@






同じクラスの流川楓くんに全く興味がないわけではなかった。色々なものを含めて彼はやっぱりかっこいい。バスケット部のエースということに加えてこの見た目だ。親衛隊なるものが騒ぐのだって無理ないし、所構わず女の子に囲まれてしまう理由なんて充分すぎるくらい揃っていた。


同じクラスの私は、そんな彼に全く興味が無いわけでもなければ、親衛隊のように彼をどこまでも追いかける部類の人間でもなかった。彼が学ランを脱ぎワイシャツで登校し始めた夏前には「ワイシャツ姿もいい...」とこっそり盗み見ては目の保養として幸せを分けてもらっていた。けれどもかと言ってバスケ部の練習を覗きに行ったことがあるわけではない。


そんな微妙な位置がなんだか心地よくて、毎日毎日密かな幸せとして彼を眺めていたのだった。






とある日、事件は起こった。


『えっ........』


席替えを行うと言う担任の声によりくじを引いた私は自身の番号を見て驚愕した。それは窓際の後ろの席で、あろうことか流川くんの番号をいち早く盗み見た親衛隊が先程から狙っている、流川くんの隣の席だったのだ。


「はい、じゃあ移動しろ〜!」


担任の掛け声により一斉に移動を開始する。のそのそと立ち上がり、窓側から二番目の一番後ろにガッと腰掛けた流川くん。ヒソヒソとその様子を見ては隣が誰なのか見届けるためにガン見する親衛隊に軽く舌打ちをして、完全にそちらへと背を向けていた。


つまりは、だ。流川くんは完全に私の席へと体を向けているわけで。今この状況であの席に座るのは色々な意味で勇気がいるわけだ。いやぁ、私には無理だよ....


「ほら早く、席につけよー!」


....もう、仕方がない!だってそこは私の席なんだから、例え親衛隊にキレられようと文句を言われようと流川くんの視界にガッツリ入ることになろうと、自分の席へと座らなければならない。


『......っ、』


意を決して席の前へと辿り着く。椅子を引いてゆっくりと座った。視界の端で親衛隊がヒソヒソと話し始めたような気がしたけれど無視だ。完全に私を向いている流川くんには視線を向けれずひたすら前を向く。気にしない、気にしない......


しばらくして前を見る私の視界に流川くんが机の上へと伏せた様子が入った。恐る恐る右へと目を向ければ思った通りに背中を丸くして夢の中へと飛んでいった流川くんがいて。寝るの早いなぁ...だなんて心の中でクスクスと笑えばその奥から、ギロッと睨むような親衛隊の視線を感じて慌てて視線を前へと戻す。


ダメだ、余計なことしてターゲットになりたくない...ただでさえしばらく隣の席だっていうのに...








常に眠っている流川くんと会話を交わすようなことはなく、私はたまに視界に入るその姿に胸をときめかせつつも親衛隊に目をつけられることもなく穏やかな日々を過ごしていた。


体育の授業は男女別にわかれて行われる。体操着姿の流川くんもこれまた親衛隊の視線を集めていて、確かに何を着たって似合うような気もする。体力テストに向けてボール投げの練習をしている私たちは自分の番が来るまでの間を座り込んで男子のサッカーを眺める子続出で先生は苦笑いしてた。


「はい、次、みょうじー」

『あ、はいっ......』


地面に書かれた輪の中へと入り、ソフトボール片手になんとか遠くまで飛ばそうと意気込んだ時だ。「危ない!」というどこからかそんな大きな声が聞こえて、「えっ?」と顔を横に向けた瞬間、私の後頭部にはものすごい衝撃が走りそのまま地面へと倒れ込んだ。


何が起こったのかわからない。けれども私は今地面に倒れ込んでいるし、何よりも....


『、痛っ........』


頭への痛みがすごくてとてもじゃないが立てそうにない。遠くの方で「大丈夫か?」「みょうじさん!」そんな声が聞こえるような気がするけれど、返事が出来るほど無事ではないぞ.....


そのうち背中をさすられたり「保健室!」というような大声が間近で聞こえて。おそろく先生に「運ぶからな」と腕を掴まれた時だった。


『.......わぁっ、.....』


いきなり強く腕を引っ張られたと思うと何かにおぶさるような形になった。先生強引すぎてもっと優しくしてよ...と思いながらぼやぼやする視界で前を向けば、あろうことかポカンとした顔をする先生が目の前に立っているではないか。


あれ、これ....誰?!


