テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

我ながら情けねえ誘い方だと思った。
「時間、寄越せ」としか言えなかった俺に彼女はただただ呆れていた。
だがそれを無下にするわけでもなく「仕方ないから貸してあげる」と言った彼女に俺は…



が消えた
Ubrall sonst die Raserei.



「何もすることなくただ一緒に帰った、それだけってどないやねん」
「……うっせえ」
「はあ…天下の跡部様も好きな子の前ではそれかいな」
「黙れ眼鏡」

しょうがねえだろ、急にどうしていいか分からなくなりやがったんだから。
あの日、横に居るのが分かってて俺は前しか見れなくて…わざわざ吹っかけなくても彼女は隣に居て。
時折、足元を見ては小さな靴が横にあるのを確認しては安心して…クソ、それだけでワケ分かんなくなったんだよ。

「結構臆病なんやなあ景ちゃんは」
「知った口利くな」
「事実やん」

そりゃ…てめえに言われなくても自覚はしてんだよ眼鏡が!
何かこう、ただ傍に居るだけでよく分からなくなっちまうだよ。何を話せばいいか、どうしていいのか、そういうのが。
そうだろ?今までの話題が全部そういうので、今更…趣味がどうのとか特技がどうのって聞くことかよ。

「そないなのじゃ志月は落ちひんでー」
「なっ」
「けど可愛らしー景ちゃんやから逆に落ちたりして。なあ?」
「忍足てめえ…っ」

「眼鏡は呆れるくらい跡部に構うの好きだね」

背後から響く声に振り返れば、そこに居たのは陸部のユニフォームを着た彼女が居た。
何でグラウンドのお前が…と言う前に彼女の方から「用具室に用があるのよ」と付けたし溜め息を吐かれた。
そうだ。もう一つの用具室は、テニス部部室の近くにあったんだ。存在すら忘れてたが。

「可愛いやろ?純情な子て珍しいし」
「それで構ってるんならアンタ小学生以下だわ。低脳もいいとこ」
「せやろか。あ、でも俺は志月より賢いで?」
「人的にってことよ。跡部も変なのに好かれるタイプなのね」

初めて、見たわけでもねえのに…その姿に見惚れてた自分が、居た。
制服姿が当たり前でジャージ姿には当然色気もクソもねえけど、今の姿は放つものが違う。
ヤバイ。そんな目で見るつもりはねえのに。こんなんじゃクソ変態忍足と違わねえ。

「けーいーちゃん。そない見惚れたらあかんやろ」
「ばっ、バカじゃねえのかてめえ!」
「バカ言うな。ちゅうかエエ足しとるもんなー見惚れてもしゃーないか」
「んなとこ見てねえし!」
「はいはい。で、志月は今日の帰りは寄り道予定ある?」
「んー…本屋には寄るけど?」

何リサーチしてんだ眼鏡!てめえさり気なくゆいと仲良しアピールしてんのか?
コイツが去った後、ラケットで真っ二つに圧し折ってやろうか?それともテニスでボコボコにしてやろうか?

「ほなら護衛で景ちゃん付けへん?」
「はっ?」
「夜道危ないやん。景ちゃんでも役立つかもしれへんで?」

「かも」とか不確定なこと言ってんじゃねえ…って、何一人で勝手に段取りしてやがんだてめえ!
わざわざ手引きもお膳立ても必要ねえんだよ!俺は…俺なりにコイツ誘うくらい造作ねえんだぞ!舐めてんのか?

「跡部」
「な、何だよ」
「護衛、する気あるわけ?」

……くそ、あるかないか聞かれたなら、する、に決まってんだろ!

「終わったら迎えに行く」
「じゃ、よろしく」

それだけ言うと彼女はスタスタと俺らの前を通り過ぎてった。
特に気にした様子もなく、特に気に留めた様子もなくいつも通り。これじゃ形勢逆転じゃねえか。
今までの俺が、俺じゃなくなってるような、もの。

「二度目のデート決定やな。後は自分で何とかせなあかんで?」
「頼んでねえし!忍足てめえ…っ」
「ええやん。俺、これでも応援しとるんやから」

応援してんじゃなくて遊んでんだろ、このクソ眼鏡が。
けど…少しだけ感謝してやらなくもねえ。この貸しは、今すぐにボロクソにして返してやるけどな。

「なら礼はこれからさせてもらうぜ忍足」
「……それはいらんなあ」


落ち着かぬ時間が流れ、変に騒ぐ胸を抑えテニスをする自分が居た。
メンタル面がプレイに影響するというのは嘘じゃない。その証拠を見せ付けられるだけの時間が過ぎようとしてた。
時計の針が終了時間を指す、他の部はもう終わってしまったらしく落ち着き無い声が俺を刺激する。

こんな気持ち、過去に味わった試しがない。
まるでその辺の女共みたいな状態、悟られたくなくていつも通りの冷静な自分を作り上げてく。


「オイ眼鏡。戸締りしとけよ」


時間通りに終了、手早く着替えて荷物を抱える俺に何も知らない部員たちは少し驚いて。
ワケ知りの眼鏡はただ笑って「了解」と返事をした。その態度は気に入るもんじゃねえけど構ってられない。
……陸部はすでに終わったらしくグラウンドに居なかったのを確認した。アイツが、待ってる。


部室を出て向かう先は…陸部の部室、でいいんだろうか。
よくよく考えれば「迎えに行く」とは言ったが場所は決めちゃなかったことに今更気付く。
くそ、何もかもがいつも通りの俺じゃねえ。ぐだぐだじゃねえか、こんなの――…

