王子様さえアウトオブ眼中
インターハイを準優勝で終えた俺ら海南。喜びよりもなまえさんと約束した全国制覇まであと少しだったのに!という悔しさの方が強かった。また冬、それと来年の夏、俺らは絶対全国制覇してやるんだから。神さんは言った通り大会の得点王になったけれど優勝は出来なかったからかちっとも嬉しそうじゃなかった。さすが神さん、現状に満足しない男…あれ、違うか…?
新チームでの始動まで二日オフをもらったために学校帰りにフラフラ街中を歩いてみる。普段こんな明るい時間に外を歩くなんてことがないから不思議な感覚だ。もうすぐ母親の誕生日だし少しプレゼントでも見てってやるか。親孝行な息子よ…
相変わらずフラフラ歩いていたら目の前にとてつもないオーラを纏った女性が歩いてきた。あ、あれ、もしや…なまえさん?!
『あっ!ききき、清田くん?!』
「なまえさん!お久しぶりです!」
『練習休みなの?うちも今日はオフで駅まで行くとこなの。』
目が合った途端アワアワするなまえさん最高に可愛いな…なんかオーラがすげぇ…美女ってなんかすげぇんだな…俺もうちょっとマシな言い方できねぇのか?いや待ってよ、今なら周りに誰もいないし話し放題じゃねぇの?!
「インターハイ、準優勝でした。すみません、全国制覇って約束したのに…」
『なんで謝るの!見たかったよ、本当に海南は強いね!』
「でもなまえさんの分まで頑張るって決めたのに…」
『清田くん、待って。そんなこと言われると、なんかほんとに…期待しちゃうから、やめてほしい…』
「私の為」みたいな言い方されると…そう言って顔を真っ赤にするなまえさん。うわぁ、何その照れた顔…そんなあなたに俺も照れるんだけど…
別に期待も勘違いもしてくれていいんだけどなぁ…見惚れていたらなまえさんは急に何か思い出したように手をパチンと合わせた。
『そっ、そうそう!私次の土日に大阪に行くんだけどお土産何がいい?』
「お土産?いやいいっすよ、そんな悪いし。」
『ううん、何か買いたいの。食べ物がいい?』
ニコニコ笑顔で聞いてくるなまえさんに俺はちっとも笑えなかった。うん、ちょっと待って。待とうか。いや、待てよ。大阪に行く?
大阪って元々住んでたって言ってたけど、あの岸本とか南とかと…会うってこと...?
「あ、あの…大阪ってことは、豊玉の人達にも会うってこと…?」
『そうだよ、豊玉の岸本が従兄弟で南は幼馴染なの。』
「あ、そうなんですか、幼馴染…」
うわぁ、なんかすげぇ胸がザワザワするんだけど、なんで?岸本が従兄弟ってことは…まぁまだいいけれど、南がなぁ…なんだか不思議なくらいになまえさんが南と会うのが嫌だ。最高に嫌だ。大阪になんて帰らないでほしい…
なにこれ、彼氏かよ…気持ち悪い…
『も、もしかして、清田くん…』
「えっ?!」
驚いたような顔で俺を覗き込むなまえさん。もしかして、俺が大阪に帰るの良く思ってないのバレた?えっ、ヤキモチ妬いたとか思われた?え、ちょっとどうしよう…!違うんです、あの、意思は尊重してます!だけどその…ヤキモチがですね…その…
「あ、あの…」
『もしかして!』
「いや、違うんっすよ、あの!」
『南くんのこと、怖い?』
「…は?」
やっぱりそうでしょ!なんて勝手に決めつけてるけど何?怖いって?いやいやそういうんじゃなくて、あの、とりあえず「は?」って言ってごめんなさい!あ、違う…そうじゃなくて…!
『この間は流川までやられたもんね、乱暴者だと思ってるかもしれないけど根はいい奴なの。』
「あの、別に俺はそんな…」
『勝つことに意味があるって思ってたみたいでね。その為なら周りが見えなくなっちゃうような感じだったけど話せばとっても楽しい人だよ。少し馬鹿だけど。』
その後も永遠と南について語るなまえさん。面白くない。なんだよ、なんなんだよ…別にそういうことじゃねーよ。南なんて俺にとってはどうでもいいんだよ。ただなまえさんの周りでウロウロされるのはちょっと気に入らないってだけで…!
『お土産は、勝手に決めていい?色々買ってくるよ。』
「あぁ、はい…ありがとうございます…すげぇ楽しみに待ってます…」
一通り南について語った後俺の誤解が解けたとでも思ったのかスッキリした顔のなまえさん。対してどんよりとしたオーラの俺。なんだ、なんなんだ…もう俺をどうしたいんですかぁ…なまえさん…
「なまえさん、やっぱりあの、大阪に帰るってのは…」
少しの勇気を振り絞ってそう言葉にしてみたけれど何様のつもりでそんなこと言うんだか、だんだんと自信が無くなり声は小さくなっていった。キョトンとしていたなまえさんだけれど途端にハッ!と何かに気付いたようで…
また変なことに気が付いたんじゃ…?!
『やっぱり、南くんのこと気になるんだね?』
「いや、だから俺は別にその…」
『大丈夫だよ!今度国体で会った時はきっと仲良くなれるよ。あぁ見えて心開くとボケてきたりするんだよ?』
あぁ見えてってどう見えてなんだよ…
モヤモヤしたまま結局そういうことにしておいた俺はもうすぐ駅に差し掛かるってところでふと前方に見てはいけないものを見てしまった。え、なに?今日厄日?
「藤真くん、握手して下さ〜い!」
「キャー!すんごいカッコいいんだけど!」
ふ、藤真…翔陽の藤真が色々な制服の女子生徒達に囲まれている。握手を求められたり写真を求められたりして無言で笑いもせず怒りもせず無表情で対応している。なんだかいつかの牧さんの言葉がフラッシュバックしてきて身震いがした。この人なまえさんにベタ惚れして既に何度も振られてるって噂じゃねぇか。
隣を見やれば未だに永遠と楽しそうに南について語ってるなまえさん。少し安心して、駅はもうすぐだけれど適当な理由をつけて迂回しようかと考えていたら突然藤真がこちらに視線を向けた。えっ、ちょっ、なに?センサーでもついてんの?ヒィィッ!目が合ったぞ?
『それでね、実理くんは北野さんって人のバスケに憧れて、南くんと豊玉にー…』
俺のことなんて軽く無視するかのように視線をそらした後楽しそうに話をするなまえさんに目を向けると大きな目を一瞬見開いた。しばらくジッと彼女を見つめた後もう一度俺に視線を向けて眉間にシワを寄せた。この状況を見て冷静に分析しているようだった。
何て判断されたのか藤真にしか分からないけれどよくは思われなかったのは確かなようで。その場の女子生徒達に何か断りを入れると無表情でこっちへと歩いてきた。や、やべぇぇ!
「…おい、なまえか?」
『それでね、南くんがー…あ、あれ?藤真さん?』
「久しぶりだな。元気だったか?インターハイはなかなか凄かったみたいだな。山王に勝つなんて。」
目が合うなりパァッと表情を明るくさせた藤真は俺なんて無視してガンガン喋っている。うわ、すでに怖い…体が震えてきた…
『そんなことないですよ。三回戦負けです。まだまだですから。』
藤真はなんだか早口であらかじめ会った時のためにセリフでも考えていたかのような勢いでなまえさんに話しかけているわけで。そんな藤真をよそに手短にそう答えると「それじゃあまた」と俺の手をとってその場を去ろうとするなまえさん。それでも藤真は彼女の進路に立ち塞がって前に進めないようにと動いてきた。なまえさんはその場に立ち止まり軽く睨むような顔で藤真を見上げている。
な、なにこれ…
『私たち急いでるので。』
「誰かと思ったら、牧んとこのルーキーじゃないか。二人して何してるんだ?」
『藤真さんには関係のないことです。清田くん行こう?』
「あ、えぇっと…は、はい…」
再び通り過ぎようとするなまえさん。それでも藤真は負けじと次はなまえさんの片腕を掴んだ。
「まさか、付き合ってるわけじゃない、よな?」
『違いますよ。そうなりたいのは山々ですけど。』
「…そうか、そういうね。俺はもう誰にも負けない。牧にも湘北にも、絶対に。」
『望むところです。』
「欲しいものは必ず手に入れる。何度も言うけどなまえのことが好きだ。俺は絶対に負けない。」
最後はもう俺をガン見しながらそう言った藤真はその場を去っていった。その後駅までの道のりでなまえさんと俺の間に会話は生まれなかった。
『着いた…ありがとうね、付き合わせちゃったね…』
「いいんすよ、気をつけて帰ってくださいね。」
『あのね、清田くん。ひとつだけ言っておくね。』
えっ……
ずるいよ。なんでそんなこと言うんだよ。モヤモヤしたりヒヤヒヤしたりドキドキしたり幸せになったり。なまえさんといると感情が忙しいんだよ。俺の中の感情の全てを総動員させないと対応できないんだから…もう!
私が好きなのは清田くんだけだからね
(南にはイライラさせられるし)
(藤真には宣戦布告されるし)
(神さんはいなくても怖いし…)
(なまえさんは最高に天使だし)