テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

Ubrall sonst die Raserei.
――それ以外は、狂気の沙汰。




の世界



大して相手を知りもしないのに決め付けることは愚かなことだと痛感した。
切羽詰って動揺に動揺を重ねた姿をあの普段の様子からどうして想像出来たというのだろうか。
自分が置かれた状況以上に驚きすぎて、私はただただ見つめるしか出来なかったのも事実だった。


「志月ー」
「あ、眼鏡」
「眼鏡言うな。眼鏡は俺だけやあれへんで」
「そんな突っ込みは不要。で?何か用?」

冷たいなーって微妙に嬉しそうに笑いながら言われても困るんだけど。何気にマゾか、この男。
3年になって同じクラスになったこの眼鏡は持ち前のポーカフェイスとやらを何故か崩して私に接してくる輩。
どうやら私が廊下で跡部と言い合いになっているのを目撃して以来、「オモロイやん自分」とか言いながら接してくる。
こっちは真剣に取り組んでるってのに…ふざけんな!とキレたことだけはまあ、私の記憶にも新しいんだけど。

「一応、フォローしたろかなーて思うてな」
「何のフォローよ。私、眼鏡のサポートなんか要らないんだけど?」
「ちゃうちゃう。志月のやのうて跡部のフォローや」

にっこり笑う忍足に…私の眉はぎゅっと距離を縮めたと思う。
それに気付いた忍足は「一応、話は聞いとったんや」とか、それこそどうでもいいフォローを今するなよ。
そう言いたかったけど口にはせず、だけど眉間に寄ったシワは取ることも出来ずに定着したまま。
いや、普通に考えてシワは寄ると思うけど、気にした様子もなくお構いなしに忍足で私に向かって話を続けた。

「アイツな、ほんまに志月が好きやってん」
「……」
「目がな言うとったわ。好きでしゃーない、てな」
「……で?」

それが何のフォローになるんだって話だよ忍足。そんなの本人が直接言って来たわけだし…知ってるんだけど。
ただ、それを受け入れるとか受け入れないとか…その辺の話はまた別であって、動揺の方が私には大きかった。
あんな姿を見たこともなければ、そんな想いがあったなんて知らなかったから。そんな子供みたく曲がった愛情表現…

「アイツの初めての恋なんや、て思うた」
「……初めては言いすぎじゃない?」
「いいや、そんなことあれへん。確かにアイツ結構遊んどったけどな」
「それは知ってる」
「けど…自分から想うた子は今までにおれへん」

顔が見とうて用もあれへんのに俺んトコに来て、目線の先はいっつも自分やって。俺越して自分見とったんや。
それにすぐ気付いて「声掛けたらええやん」言うたら「話すことが見つからない」とか、ほんま情けないこと言うたってな。
「ほな部活の話とかしたらどうや。陸部の部長やで」て、助言したらどないしたと思う?いきなし陸部の部費下げたんや。
これには俺もビックリやってんけど…でも話すきっかけにはなってんな。いや、間違うとるような気はすんねんけどな。

とか、全然私が聞いたわけでもないのにペラペラと事の経緯みたいなのを話す忍足。
それより気になったのはウチの部の部費のこと。そうか…やっぱアイツが嫌がらせで削ったのか。次の交渉では取り戻さないと。

「むっちゃ歪んどるけど本気になってもうたさかい、どないしてええんか分からんくなったんや」
「……それを私に聞かせて、どうなのよ」

跡部ファンの子たちが聞いたならきっと喜ぶか、逆にギャップの差に耐えれずに泣くか…どっちかだと思う。
けど、私は特にそんなんじゃなくて跡部自身が嫌いだったわけで、いや、今は多少の変化は出ているけど変わりはない。
そんな歪んだ感情をぶつけられていた事実の方が返って腹が立つくらいのもんなんだけど。

「いやな、向き合うて欲しいなー思うて」
「はあ?」
「色んなもん抜きであの俺様を見たって」

忍足はそれだけ言うと、何かスッキリした面持ちで手を振りながら去ってった。
今のの何処がフォローなんだか…私にはさっぱり分からないけど、ただ、面白がってのフォローじゃないみたいだ。
あの眼鏡を動かすくらい跡部は真剣に、歪んだものをぶつけてきていたんだろうか。



とある場所のドアをノックすれば、不機嫌そうな声で「入れ」と言われたから「失礼します」と告げて中へ。
此処に誰が今居て、何の作業を行っているか分かってて乗り込む私は度胸があると思う。
急に襲われた記憶はまだ新しいのに…無防備だろうか、挑戦者とでも言うべきだろうか。何にせよ乗り込んだのは生徒会室。

「……志月」
「部費の異議申し立てに来たの」
「……そうか」
「以前と同じ額に戻して」

忍足から話は聞いてるのよ、という言葉を付け加えたなら跡部は溜め息を吐いて「悪かったな」と言った。
どうやら眼鏡が言っていたことは本当のことだったらしい。半信半疑でもあったんだ。まさかとは思ったけど…まさかだったらしい。

