テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

ある日、テニスコートから少し離れたベンチが姿を消した。
木陰になってて暑くてもそれなりに過ごしやすい場所だったのに...それは理由も不明なまま急に撤去されてしまった。

「結構気に入ってたのに...」

何が気に入ってたのか。そのテニスコートから響くボールの音が心地良くて、聞こえてくる声が何となく安心感があって、それでいてきらきらした人の姿が見れて...遠からず近からずなところが気に入ってた。けど、今は無い。どんなに首を傾げても無いものは無い。

仕方なくキョロキョロ周囲を見渡せばもう少しテニスコート寄りにベンチを発見。
あんなとこにベンチなんてあったっけ?くらいの感覚だけど他に座る場所とかないし...やむを得ない。ベンチの土埃を手で払って座る。そしていつものようにスケッチブックと鉛筆を取り出して周囲を見渡した。

美術部に所属しているわけじゃないけど好きな絵を好きなように描くのが好き。
その好きなものを好きなように描けるあの場所は好きだった。

可愛さを保ちつつ黄色い声援を発する女子の背中、コートを楽しそうに走り回る男子の姿、そして...いつも不機嫌そうな顔をした彼。大きなスケッチブックに小さく細かく描くのはそういう人たち。


今日は少しだけ距離が近い所為で少しだけ人が大きくなった。





「.........あれ?」

新しいベンチに移動して三日目、またもそれは理由も不明なままに撤去されてしまっていた。
折角、構想に慣れ始めたというのにソレはまた姿を消した。こんな短期間に撤去されることがあるんだ...と何とも言えない気持ちになる。
と、いうよりいつの間にってカンジだ。そんなにアッサリ設置したり撤去したり出来るものなんだろうか。

「うーん...」

まあいいや。気にしてもベンチはきっと戻って来ない。
仕方なくキョロキョロ周囲を見渡せば更にテニスコート寄りにベンチを発見。それとは別に最初の場所より奥にベンチを発見。
うん、少なくともどちらも今までにベンチは存在してなかった。今まで撤去されてたベンチが移動しているらしい。自分の絵でも確認出来た。

「固定されてるわけじゃないし、誰かが動かしてるのね」

キョロキョロ、どちらにしようか悩んで、悩みに悩んで奥のベンチに決めた。
コートから離れて今日は可愛らしく声援を上げている女の子たちに着目して絵を描くことにしよう。

ベンチの土埃を手で払って、しばらくその女の子たちを眺めてから描き始める。
意中の彼に近付きたくてフェンスを掴んで離さない女の子、逆に意中の彼に見てもらいたくて手を大きく振る女の子、誰を見ても可愛らしく思える。
そんな中、いつも不機嫌そうな顔をした彼が「散れ」と言わんばかりに手を横に振っているのが見えた。それを宥めるかのように眼鏡男子が寄って行って...余計に不機嫌にさせたようだ。


今日は随分と遠目だったけど面白い風景が描けた気がする。





「.........」

そろそろ、選定基準を聞きたくなった。
新しいベンチに移動した翌日、またベンチは移動していた。今度はあからさまに設置してある場所が分かる。テニスコートのあるフェンス一帯、そこに複数の長ベンチが設置され、可愛らしい女の子たちが座りながら黄色い声援を送っていた。これは...彼女たちへの気遣いってやつだろうか。

「.........並べない、」

とてもじゃないけど彼女たちの横で絵を描くことは出来ない。
別に邪魔だとかそういうのではなく、単純に描くことが出来そうもないという話。それに彼女たちの邪魔もしたくないし。

残念だけど今日は別の場所で違ったものを描こうと思う。
そういえば、普段は音楽室に引きこもりっぱなしのブラスバンドが講堂で仮練習するって聞いた。その風景をこそっと描いてみようか。いや、こそっとだと怒られるかもしれないから榊先生に許可を貰おう。


.........てか、榊先生って男子テニス部の顧問だった気がするけど、兼任なんだろうか。





今日は移動教室の時にベンチ位置が変わってないのを確認してたから行かなかった。
その代わり、コートが見える場所から絵を描こうと思う。上方からの風景もまた面白いかもしれない。そんな感覚だ。

てくてく、てくてく、廊下から外を眺めながら歩く。
一番いいアングルは...よく跳ねる子がセンターに来る場所。彼を見てると昔行ったサーカスとかを思い出す。

「.........此処、かな」

真っ直ぐ鉛筆を立てた先にその子が来る。飛び跳ねてるところを見ると今日もまたよく跳ねるんだろう。
宙に浮く姿は一瞬だから出来るだけ集中しようと見ていたら、背後に人の気配を感じた。

「.........?」

けど、振り返った時にはその気配を放った人物は後ろ姿で結構遠くにいた。
よく見る服装、見覚えのある後ろ姿、何か引っ掛かったけど彼が跳ねたのが視野に入って来たから慌てて描き始めた。


ある程度のカタチを掴んだところで彼は何かを指示されたらしくコートを出た。残念だった。





週を挟んだ月曜日、久しぶりにあの場所へ行くとベンチがいつもの場所にあった。
約一週間ぶりに同じ場所に戻って来ていてまた疑問が浮かぶ。フェンス際のベンチは撤去されてる。意味が分からない。
でもお気に入りだった場所にまた座ることが出来て私は満足だ。此処は木陰になってて暑くてもそれなりに過ごしやすい場所だから。

「.........おかえり。それから、ただいま」

ベンチの土埃を手で払って座った時、真横で誰かが同じようにベンチに座った。
いつかの後ろ姿、此処から見える人と同じ服装。それが初めて生徒会長の姿だと、あのコートでいつも不機嫌そうにしている彼だと気付く。

「お前はいつも何を描いてる」
「.........はい?」
「何を描いてる」
「.........見える風景、ですけど」

描いてるのに気付いているとは思ってたけど、声を掛けられるとは想定外だ。
邪魔をしてるつもりはない、と言うつもりだったけど彼は特に苛立った様子もなく一言だけ行って立ち上がった。

「水曜の放課後、出来た絵を見せに来い」

何かよく分からないけど出来た絵なら今でも見せれるのに...そんなことを考えながら眺める背中。
その背中が何となく不思議なものに見えたから鉛筆を走らせた。


この絵をあの人に見せようと思う。


title by 悪魔とワルツを

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