誰かの背中に乗っていることは間違いなくて、何故だか周りがキャーキャーうるさくて。結局理解が追いつかないまま歩き出し、保健室へと運ばれた。唯一わかったことといえば私は随分と高い位置にいるということで、この人は相当背が高いんだと思う。


見る限り着ているのは同じ体操着だし....え?!もしやクラスの男子ってこと?!と保健室に着く寸前脳内がそんなことを考えてボワッと熱くなる。しかし目を見開いただけでも頭痛がすごくてクラッときてしまった。「うぅ...」と声にならない声を上げながら、申し訳なくもその人の背中へとぴっとり頭を預ければ「大丈夫か」と聞こえたような気がした。


『痛い.....』

「悪かった、もっとゆっくり歩く」


その声は、頭を打っておかしくなっていなければ、なんとなくではあるがあの流川くんのような気がして....いやでも、彼に限ってそんなことをするわけがない。だって女子を背負うなんてそんな面倒な真似は...


あ、でも待てよ?背が高くて大きいからとこの役に指名されたという可能性も......でも、あの時チラッと見ただけだったけれど、先生はポカンとしたような顔で私を見上げていてような気がする。それに「流川!来てくれ!」という声かけがあっただろうか?


考えがまとまらないまま保健室へとたどり着いた。先生は不在でそれにチッと軽く舌打ちが聞こえたような気がする。私はベッドの付近まで運ばれると「おろす」という静かな声と共にベッドへとおろされた。ズキズキと痛む頭を抱えるようにしてパフッとベッドに横たわる。


「....冷やすか」


そういえば、この人は一体......そう思い目を向けるも後ろ姿で、顔を確認することはできなかった。「氷...」と呟いてはウロウロとするその人。カーテンの隙間から垣間見える足を「筋肉質だなぁ」なんてぼうっと眺めていたら、目の良い私は見つけてしまったのだった。


チラッと影が見えた時、その人の袖に縫われたネームが目に入った。そこにはあろうことか「流川」と書かれており瞬時に足元にあった掛け布団を引っ張って鼻の辺りまでかぶる。


嘘だ、嘘だ.......!


まさか、あの 流川くんにおんぶされて運ばれたって...?そんなことが起こるなんて、予想もしないから.....


パニックに陥る私の元に「これ、貼って」と冷えピタが伸びてきた。恐る恐る布団から手を出し受け取れば何故だかそこら辺からギギギと椅子を引っ張り出してきてドシッと座るではないか。


チラッと視線を向ければそこには少しだけ心配そうな顔で「貼れるか?」と問う流川くんがいて。やっぱり、流川くんだ............と再び頭に激痛が走る。これはもう別の意味での頭痛だ。


「....貸して」


私の手から冷えピタを奪い取ると流川くんはなんの戸惑いもなしに私の前髪へと触れた。強引にザッと前髪をおでこの上へと上げて、全面に露わになった額にそれを貼ってくれる。何をされてるのか理解が追いつかずぼうっとしている私だけれど突然感じたひんやりとしたものに「ヒィッ」と声をあげれば「すぐ慣れる」と返されてしまう。


「....っし、あとは.....」

『い、いいよ、もう、いいから....』


これ以上何かをされてどこかに触れられてしまってはそれこそ頭が狂ってしまいそうだ。「ありがとね...」とだけ呟けば流川くんは「悪かった」と少しだけ頭を下げた。


『....え?』

「ボール当てたから」

『あ、......流川くんだったんだ......』


ボールが当たった張本人であった私のみ知らなかった事実。なんと飛んできたのはサッカーボールで、それを蹴ったのは流川くんだったらしい。どうりでこんな対応を...と全てが府に落ちて納得する私に流川くんは「本当にごめん」と何度も謝ってくる。


『いいよ、平気だから。』

「....でも、」


流川くんがそう言いかけたところでバタバタと廊下を走る音がして。養護教諭の先生の「大丈夫?!」という大きな声が聞こえる。バタバタと駆け寄ってくるその主に流川くんは「すみません....」と謝っていた。


「みょうじさん大丈夫?どう?意識はハッキリしてる?」

『あ、はい。まだ痛むけど...平気です。』

「念の為今日は早退しましょうね。一時間ここで寝ていって様子が変わらなければ早退。何かおかしかったらすぐ病院へ行きましょう。」


いったん様子見となった私は「はい」と返事をして「親御さんに連絡しとくわね」と言った先生に「ありがとうございます」とお礼を言う。その様子を椅子から立ち上がった流川くんはバツの悪そうな顔でぼうっと眺めていた。


「流川くんが運んでくれたの?どうもありがとう。もう戻っていいわよ。」

「....っす。」


慌ただしく電話を始めた先生をよそに流川くんはもう一度だけ私の方を向くと「悪かった」と呟いて保健室を出て行った。その顔が私の勘違いじゃなければ、あまりにも切なくて悲しげな表情に見えて返事をすることすら忘れて掛け布団の中へと潜った。








これは突然のアクシデント

(....寝て忘れよう)





Modoru Main Susumu
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -