B







『あ、逃亡犯見っけ。』

「…人聞き悪いこと言うな。」


膝の状態が悪化し再び病院へと連れ戻された三井はいつもの通り中庭にてなまえと鉢合わせた。以前より松葉杖をゆっくりと慎重に扱う三井を見るなりなまえは眉を下げて笑う。


『…大丈夫?ほら。』

「…んだよ、お前だって足悪いだろ。」


咄嗟に差し出された手をパシッと叩いてしまった三井。悪態をついた後二人共静まり返った。次第にハッと気付き、大事故に遭い義足となった彼女に失礼なことを言ったのではと焦り始めたのは三井の方だ。自分の犯した失態が恥ずかしくて強がってしまったのだがなまえはぼうっと叩かれた手を見つめていた。


「あ、いや…これは…」

『三井くん。』

「な、なに?」


冷静になって考える。義足になり自分だって大変なのにも関わらず、自分勝手な理由で病院を抜け出し案の定再発して再び戻ってきたわがままな自分に「大丈夫?」と手を差し伸べてくれたということだ。なんと優しい心の持ち主なのだろう。ましてや自分より年下だ。そんな人相手に俺は…俺は…


『もっと自分を見てあげて。』

「…は、?」

『大丈夫だって決めつけないで。心はそうでも体はそうじゃない。』


そう言い残すとなまえは三井に背を向けた。スタスタと違和感なく歩いていく後ろ姿。その小さな背中はどこか寂しげで儚く見えた。


「…なんなんだよ、お前は…」


俺の中に確かに存在するお前という人間は一体なんなんだ…と薄々はわかっていながらもわからないふりをした三井はひとり、ベンチへと腰掛けた。退院が遠退いたどころか再び初期のリハビリから始めなければならないのかと落胆する。


「俺は一体いつになったら戻れるんだ…」


焦ったところで答えは出ないとわかっていながらも、その心が穏やかになることはなかった。













「よしっ、いいぞ赤木!」

「ナイッシュー、赤木!」

「はい!!」


リバウンドを軽々取った後、自らシュートを決める。湘北の10番、赤木剛憲に向けられる声援はとても大きく三井の頭に響き渡った。こっそりと抜け出しやってきた予選会場。自分があの場にいないという現実はもちろん、予想以上に成長していた赤木の姿に絶望が彼を襲う。孤独、悔しさ、寂しさ、もどかしさ…全てが一気に十五歳の三井寿に乗りかかる。気が付けば彼はコートに背をむけ会場を去っていた。


しばらくして三井は退院した。もう運動はしないことを医師に告げ、日常生活に困らない程度の回復で早々退院させてもらったのだった。そして彼が湘北高校の体育館へ足を踏み入れることは二度となかった。















「クソッ、ざけんな!」


血のついた拳はジンジンと痛む。人を殴るのも楽じゃないと倒れた男を見つめながら三井はそんなことを思っていた。


あれから一年半が経過した。三井の髪の毛は肩にかかるほど長くなり隣にはタンクトップの大男がいる。随分と環境が変わり元の自分なんて思い出せないほどだった。三井は毎日喧嘩に明け暮れ人を殴り、殴られ、怪我を負い、負わせ、刺激的ではあるが代わり映えのない日常を送っていたのだった。


「鉄男、帰るぞ。」


自分の居場所がある。ただそれだけで三井の心は落ち着いていた。いや、落ち着いていると、これでいいんだと自分に言い聞かせていた。心のどこかに眠る未だ捨てきれない未練を押しやり、そんなものには蓋をして見えないようにしていた。蘇ろうとするたびに人を殴り、目の前のことに集中した。何かに没頭していたら思い出に浸る時間もないから。


「…三井、お前も吸うか。」

「…いや、いい。」


堂々と吸えばいい、自分は不良なんだから。喧嘩に明け暮れる素行の悪い男なんだから。それでも煙草に手が伸びない自分。煙草に拒否反応を見せる自分。その度に何かが蘇ろうとする自分。そんな中途半端な自分が嫌いだ。鉄男が生み出す煙を見つめるたびに心のどこかが叫んでいるような気がした。


「ほら、乗れよ。」


とある日、三井はいつものように鉄男のバイクの後ろへと跨っていた。定位置となりつつあるここ。乗り心地は悪くない。


適当に走らせると言った鉄男の言う通り、街中をぐんぐんと進んでいくバイク。時たま赤信号を無視する鉄男の後ろに乗る三井の目にとある景色がとまった。


「…あ、あれ…」


ひとりの制服を着た女子生徒が複数人の男に囲まれ腕を引かれていた。そんなのはよく見る光景でありいわゆるナンパってヤツだ。知り合いでもないのだから放っておけばいいのに、わかってはいるのに、三井は何故だか「止まれ」と鉄男に声をかけていた。


「なんだ。」

「頼む、止まってくれ。」


路上の隅にバイクを止めた鉄男。三井は慌てて降りその場へと駆け寄った。何故だろう、自分でもわからない。ただ見過ごしてはいけないような気がして、そう心が叫んでいて、何故だかそれだけは無視できなかった。


「テメェら、何しやがる!」


突然割り込み蹴りを入れる。ざっと数えて7対1だ。それでも三井は怯まなかった。本当にピンチの時は鉄男が来てくれるだろうという安心感もあったから。


「なんだテメェは!すっこんでろ!」

「それはオメェらだろ、ザコが!」


鉄男や仲間達の中で自分はさほど強くはない。三井にその自覚はあった。しかし毎日喧嘩を経験してるだけあってそこらへんの雑魚に負けるほどのレベルでもない。時折グーを喰らいながらも次々と倒していく。気が付けば男たちはこぞってその場から立ち去っていた。


「…クソ、引っ込んでろ…」


静まり返ったその場に三井の一言が響く。一番痛む口元を一度手で触れてみる。確認すると案の定血が出ており三井は「ハァ」とため息をついた。


「アンタ、大丈夫か?」


それより…だ。理由はわからないが助けたいと思った女。先程から動かずグッと下を向いて固まっている。そっと近づき「おい」と声をかけた。この制服は一体どこのものだ…?と考え始める三井。彼女の足を見てふと思考が停止する。


「………」


この足、見覚えが…


「………」


左足…義足…?


三井はそっと彼女に手を伸ばしていた。頬に触れクッと顔を上にあげる。目に涙をいっぱい溜めた女と目が合い三井は目を見開いた。


「…なまえ、?」


当時一度も呼んだことのない彼女の名前がサラッと口から出てしまっていた。ポロッと一筋涙を流しコクリと頷いた女。かつて病院で知り合ったなまえに違いなかった。左頬にはガーゼが貼られていた。


『たっ…助けてくれて…ありがとう…三井くん、』


ポロポロと涙を流しそう言うなまえ。そんな彼女を見るなりどうしたらいいのかわからない三井はとりあえずと泣き続けるなまえの右肩にポンポンと手を置いてみた。だから助けようと思ったのか…なんて、心は正直だ。ビクッと肩を震わせたなまえだったが次第におとなしくなっていく。


「三井、お前いつから人助けなんて始めたんだ。」


来るのおせーよ!と心で突っ込みながら鉄男の方を向く三井。なまえは鉄男のあまりの容姿に目を丸くさせながら彼を見つめた。


「んな顔すんな、襲ったりしねーよ。コイツは俺の友達。」


三井の声を聞くなり鉄男に向かってペコッと頭を下げたなまえ。涙を拭き三井に向かって口を開いた。


『…三井くん、』

「…なんだよ。」

『久しぶり…だね。』


泣きながら、にっこりと笑う。お前が知ってた三井寿はもう死んだのに…それなのにどうして俺だって分かったんだよ、なんか言えよ…全然違うとか、なんなら誰?って怒ってくれよ…


三井の願いとは裏腹になまえはただ笑うだけだった。そんな彼女がやっぱり眩しくて三井は目を逸らしながら「おう」と答えた。










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