仲間と見せかけた天敵だわ
新チームが始動して少しが経ち、キャプテンが神さんになった違和感と新鮮さにも少しずつ慣れてきた頃。相変わらずハードな練習終わりにヘロヘロになりながら体育館を出れば少し離れたところから話し声が聞こえた。神さんの声?
「それで、こんな遅くに会いに来たんだ?」
『…うちも部活だったから。』
「ふぅん。それ、お土産?」
『あぁ…うん、大阪に帰ったからさ。』
神さんの問いに少し嫌そうな顔で答えてるなまえさんがいた。暗くてもわかる。相変わらずの美貌に相変わらずの神さんへの対応。大阪という単語を聞いてその手に持っている紙袋が俺へのお土産なんだと察しがついた。本当に行ったんだな大阪…
『それで、清田くんは?』
「もう帰ったかもしれない。」
『嘘?終わったばかりじゃないの?』
疑うような顔で神さんをジッと見つめるなまえさん。それもそのはず。俺はまだここにいるんだから。あぁもう神さん、何でそんな嘘を!
「信長帰るの早いからね。」
『そうなの?…ならまた今度にするね。じゃあね。』
「待って。暗いから危ないよ。俺今日はスリー終わってるし送るから。」
『いいの。送ってくれる人がいるから。またね神くん。』
待っ、帰んないで…って、送ってくれる人…?
その言葉にその場にいた神さんも俺も同じことを考えたであろう。理解に苦しみながらもなまえさんの背中から目が離せない。神さんはしばらくボーッと彼女の後ろ姿を見つめた後、門の方を覗き込むようにしていた。
「誰なんだよ、それ。」
俺の耳にスッと入ってくる神さんの声。俺の心を読んでいるかのような的確なセリフ。思っていることは確実に同じだ。まだその人が誰なのか、そもそも存在しているのか、嘘なのか。男なのか女なのかもわからないってのに俺の胸はやたらと騒がしくソワソワとして落ち着かない。
確かめるが早いと思い体育館の裏側へと回る。校門が近いここからなら相手が誰なのかわかるかもしれない。全力で駆け抜けて様子を伺えば門のところで彼女を待ち構える二人組がいた。ん…二人?
「あれ?いなかったの?渡せなかった?」
『もう帰っちゃったみたい。』
「そっか、また来ようぜ。帰ろうか。」
「せっかく来たのに残念ね、ラーメンでも食べて行く?」
「賛成!」と揃って手をあげたのはなまえさんと湘北のガード、宮城リョータだった。ラーメンを提案したのはもうひとりのマネージャー。三人は並ぶと揃って海南の門を出る。言っていたラーメン屋へと歩いて行くみたいだ。
「なんだ、あの二人か。」
去って行く姿を見ながら、神さんに何を言われようと俺はまだいるんだと出て行けばよかった後悔が押し寄せてくる。なんで黙ってその通りにしたんだよ俺。せっかく部活終わりなのに来てくれたんだぞ。それなのに…つーかそもそも神さんなんてこと言ってくれたんだ。俺のこと本当に帰ったと思ったのか?ひどいっすよ…
でもそれよりももっとデカいのが…
「なんでこんなに安心してんだ俺は…」
その姿が「彼氏」ではなく「友達」だと分かった瞬間どうしてこんなにも楽になり安心し嬉しくなってホッとしているんだか。一緒にいるのが誰であろうとそれはなまえさんの自由なのに、どうして男とふたりじゃなくてよかった、なんてそんな勝手なこと思ってる自分がいるんだろう。彼氏かよ。
「信長、帰ってなかったんだね。」
「…じ、神さん…」
後ろから聞こえた声にゾッとする。神さんが普通に立っていたから。いやいや、怖いっすよ、神さん…
「信長、俺は信長が羨ましいよ。」
「え?いや、俺は神さんのこと尊敬してますし…」
「そういうところがさ…素直に腹立つんだよな。」
いっそのこと俺のもんだって言えばいいのに
早口でボソボソと呟かれ、なんて言ってるのかよくわからなかったけれど「500やってこよう」なんて言いながら体育館へと戻って行った神さん。なんだ、終わってたなんて嘘だったんだ。神さんも気になって確認に来てたのだろうか。あの人はなまえさんのこととなるとなぁ…にしても、いないなんて嘘はひどいっすよ!
「清田、帰ろう。何か食べて行くか?」
「はい、牧さん!行きます!」
片付けを終えた体育館で牧さんにそう言われて快く承諾した。神さんにも声をかけていたけれど断られたようだ。牧さんと二人きり。何度経験しても慣れない、相変わらず緊張するぜ。
「…お?藤真じゃないか?」
「えっ、ふじま?!」
何食べて行くかーなんて繁華街をウロウロしていると牧さんが突然そんなこと言うもんだから俺は急に寒気がした。それどころかジッとこちらを見て動かない藤真と目が合い勝手に体全体が凍ったような感覚にもなる。ううう、何故かわかんねーけど痛いわ…刺さってる!刺さってるから!そんな美しいを通り越したような「無」の顔で見てくんな!
「牧。…と、誰かと思えばナンバーワンルーキーか。」
うっ?!痛いにも程がある…超冷徹な目で睨むなよ…そんな女王様みたいな雰囲気で…
「藤真、こんなとこで何してるんだ?」
「さっきまで花形達といたんだ。コンビニでも寄って行こうかと思っていたところだ。」
「そうか。」
牧さんと淡々と会話する藤真がスッと一歩俺に近づいてくる。女王様…驚いたけれど逃げられない、動けない…それほどのオーラを纏う藤真…改め女王様。
「な、何なんすか…」
「羨ましい限りだ。どんな手を使ったんだ?なまえをそこまで惚れさせるなんて。」
「別に俺は何も…」
「何もしてないのに勝手に惚れられたってか。一度くらい言ってみたいもんだな。」
アンタ別に俺なんかと比べ物にならないくらいモテてるくせに。歩けば歓声が起こり毎日山のようにラブレターもらってんだろどーせ!なのに。何なんだよその態度は!ムカツクな!
「本当に俺は何もしてねーよ。」
「そうか。今度国体があるだろう。そのまま怪我せずに選ばれてくれよルーキー。」
「別にアンタに言われなくたって…」
「そうか。楽しみだな。共にプレイできるのが。」
寒気がピークに達した俺は明日高熱で休むと思います。
先が見えない恐怖
(この人怒らせるなんて神さんよりも恐ろしい)
(頑張れ俺、負けるな…)