」と首を傾げれば…思いっきり溜め息を吐かれた。とてつもなく大きな溜め息。

「えっ?」
「……やぁは本当にマイペースさ」
「ええっ」
「そんなとこも好きだけど、まあ…その、アレだ」

返事、欲しいんだけど。と耳元で囁かれてハッとなる。
そういえば、何か、色んな勢いとか、雰囲気とかで、何気にキスとか、したけど、返事―…

「あ、あの…っ」
「付き合うとか付き合わないとか…そういうの、な」
「う、うん…」

……どう、なんだろう。私、返事とか、考えてなかった。
そもそも彼がそんな風に思っていたことすら気付いてなくて、でも、嫌いじゃなくて、好き、は好きで。
変な感覚が襲う。そう、前からそうだ。何処かが痛いような、痒いような、もっとこう…とにかく何かが変な感覚。

「……志月」
「ま、まだ…何か、よく、分からないけど、」
「けど?」
「……好き」

には違いないと思う。
この変な感覚がそれならばきっと、私は彼のことが好き、なんだ。

「平古場くんと一緒に、帰りたい」
「うん。わんと手繋いで帰ろうな。勿論、試合に勝ってから、な」
「うん」

泣いて笑って。今の私の顔はきっと涙でぐちゃぐちゃだったと思うけど笑って。
そういえば、いつだって私は彼の前でしか感情を剥き出しにしたことはない。怒って、怒鳴って、泣いて…
猫被りじゃなく人らしく、ありのままの感情を露に出来たのは、いつだって彼の前だけだ。

ぎゅっと初めて腕を回した背中は大きかった。
見た目は結構細いのに実際は私なんかより遥かに大きくて頼りがいのある背中。

「ゆい」

名前を呼ばれて顔を上げれば、チュッとまた唇が触れる。

「ずっと名前で呼びたかったさ」
「……うん」
「これからは勝手にそう呼ぶことにする」

うん、と言う間もなくまた彼の唇が降りてくるのが見えて目を閉じた。

何度となくどちらからともなくキスして、お互いに触れて、微笑む。
急に響いた平古場くんの着信音に驚かされるまで、そして、タイムリミットを告げる木手くんの声が響くまで。
ただ、足りないものを埋めるように私たちは抱き合っていた。



7で完結。更に伸びた。

2009.07.13.



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