なんならこの状況は楽しい






湘北は山王に劇的勝利を収めたけれど次の愛和学院戦はまるで別のチームみたいだった。そりゃあの赤毛猿がいねぇってのも大きいんだけど…


って!別に俺はあの野生児を認めたわけじゃねぇからな!恐るるに足らずだ。うんまぁでも…燃え尽きて灰になったみてぇだわ…


『き、清田くん!』

「んおっ…?…なまえさん…!」


宿舎の近くのコンビニ。用を済ませ帰る途中の俺に声をかけてきたのは湘北のマネージャーであるなまえさんだった。こんな暗いのに...と思ったら、どこからか視線を感じた。何?!と思いながらその原因を探ると遠くでこっちを見ている湘北の部員がいたわけだ。いや、怖ぇよ!あ、でも…ひとりじゃなくてよかったか…


「どうしたんですか?」

『明日、帰るからさ…ひとりだと怖いから木暮さんとヤス付き合わせちゃって…』

「あぁ、暗くて危ないっすからよかったです。」


遠くからこちらの様子を伺うようにソワソワしている湘北の部員二人。よくわかんねぇけど付き添いのチョイスが絶妙だと思った。いつものスタメンの奴らだったら最高にうるさそうだし、こんな風に影から見守ってはいないと思うから。さすがなまえさん…センスの塊っす。


そんななまえさんは俺の前でモジモジしながら何か言いたそうに顔を赤くしていた。暗くてもわかるぞ、こりゃ可愛い…


『…きっ、清田くん…!』

「は、はいっ…」

『ぜっ、絶対…全国制覇、してね…!』

「…わかってます!やってやりますよ!」


そんなこと言われたらやってやる以外に他ねぇ…とつられて顔が赤くなる俺になまえさんは追い討ちをかけるようにして「でも怪我だけはしないでね…」と言うではないか。


あぁ…本当に可愛い以外のなにものでもねぇ…元々そのつもりだったけど余計に気合が入るじゃねぇか…っし、このスーパールーキー清田信長、必ずや全国制覇を成し遂げて見せますから!


「俺に任せてください。なまえさん、明日気をつけて帰ってくださいね。」

『う、うん……あっ。』

「?」


まっすぐ俺を見ていたその瞳が俺の斜め後ろをとらえて動かなくなる。なまえさんの「あ」の意味が分からなくて、その視線を辿るように後ろを振り向けばこっちに向かって歩いてきている神さんがいた。


神さんだ……じんさん……えっ、神さん……?!


わりとパニックになりつつある俺をよそになまえさんは冷静に「ハァ」とため息をつく。それにつられて恐る恐る彼女の方を向けば心底嫌そうな顔をしながら「せっかく二人だったのに…」と呟いた。


「えっ…」

『邪魔だな、いっつも。』


ハッキリと聞こえた「邪魔」という言葉。絶対に彼女が言ってはいけないだろうその言葉に何故だか俺がゾッとした。あの神さんに向かってそんなこと言うなんて…と色々な意味で震えが止まらない。なまえさんは大きな目で神さんをとらえたまま真顔で動かなかった。怒ってんのかな…?


「なまえ、来てたの?こんな暗いのに。」

『神くんに会いに来たわけじゃないよ。』

「ふっ…だろうね、俺は会えて嬉しいけど。」

『…それは、どうも。』


先程までのニコニコだったなまえさんはいない。神さんの言葉に相変わらず真顔で返すなまえさん。なんだか空気が…空気が…!


『清田くん、明日からも頑張ってね。』

「あっ…ありがとうございます...」

『私行くね、また神奈川で会おうね!』


俺には両手でブンブン手を振って、神さんには片手で一回ブンッと乱暴に手を振って眼鏡をかけた…確か…木暮さんだったか…彼ら二人が待つ場所へ歩いていくなまえさん。その時隣で神さんが軽く舌打ちをするもんだから俺は勝手に寒気と鳥肌に包まれるわけだ。うっ、なんで…俺を置いて行かないで…なまえさん…


「…なまえ!」

『…何?神くん…』

「優勝…するから、絶対。」


神さんはそう言うとうんと頷くなまえさんに「得点王になるから」と告げた。その決意を聞いた俺がなまえさんの代わりに「うわぁ…」なんて声を上げてときめく…って、ときめいてる場合じゃねぇわ。とにかく、俺はやってやるんだと、見てろよ!という神さんの真っ直ぐな思いが俺に突き刺さる中、なまえさんにはその言葉が一ミリも響かなかったらしく「うん」とあっさりした返事が聞こえた。


う、うん…って…


『南くんいないし目指せるかもね。』


表情を変えずそう言うと背中を向けてスタスタと歩いていく。間も無くして「チッ」と舌打ちが聞こえた。

神さんがどんな返事を期待していたのかはわからないけれど、それでも「頑張ってね」くらいは返ってくるもんだと思っていた俺。その舌打ちにびびっている間に神さんは宿舎へと戻っていった。残された俺はなまえさんが木暮さん達と合流するのを見届けてから宿舎へと戻る。


あぁもう…なんで俺がドキドキしなきゃならねぇんだか…


とりあえず、とりあえず…わざわざ会いに来てくれたっていう事実は正直めちゃくちゃ嬉しかったんだけどな…考えることが多すぎて素直に喜んでる場合じゃねぇってのが問題だ…









「…信長。」

「…っ、神さん…!」


宿舎に戻ると一年の部屋の前で無表情の神さんが立っていた。あまりの出来事に飛び跳ねるほど驚いたがそれよりも何を言われるかとヒヤヒヤしてくる。神さんは続けて「なんでもない」と呟き、結局本当に何もないまま去って行った。なっ、なんだったんだ…?!


















わかりきった事実に抗う


(こうもあからさまに態度が違うとなぁ…)
(逆に楽しくなってくるんだよなぁ…)






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