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「〜〜っ、あぁもう……」


大きな音を立て松葉杖が床に落ちる。リハビリ室に三井の声が響いた。歩けること、走れること、そしてバスケットができるということ。当たり前だったそれが全て当たり前ではなくなった時、いかに日常が幸せだったのか三井は思い知るのだった。


「無理しない、充分出来てるわよ。」

「早く、戻らないと…」

「三井くん、少し休んで。」


リハビリ室に来ると三井の気持ちは熱くなる。ここで早く歩けるようになって元通りになってさっさと体育館に戻らないといけない。焦りが強く出た。トレーナーの言うことを聞かずに三井は松葉杖を頼りに前へ進もうとする。


「…ダメです。悪化しては元も子もない。」


すかさず止められてゆっくりと座らされる。ハァ…と大きなため息が漏れた。松葉杖無しでは歩くことさえ出来ないのかと絶望する。あぁだこうだと慰めてくれるトレーナーの声など耳に入りはしなかった。












「…あ、お前…」

『あぁ、三井くん。』


気分転換は中庭が最適だ。むしろそれ以外見当たらない。今日もまた嫌味なくらいに晴れてやがると三井はそんなことを思いながらベンチへと腰掛けた。すぐ近くにぼうっと空を見上げる女の姿があった。


『今日も良い天気だね。』

「………」

『…ねぇ三井くん、バスケット以外に好きなことは?』


何も言わない自分にニコニコと話題を変えてくる。彼女の名はなまえだと、自分より年下だとつい先日知ったばかりだ。なんて呼んだらいいんだろう…と三井は彼女の名を口に出来ずにいた。


「…ねぇよ。」

『そっか…』

「…お前は?」


別に聞かなくたっていいのに。頭の中ではそう思ってもぽろっと口からは溢れていた。結局結論が出なくて名前を知った今も「お前」呼びなのは心が痛むけど。


『私は…空が好きだよ。』

「空?」

『雲ひとつ無い青空、綺麗だよね。』


そう言ってなまえは再び空を見上げる。その横顔があまりにも美しくて三井はハッと目を逸らした。やっぱりこの女は顔が綺麗すぎる…とかなんとか、彼の心にはそんな思いが浮かび上がるも素直に受け止めることなんて出来やしない。いやいやいや…と首を横に振り意識を逸らした。


「…最近は、よく晴れるな。」

『そうだね…そのうち梅雨になって嫌ってほど雨が降るよ。』


どこか寂しげにそう呟いたなまえに無意識のうちに三井は見惚れていた。


『そういえば、今日の昼食美味しかったよね。』

「…そう、か?」

『質素に見えて案外美味しいから驚いたの。』


ニコニコと微笑むなまえを見て三井は自然と笑顔になっていた。なんだろう、コイツの笑顔は…そう思いながらも深く考えることはしなかった。ここに来てから笑えるのなんてコイツと話してる時ぐらいだと心がそう思ったから。素直な自分でいたいと思った。


「なぁ…」

『うん?』

「いつ頃、退院すんだ?」


三井の問いになまえは「さぁ、どうだろう?」と首を傾げた。出来ることならこうやって一日でも長く顔を合わせられたらいいなんて、そんな淡い思いを抱いてしまう。


『そんなに長くは…いないかも、ね。』

「…俺も、そんなところだ。」












「…よう。」

『おぉ、三井くん。』


こんなところで会うなんて…となまえは三井に向かって笑いかける。綺麗な笑顔についた切り傷。何度顔を合わせても痛々しいその傷に三井はよっぽど深い傷なのだと少し悲しそうな顔をする。


『聞いたよ、病院抜け出してるんだって?』

「…誰からだよ?」

『看護師さん達が話してたよ。』


三井はこっそりと病室を抜け部活の時間に顔を出すようなこともあったが何度か行った後にこっぴどく叱られていた。初めこそ注意で留めていた看護師もさすがに激怒しまだ完全では無いことを口煩く言い聞かせてくる。


『もう流石に抜けられないんじゃない?』

「…俺の足はもう大丈夫だ、走れるし。」


日が経つにつれ三井の足は回復していった。松葉杖や補助無しでも歩けるようになりリハビリには筋トレのメニューも加わった。膝にサポーターをつけこっそりと練習に参加しても違和感を感じず退院はまだかとそわそわしている。


「早く退院させてくんねぇかな…」

『…バスケット、やりたくて仕方ないんだね。』

「当たり前だろ、休んでる暇はねぇよ。」


そうは言っても、だ。ここを退院するということはなまえより一足先に日常生活に戻り、それは彼女との別れを意味している。


「なぁ、」

『うん?』


また会えるだろうか…そう出かけて飲み込んだ。


「お前も早く退院出来るといいな。」

『…うん、そうだね。』


この日の夕方、三井は看護師の目を掻い潜り再び病室を抜け出した。体育館での練習に顔を出しもう大丈夫だと張り切った矢先に再び膝に痛みを感じ倒れ込む。結局再発し医者や看護師にこっ酷く叱れる羽目になるのだがこの時の三井はまだそれを知らないのだった。










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