「来月から金額は戻すようにする。それでいいか?」
「そうして。じゃないとまた修理三昧になるから」

ずっと大事に使って来た備品だけど限界であることくらい跡部も分かってるはず。そんな備品ではまともに練習出来やしない。
それがいくら弱小部であろうと必要なものは必要。それを再度告げれば大きく頷いて、そしてまた溜め息を吐いた。
そうも何度も溜め息とか吐かれると俺が折れてやるしかねえな、みたいで腹が立つんだけど…そう思って睨んでればまた溜め息。

「私の顔見て何度も溜め息吐かないでくれる?」
「お前に溜め息吐いてるわけじゃねえよ」
「でも此処には私と跡部しかいないんだけど?」

無駄に広い生徒会室の中、あるのは並んだ机と椅子とパソコンと、その他に必要な資料なんかと跡部の姿だけ。
その溜め息が私に以外に吐かれてるんなら何に吐いてるんだって話で。逆にこっちが溜め息吐きたくなる。
何だかね…物凄く調子が狂う。いつもの跡部らしくないのは構わないけど、それが逆にしっくり来ないなんてどうかしてる。
右と言えば左を向き、左と言えば右を向くような男。他人からの指図を一切受けずに耽々と生きているような…
命令されるのが嫌なくせに人に命令をして従わせていく。少なくとも、そんな男は大嫌いだと言えたのに。

「どうかしてるわよ」

分かっていることはこれだけ。跡部だけじゃない、私も何処かがどうかしていて…
同時に同じくらい大きな溜め息なんか吐いちゃって何かげんなりしちゃう。調子も狂ったまま。

「……てめえの所為だろ」
「人の所為にしないでくれる?」
「お前が…何も無かったように来るからだろうが!」

……何よソレ。まるで全て私が悪いみたいな言い方じゃない。

「じゃあ何、私が跡部に怯えて近付かなかった方が良かったわけ?」
「……んなこと言ってねえ」
「だったら別にいいでしょ?普通で」

何事も無かった、なんて私は思ってなくて少なくともそうであるようには振舞っているのかもしれない。
事実は消えない。起きた出来事に蓋は出来ない。だけど、そうだからといって避けて通ったところで何にもならない。
少なくとも…私は考えてる、改めようとしているんだよ。有に転じ始めている。こんなこと…有り得ないと思ってたのに。
「子供みたいな跡部は…嫌いとは思わなかったから」そう、私の中から漏れた直感がそうさせてる。

「……それが普段のお前だってのか」
「そうよ。何だったら忍足に聞けば?」
「……あんな眼鏡に聞くことなんかねえ」
「そう?少なくともアイツ、余計なフォローしてったわよ。跡部の」

まあ…頼んだ覚えはないんだろうけど。意外とお節介な男なんだってこと初めて知ったわ。だからってどうもしないけど。
何のメリットがあるんだか、そんな風に考えていた跡部が小さな声が同じようなこと言ってて…

「……初めての恋、なんだって?」

不意に言葉が漏れた。さすがにこの言葉では何か馬鹿にしてるみたいに聞こえるだろうからフォローも付けて。
当然、不意打ちでそんなことを言われた跡部としては驚いた表情を浮かべた後に一転、曇った表情へと変化して。
眼鏡が言ったことだと察知して半ば苛立ちと呆れを含む溜め息を吐いた。

別に馬鹿にしてるわけじゃないのは確か。だけど、それが俄かに信じられないのも確か。
あれだけ沢山の女の子に囲まれて生きて来て、その中で本命が居なかったなんてこと自体が不思議ってもの。
むしろ…何が良くて私なんかを見ていたことも不思議なもので、これだから人って分からないのね。

「そんなことあるはずもないのに眼鏡がそう言ってたわよ」
「……2度目」
「は?」
「2度目だ。悪いかよ」

……何律儀に返答してるんだか。思わずポカーンとしてしまってたら、空いてたはずの距離が少し縮まる。
一歩も動かずに座っていた跡部が立ち上がって動いたから。静かにゆっくり近付いて、少なくともあったはずの距離が縮まっていく。
浮かない顔で、無意識に溜め息を吐きながら…本当に何度吐けば気が済むのか。

「……何か、らしくないの」
「てめえがそうさせてんだろ」
「だから人の所為にしないでよ」

本当に――…こんな跡部は跡部じゃないみたい。
何か笑っちゃうよね。見たこともない人が目の前にいるみたいなのにソレは紛れもなく跡部景吾自身で。
思い違いも沢山あったんだって改めて知る。違わない部分も多いけど、それ以上に隠されたものを見出してしまった感覚。
距離が縮む。それは空間的なものではなくてもっと気持ち的な問題で縮んでいくんだ。

「色んなもん抜きであの俺様を見たって」
忍足が言った言葉の意味が、何となく分かったような気がした。

「……何笑ってやがる」
「別に」
「んだよ、気持ち悪いな」
「結構、可愛いとこあるんだね」

私がそう言えば否定も肯定もせずに跡部はただいつもの調子で舌打ちをしただけ。
でも、それが無意識に肯定を意味するものだと解釈したならば更に可笑しくて、けど可愛らしくてたまらなくなった。

――ホンの少しの変化。

うん、今みたいな跡部は嫌いじゃなくて、どちらかと言えば好きな部類になっていると思う。
季節が変化して色が変化するように…私の中での跡部の色が変化していく。それはきっと良い方向に…と思いたい。

「……今日、放課後暇か?」
「は?」
「時間、寄越せ」



-After that-

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