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来る日も来る日もなまえはせっせと雑仕女の仕事に勤しんだ。忙しいと余計なことを考えなくて済むからだ。先日出会った藤真健司という顔の綺麗な男が言った「美しい」「また会おう」などという自分自身を期待させるような言葉達が頭から抜けないのだ。彼は藤真家の血を受け継ぐ者にして棟梁であり、既に正室や側室を多く持つ色男。私なんかがあの言葉を鵜呑みにして舞い上がるわけにはいかない.......


そんなことを常々考えながら御所内を忙しなく歩くなまえ。雑仕女とはいえ中宮彩子に仕える身として最低限の教養は受ける必要があり、田舎にいた頃には到底習えないものもなまえは習わせてもらっていたのだ。ましてや彩子にとってお気に入りであるなまえ。他の者より良い待遇を受けるなまえ本人こそわかってはいないが、彩子は随分となまえを贔屓していた。


なまえが御所内を移動している最中、彼女の腕は突如何者かによって掴まれた。


『はっ......?』


驚きその場に立ち止まり勢いよく振り返る。そこには目が合うなり優しく微笑む男が立っていた。


「...すぐ会おうと伝えたことを、忘れたのか。」

『健司様....いえ、忘れてなどおりません....!』


勢いよく言い放った後なまえは顔を真っ赤に染めて下を向いた。あまりの勢いとその言葉はまるで「あなたに気がある」と告白しているようなもので。自分で言ったその言葉を頭の中で何度も反復させてはどんどん顔が熱くなる。


「....そうか。よかった。」


腕を掴んで離さない藤真は安心したようにそう微笑む。なまえはそんな藤真の笑顔を見てついつい見惚れてしまった。藤真を見つめ固まるなまえ。なんて綺麗な顔をしているのだろう.....頭の中はそんなことでいっぱいである。


「時間はあるか、なまえ。」

『....えっ....?』

「少し、外へ出てみないか。」


藤真の提案になまえは悩んだ。なんて返せばいいのかわからなかったのだ。雑仕女の身分である自分がこのような高貴の人と並んで歩くこと自体許されないような気がする上、無断で外を出歩いていいそんな身分では到底ない。しかし自分の本心はどこか藤真の言葉に心を踊らせている。


『ですが、健司様........』


彩子に申し出ることすら図々しく、「外へ出てもいいでしょうか」だなんて聞けやしない。困ったなまえの元にどこからともなく現れたのはまさになまえの頭の中にいた中宮彩子であった。


「構いません。あまり長くならぬようお願い申し上げます。」

『....彩子様....!』


なまえの前へ出るなりそう言って藤真に頭を下げた彩子。彼女はわかっていた。藤真がなまえを大切に思い始めたことも、本当はなまえ自身も藤真を意識しているということも。雑仕女という身分に囚われず好きに生きてほしい、なまえが幸せになるならそれでいい。その上藤真健司という男は随分と頼れるできた男だということを天皇の妻である自分が一番よくわかっている。


「中宮様....感謝致します。」

「....なまえ、来なさい。」

『は、はいっ....!』


彩子はなまえを呼ぶと自室へと連れて行く。


「次からはなまえ専用のものを用意しておくわ。」

『彩子様、いいのですか....?!』


「とても綺麗よ」そう微笑んだ彩子はなまえを連れて藤真の元へと戻った。藤真はなまえを見るなり目を見開いた。口からは「ほう...」だなんて言葉が漏れうっとりと見惚れている。


彩子は自分が着ている着物の羽織をなまえに着させてあげたのだ。無論実際着ているものを脱ぐことなど出来ない為貸せるのは羽織のみなのだが、色味のない簡単な着物を着たなまえにその羽織はとてもよく映えていた。


「とても美しい.....。」

「それでは、頼みましたよ。」

「感謝申し上げます。中宮様。」


藤真は深々と彩子に頭を下げた。優しく微笑んだ彩子と目が合ったなまえはなんと言ったらいいのかわからず藤真の隣で同じように彩子に頭を下げたのだった。











「どうだ、宮廷の外は。」


並んで歩くなりなまえは黙り込んだままだ。まさか自分といるのが楽しくないのだろうかといよいよ不安になった藤真はそう尋ねる。なまえは「健司様...」とだけ呟き、藤真はその続きを待った。


『.....とても広いですね、外の世界は......。』


なまえはそう言いながらやっぱり忙しくなく視線をあちこち動かしている。藤真はそんな様子を見て無意識にも頬が緩む。


「珍しいか?あまり外へは出ないのだな。」

『はい。ここへ連れてこられた時も、余裕がなく外を見る時間などありませんでした。』

「連れてこられた....?」


藤真は疑問に思いそう尋ねる。なまえは「父と母に連れてこられたのです」と雑仕女を募ったあの時の話をした。かれこれ二年前だ。


「そうか。それはそなたの父上、母上に感謝しなければならない。」

『どうしてですか?』

「...そうでもしなければ、出会えなかっただろう。」


藤真はそう言うと少しだけ照れ臭そうにそっぽを向いた。それがあまりに印象的で、このような顔を見せるんですね...なんて、なまえは頬が緩む。


「...なまえ。」

『なんでしょう、健司様。』

「噂は常々耳にしている。そなたが求婚され尽く断っている、だとか。」


藤真はそう言うと「心に決めた相手はいるか」となまえに問う。


『滅相もございません。私は雑仕女の身です。』

「....そなたには綺麗な羽織がよく似合う。」


藤真はそう言うと「私の元へ来ないか」と言った。


「私の元で、中宮様より綺麗な着物を着させてやりたい。」

『........』

「毎朝毎晩、来る日も来る日も、美しいそなたを見ていたい。誰のものでもない、私だけのものにしてしまいたい。」


藤真の真っ直ぐな思いが胸に響き一気に体温が上がるなまえ。恐る恐る視線をあげればあまりに真剣な表情で自分を見下ろす藤真がいて目が合うなり逸らせないまま固まってしまう。


「私のものに、なってくれないか?」


真っ直ぐな瞳に耐えきれず視線を落とす。藤真健司のすぐ後ろにはとても綺麗な紫色の花が咲いている。まるでなまえの背中を後押しするかのような美しいその花を見て、途端に目頭が熱くなった。










その思いに応えたい


(おかえりなさい、なまえ)
(彩子様.......)
(.....泣かされたの?)





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