「遅いんですけど」
「……志月?」
「迎え、待てなかったわ」

ユニフォームから制服へ、見慣れた服へと戻っても摩訶不思議な動悸がする。
律儀に部室の前で待ってたのかよ、とか、待たせて悪かったな、とか…何かしら言ってやりゃいいのに、言葉が出ない。

「ほら、陽が落ちる前にさっさと行こう?」
「あ、ああ…」

くるりと背を向けて歩き出した彼女、少しだけ笑って見えたのは気の所為だったのだろうか。
鞄を片手に短い髪を揺らしてる。歩調は言うほど速くなくて、次第に肩が並んでく。
今度は何か、何でもいいから話しながら歩きてえ。そう思えば思うほどに言葉が出なくて喉がカラカラになる。

「ねえ」

そんなことに気付いているのかいないのか、唐突に言葉を投げ掛けた彼女。

「跡部って眼鏡と親友なの?」
「……は?」
「随分仲良しみたいだからさ」

純粋に、コイツから声を掛けられたことには素直に喜ぶとして…眼鏡が親友うんぬんは激しく誤解だ。
別にアイツと仲良しこよしで生きてるわけじゃねえし、馴れ合ってねえし、そんな階級なんざ与えた覚えもねえ。
単に面白がって出張って来てるだけのこと。つーか、こんな時にわざわざあの眼鏡の話かよ。

「別に…あんなの仲良くもねえよ」
「そうなんだ。にしても随分と世話焼かれてるじゃない」
「世話じゃねえ、余計な節介だ」

そっか、と言いながらもやっぱり仲良しなんだ、と言わんばかりの表情を浮かべる志月。
穏やかな表情、生徒会室に怒鳴り込んでくる時の顔とは違う。そう、元より彼女は怒りっぽいわけじゃねえ。
単に俺が怒らせてただけで、普段は、いつもこんなカンジなんだ。

「……悪かった」
「え?」
「……何でもねえ」

意味もない謝罪に、彼女は少しだけ表情を変えてすぐにいつもの顔に戻った。
眉間にシワを寄せるでもなく、必死に怒りを堪えるでもなく、ただただ穏やかな表情。
そんな彼女を見て、やっぱり好きだと思う。


「志月」


どうしようもないくらい好きで、どんどん自分が自分らしくなくなって、それでも彼女が好きで。
不意に伸ばした手が彼女を捕らえた。驚いた彼女の顔、切羽詰まった自分の顔を見られたくなくて抱き締めてた。
人の往来も気にせず、誰が見ていようとも構わずにただ抱き締めた。


「……跡部?」


もう大嫌いだとは言わせたくねえ。だけど、好きにさせる手立てが見つからない。
情けねえのは分かってて、発する言葉も選べなくて、抱き締めることで伝わればいいのに…とかどうしようもないことを思う。
強気な自分じゃ居られない。いつもの俺じゃ居られないのは、あの日があったから――…


「……結構、苦しいんですけど」
「んなこと、聞きたいわけじゃねえ」
「だったら…何を聞きたいのよ」
「……分かってて、聞いてんのか?」
「そうよ。今までの分、仕返ししておきたいじゃない」
「悪趣味、だな」

強く、抱き締めても拒絶の言葉は聞こえない。全身で拒絶されることもない。
今、彼女がどんな顔をしてどんな気持ちで抗わずにいるのか分からないが…少なくとも嫌ではない、らしい。
動悸がどんどん激しくなる。もう一度、今度はまともに告げなきゃいけないことがあることを、俺は知ってる。

「……どうしていいのか分かんねえくらい、好きで、しょうがねえんだ」
「前にも、聞いたよ」
「……俺のものになれよ」

どうしても、お前じゃないとダメなんだ。気持ちが、そう言ってる。
きっと彼女にも聞こえているだろう。この寿命を縮めそうなくらいに早鐘を打つ心臓の音が。

「また命令形?」
「……そんな返事はいらねえ」
「ねえ、跡部分かってる?」
「……何がだよ」

スッと俺の体を押して顔を上げた彼女は笑うわけでもなく難しい表情をしてた。
結構な至近距離。こんなに近くで彼女の顔を見て…どうして冷静で居られるだろうか。

「私が跡部のものになる、それって――…」


――跡部も、私のものになっていうことだよ?

軽い遊びは許さない、嫌がらせも我儘も許さない、百歩譲って上から目線は許しても…
と、言葉が続いている途中で、気付いた。もしかしたらコイツは、堕ちて来るんじゃないか、と。
俺の手中、望み通りに堕ちて…溺れ始めてるんじゃないか、と。

「……跡部?」
「お前が、」
「え?」
「手に入るなら何も望まねえよ」

子供染みた真似も、馬鹿みたいな真似も、嫌がることも全てしたりしねえよ。
独り善がりでなくなるならば、それだけで構わない。


「……なら、仕方ないか」


難しい表情が融ける瞬間、フッと笑った彼女はそのまま鞄を地に落として背中に手を回した。
決してキツくではなく添える程度で、ただシャツを掴んでいることだけが俺にも分かった。


「切羽詰まった跡部、嫌いじゃないんだもの」
「……なら、好きだって言えよ」
「また命令形?」
「んなの…我儘にも入らねえだろ?」


ただ一言、好きだと言え。そしたら、終わる。


「今みたいな跡部、好きよ」



――が消えた



「触れても、いいか?」
「……どうぞ」


その唇に触れればあの日と同じ甘い味がした。



Ubrall sonst die Raserei.
続編を、ということで完結編より更に完結したものを書いてみました。
リクエスト頂きましたまゆさんに捧げます。楽しく書けました。有難う御座いました。
2010.01.14.


(5/5)
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