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「よう、なまえ。」

『…あ、健ちゃん…朝練は?』

「今日は無し。朝に会うなんて久しぶりだな。」


行ってきます、と家を出て数歩進んだところでお屋敷みたいなお家から出てきた王子様。栗色の髪の毛をサラサラと靡かせながら「途中まで一緒に行こうぜ」と心を開いた人物にのみ見せる年相応の笑顔でニッと笑ってきた。断る理由を考えながらも「いいよ」と自分の甘さに負けてしまい、何年経ってもときめかずにいられない心がドキドキと高鳴りを見せる。


「朝練がないとゆっくり寝られんのなー。すっかり忘れてた。」

『どうして今日は休みなの?』

「昨日の練習中に雨漏りがしてさ。朝から修理するからって連絡があったんだよ。」


健ちゃんはそう言うと「意外と欠陥校舎なんだよな」と文句を漏らす。翔陽高校は数年前に建て替えられた比較的新しい綺麗な校舎のイメージだけれど健ちゃんが言うには至る所で雨漏りがあり、大雨の日には廊下にバケツが置いてある日もあるのだとか。


「海南は?そんなことねぇよな、超金持ちだし。」

『うーん…今のところ聞いたことないかなぁ…』

「だよな。今頃牧たちは朝練してんのかと思うと焦る気持ちもあるんだけど…ゆっくり寝られんのは幸せだわ。」


複雑な表情をした健ちゃんはそう言うと「じゃ、またな」と左へと曲がっていった。朝練がある日は翔陽まで自転車で行くこともあるみたいだけど今日はのんびりとバスに乗るらしくバス停の方へと歩いていく健ちゃんに「またね」と返し私は右へと曲がった。しばらくしてバス停の前に着くなりさほど時間も経たぬうちに目当てのバスがやってきて十五分ほど揺られれば「海南大附属高校前」にて下車する。


二つ年上の幼馴染、王子様こと藤真健司。極々近所に生まれ育ち、親同士仲が良いということに加えて、健ちゃんのお姉さんのおさがりを貰ったり仲良く遊んでもらったりしたことから、私と健ちゃんの距離も近いままこの歳まで育った。ずっと一緒でそばにいるのが当たり前の存在であった。健ちゃんの二年後に健ちゃんと同じ学校へ入学するのは私にとって当たり前の出来事だったのだが…


健ちゃんには翔陽高校に入ってしばらくしてから、とても美人な彼女が出来た。たまたま家へ連れてきているところを目撃した中学生だった私は心底驚き、そしてその人の圧倒的な美貌に大敗したのだった。無理だ、勝ち目はない。ずっと妹のような立ち位置で暮らしてきた私に、あんな綺麗な人に勝てる要素なんてひとつもなくて。悩む時間もあったけれど結局海南大附属高校を選び、初めて健ちゃんと違う学校へと進学したのだった。


バスに揺られること十五分。海南大附属高校前で降りるなり「おはよーっす」と後ろから声をかけられた。息が上がってゼェゼェしながらもキラキラとした笑顔が眩しい清田くんであった。


『おはよう清田くん。あれ、朝練は?』

「あー、さっき終わってさ。俺家に体操着忘れてダッシュで取り入ったところなんだ。」

『す、すごいね…そんなに元気が有り余ってるんだ…』


神さんに借りようと思ったんだけど「今日体育無いからごめんね」って断られたんだよなー、宮さんのじゃ小せぇし、牧さんの借りたらまともに体育なんか出来やしねぇからさー、汗かけねぇだろ?申し訳なくてさ。


同意を求められて「うん、そうだね」と笑えば清田くんは「女子は体育なんだっけ?」と聞いてくる。同じクラスでよく話す仲の良い清田信長くんはバスケット部の期待のルーキーらしく、健ちゃん曰く「うるせぇ猿」らしいけど…。


『今は体育館でバレーだよ。男子は外だっけ?』

「バレーいいなー。俺らサッカーばっかり。」


男子にゃボール蹴らせときゃいいと思いやがって…と呟く清田くんだけれど、誰よりも楽しそうに体育に取り組んでいるのを私は知っているしそういうところが魅力的だとも思う。健ちゃんと似てるような部分もあって微笑ましくなる時もある。


「つーかさ、昨日の宿題難しくなかったか?」

『確かに…清田くんには難しかったかもね。』


意地悪くニコッと笑ってからかえば、途端に「あーみょうじまで俺のこと馬鹿にしたなー」と不満そうに文句を言ってくる。「まで」ということは既に朝から誰かに同じようなことを言われたらしく容易に想像がついて可笑しかった。


廊下を歩くなり清田くんは顔が広くて「おお、清田」とか「間に合ったんだな」とか、多分バスケ部の先輩であろう人たちから声をかけられては「はい、セーフっす」とかなんとか笑って答えていた。


「清田、体操着取ってこれたのか?」

「牧さん!大丈夫っすよ、このスーパールーキー清田信長、足の速さは誰にも負けない自信がありますから!」

「ならよかった。忘れ物には気を付けろよ。」


清田くんは嬉しそうに「はい!」と返事をしてはニコニコと笑顔を振りまいている。この人こそ清田くんの尊敬する牧さんだということは私も知っているし、仮に彼と同じクラスの友達にならなくとも、海南生である限りこの人の名を知らない生徒はいないだろう。彼こそまさしく「帝王」「怪物」「双璧」と呼ばれるバスケ部のキャプテン牧紳一であり、何より健ちゃんとよくセットで扱われる最強のポイントガードなのだ。


「確か、みょうじ…だったよな…?」

『あ、はい……』

「牧さん、みょうじと知り合いなんすか?」


私自身も一方的に知っているだけだと思い、清田くんと同じ疑問が頭に浮かぶ。あれ…話したの、初めてだと思うんだけど…


「藤真の隣にいる姿を何度か見かけたことがあってな…」

「え、藤真って翔陽の藤真…?」

『あ、うん…幼馴染なの…』


清田くんにそう伝えれば「えぇ、意外だわ!」と朝から盛大なリアクションをくれる。まさか健ちゃん繋がりで認識されてるとは思わなくて牧さんの方を見ればジッとこちらを見下ろしてくる瞳と目が合う。思わずペコッと頭下げれば「牧紳一だ、よろしく」と挨拶されてしまった。こんな有名人が私になんのよろしくなんだ…と心がざわつくものの「お、お願いします…」と返事をする。


「それじゃ、清田。またな。」

「はい!お疲れ様っす!」


貫禄のある歩き方、後ろ姿。廊下を行けば周りの生徒がザワザワと騒がしくなる。圧倒的な存在感に広い背中、たくましい体…どこをとっても私とは無関係で、彼の言う「よろしく」もきっと私にとっての「おはよう」に過ぎないのだろうと深く考えず教室へと向かった。








彼は雲の上の遠い存在

(そういえば今日の朝小テストだったね?)
(え…聞いてねぇよ俺…)
(聞いてたっていい点取れないでしょ、清田くんだもん)










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