前編






ある日突然、電話帳から男の子の連絡先が消えた。連絡をやり取りしていた履歴は全て綺麗に消えていたし中学時代に撮った写真もフォルダから無くなっていた。一年生の頃仲の良かった女友達も皆して私を避けるようになって、当然男友達だって同じで私と目が合うと慌てて逸らしてくるようになった。


休み時間になると決まって「なまえ」と名前を呼ばれ振り向くとニッコリと笑う宗ちゃんがいる。私の机の上に座って高い位置から優しく頭を撫でてくる。チラッと上を見上げれば「ん?」なんて首を傾げる宗ちゃんがいて何も言わない私に「何?キスしようか?」なんて至って普通のことのように聞いてくるから困ったもんだ。


『ううん、大丈夫。』

「何?俺のこと嫌いなの?俺にキスされるの嫌なの?」

『そんなこと言ってない、宗ちゃんのこと好きだよ。』

「どれくらい好き?」


その質問は日頃からされる慣れたもので。毎度同じ答えを言うと嫌な顔をされる為「世界で一番だよ」と答えれば一間あけた後に「じゃあ二番目がいるんだ?」と聞かれてしまった。


『そういう意味じゃなくて....』

「ふぅん?どういう意味なんだろうね?」


ニコニコと笑うのにその目の奥は笑っていない。


『好きだって言ってるのに。』

「俺にはなまえしかいないのに、なまえはどうなんだろうね?」


宗ちゃんはそう言うと私の顔を覗き込む。そして一瞬唇にチュッとキスをして「お前は俺のだからな」と呟いて自分の席へと戻っていった。今のを誰かに見られていないかと心配になるのは最初の頃だけで今となってはそんなことすら気にならなくなった。


高二に上がるなり同じクラスとなった「神くん」と仲良くなった。最初の席が近かったこともありあっという間に打ち解けて次第に「宗ちゃん」と呼ぶようになって五月には彼に告白されていたと思う。すごく嬉しかったし宗ちゃんは強豪バスケ部の中でも背が高く勉強も出来てかっこいいことで有名で、女子からの人気も高かった。だからこそ「俺と付き合って」と言われた時は迷う間もなく「うん」と返事を返していた。


彼が意外と嫉妬深く束縛するタイプの人間であることを知ったのは交際を始めてひと月ほど経った頃だ。ある日突然携帯の電話帳から宗ちゃん以外の男の子が全員消えて、宗ちゃんが宗ちゃん以外を受け付けないような日常へと変化した。初めこそ私に自由はないのかと戸惑ってはいたけれど、次第にそんな生活にも慣れて今となっては特になんとも思わなくなった。


授業中、頬杖をついてぼうっと考える。こんなに制限された生活にも関わらず、私が彼との「別れ」を選択しないのは、そんな宗ちゃんの「いいところ」をいくつも知っているからだった。いくら束縛が激しくとも、その「いいところ」、「彼の好きなところ」が私の心に強く深く根付いていて、「この人はすごい人なんだ」と彼の束縛を疎ましく思うたびにそう警告のように心が叫んでくる。


というよりももはや本能なのかもしれない。この人と別れることを選んだらきっと後が大変だ。だからこそ別れないようにと本能が自己防衛に走り、「私はちゃんと宗ちゃんのことが好き、好きなところはたくさんある」と言い聞かせているのかもしれない。


あっという間に授業は終わり昼休みとなった。お弁当を持って私の元へとやってくる宗ちゃん。食堂へ行ったのかいなくなった隣の席の子の椅子をガラガラと引いてきては勝手に座り「食べよう」と声をかけてくる。


『待って、トイレ行ってくる。』

「早くしてね。待ってるから。」

『わかってる。』


バタバタと廊下へと出て階段の近くにあるトイレへと向かう。たまたま上の階からバタバタと慌てた様子で一年生が降りてきて、その中のひとりに「なまえさん!」と声をかけられてしまった。


『....あ、清田くん。』

「ちわっす!やっと昼飯っすね!」


「清田ー!先行ってるぞー!」と友達の声がして「俺の席取っといて!あと日替わりランチ!」と叫ぶ清田くん。こんなところで油売ってないで早く行けばいいし、なんならバレたら面倒だからもう行ってくれていいのに「なまえさんなんか久しぶりっすね?」とニコニコしながら言われてしまった。


『そうだね、確かに....』

「最近見に来てくれませんね?部活。」

『あ....テスト近いし、勉強が忙しくて....』


適当にそう答えれば「なまえさんも神さんも特進クラスですもんね」と「尊敬!」と言った眼差しで見つめられた。ハハハ...と笑い返せば後ろから「信長、」と彼を呼ぶ声が聞こえて私の背筋はピンと伸びる。


「あ、神さん!こんちわっす!」

「うん、どうしたの?早く食堂行かないと、日替わりランチなくなるんじゃない?」

「あ、友達に頼んどいたんで平気っす!さっき牧さんに会って聞いたんすけど、土曜日に練習試合が入ったって…」


清田くんが発した” 牧さん “という単語にばれないよう静かに心が反応する。何を隠そう一年生の頃に牧さんを見に何度かバスケ部の練習を見学しに行ったことがあったのだった。牧紳一という現バスケ部のキャプテンは入学した頃からとても有名な人で「帝王」というあだ名が浸透している怪物であった。その容姿は少しだけ大人っぽくて高校生離れしているんだけれど、たまに見せる年相応の笑顔にキュンとなる自分がいて…そんなのは宗ちゃんには死んだって秘密にしておくけど。


「わかった。どっちにしろ今日の練習で報告あるでしょ。」

「そうっすね、練試久々で楽しみっす!じゃあ俺行きますね!」


「また部活で!」と宗ちゃんに頭を下げ、私には「なまえさんもまた見に来てくださいね」と笑ってくれた。その人懐っこさはとても可愛くて清田くんの魅力ではあるんだけれど、この状況でそれをされるとその後が恐怖でしかなくて、だな.......。


「…トイレは?」

『今から……』

「……ハァ」


あからさまに嫌なため息をつかれて宗ちゃんは教室の中へと戻っていった。トイレから帰るなり隣へと座れば「懐かれてる場合?」とキレ気味に言われてしまう。だって仕方ないじゃん、清田くんは宗ちゃんがこんな感じだってこと知らないわけだし…それに自分のとこの後輩でしょ?私のこと「神さんの彼女」って認識で声かけてくれるんだから、文句があるなら宗ちゃんがなんとかして…


「…俺以外の男と話せて楽しそうだったじゃん。」

『痛っ…そんなことないってば、』


ぶつぶつ考えている間にデコピンされて宗ちゃんは「浮気者だなぁ」と呟いてご飯を食べ始めた。相変わらず箸の持ち方も食べ方も綺麗で、「いただきます」としっかり手を合わせるところにも私の心はキュンと反応してしまう。宗ちゃんのそういう礼儀正しくて綺麗なところがすごく好きだ。


「…何見惚れてんの?」

『…箸の持ち方綺麗だなって、指も長くて綺麗だなって、食べ方も上品で綺麗だなって、そう思っただけ。』


良いと思ったことは素直に口にしても損はない。私のそんな言葉を聞いて宗ちゃんは「ふぅん」と言った後に箸を置いた。


「んなこと言ったからって許してあげないよ。」

『そういうつもりで言ったわけじゃないよ。好きだなと思ったから言ったの。』

「……わかった。」


宗ちゃんはそう言うと椅子から少しだけ立ち上がり頬っぺたにご飯を詰めた私の頬にチュッと触れるだけのキスをしてきた。


『んっ....!』

「ありがとう。俺も大好きだよ。」


どうやら私が「好き」だと伝えたことへのお返しらしい。相変わらず教室だってのに大胆だなぁ…と苦笑いが漏れる。そんな私を見て宗ちゃんは「何?口がよかった?」と聞いてくる。


『ここ教室だよ。』

「わかってるよ、そんなの。」


何も答えてないっていうのに宗ちゃんはもぐもぐと咀嚼を続ける私の唇にキスをしてくる。驚いて口の動きを止めれば「なまえは箸の持ち方ちょっと変だけど、ボロボロ食べカスこぼすけど、仕方ないから嫁にもらってあげるよ」と笑って言われてしまった。










君の人生は僕のもの


(…プロポーズされたってこと…?)











Modoru Main Susumu
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -