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バスケ部の練習は基本的には非公開になっている。それはもちろん他所様もだけれど山王工業に通う生徒や先生も例外では無い。どこからどんな情報が漏れるかわからないからと昔からの決め事になっているらしかった。だから深津くんのプレーしているところを実はあんまり見たことがない。
いや、去年もその前の年も、秋田県予選の決勝やインターハイはテレビで見た。あまりの人の多さに会場に足を運ぶ気になれなくて家で涼みながら観戦していたなぁ。うわぁ、すごい…と震えた記憶があった。だって素人目にもわかるくらい彼らの次元は違うのだ。
そんな私は彼と友達になれたのを良いことについつい欲張りになってしまったようだ。是非「生」で深津くんのプレーを見たい…だなんて。公式戦や練習試合に顔を出せばいいのに生憎そんな時まで待っていられなくて、みょうじなまえ…今から荒業を使ってみます、こうなれば強行突破…!
『…きっと少しくらい…、』
誰もいないのを確認し体育館の裏口をほんの少しだけ動かしてみる…も扉が重たくてちっとも動きやしない。くぅ…中からは音が聞こえるんだけどな…ドリブルの音って一定のリズムでなんだか心地いいなぁ…
『もう少し…あと少しでいいから開いて…っ、』
……っ、ダメだ……もしかして鍵が掛けられてる?もう重たすぎて何にも動かないじゃない…
『深津くん…見たい…』
なんで男子の体育は最近ずっとバレーボールなの?突き指なんかが心配になるのに張り切ってアタック決めちゃう深津くんもやっぱり格好良かったしなんでもできるんだなぁっていいもの見た気になれたけど!でもそういうのを見れば見るほど、この人の大本命、バスケットを見てみたいなってさぁ!そんな気になるんだよなぁ…
『…なんか、落ち着く…』
扉に背をつけて座り込んでみる。響き渡るドリブルのリズムやバッシュの音、笛の音や掛け声…なんか、いいなぁ…青春だなぁ…
この中で日本一のバスケ部員たちが練習をしていると思うとやっぱり不思議な気持ちになるし、あの深津くんが、この間は一緒にチョコレートを食べた深津くんがそこのキャプテンなんて、やっぱり不思議な気持ちにはなるんだけどさ…
遠い存在だとはわかりつつもどうしても欲張りな自分がもっと深津くんのことを知りたいと思ってしまうんだよね…身の程知らずなのはわかってるんだけど…でもなんか…なんか…
『…〜〜っ、恋か…恋じゃないか…恋だ…!』
わかってたけど。わかってはいたし自覚はしてたし認めてはいたけど!でもここまで溢れ出てくると自分でも恥ずかしいよ…自分のことなのに…
『…ずるいなぁ。』
私に見せる姿は、山王工業バスケ部主将の深津一成じゃないんだもん…普通の等身大の男子高校生なんだもん…そんなの好きにならずにいられないよ…
「…やっと起きたピョン。」
『へっ……ふかつ、くん……?』
「おはよう、みょうじ。」
見覚えのある景色、星が光る夜空、少しだけ口角を上げる深津くん、膝にかけられたジャージ…
『…えっ、?!』
「驚かすなピョン、こんな所で寝てるなんて。」
嘘だ、うそだ…と記憶を辿るもやっぱりここで座り込んでいた時から途絶えていて…私、寝てた?!バッシュの音が、ドリブルの音が、遠くに聞こえる声が…気持ち良くて心地良くて…ね、寝てた…?!
『ごっ、ごめんなさい!練習、終わった…?』
「…とっくに。」
『す、すみません!すぐ帰ります!』
もしや深津くん、私が起きるのを待っててくれた…?うそだ、どうしよう!とパニックになりながら手荷物を持ちその場をダッシュで立ち去れば後ろからグッと腕を掴まれた。
『…っ、ちょっ…、』
「…どうしてここに?」
『…っ、いや、あの…』
「みょうじ、バスケに興味がある…ピョン?」
いや、バスケというより深津くんに…?いや、バスケをしている深津くんに…?でもそれじゃバスケしてない時は興味がないみたいじゃん…って!そんなことじゃなくて。
『と、通りかかって…それで、バッシュの音とか、ドリブルのリズムとか…なんか、心地良くて…』
「……」
『ぬ、盗み聞きというわけではなかったんだけど…なんか…その、ごめんなさい!』
ぼうっと私を見つめる深津くんの視線が痛くて勢いよく頭を下げた私に頭上から扉が開く音がする。驚いて顔をあげれば私が寄り掛かっていた扉は半分開いており先に中に入った深津くんが館内から「来い」とそう言って私を呼んだ。
『えっ…』
「全員帰ったピョン、早く。」
『は、はいっ…』
体育の授業で使う見慣れたそこ。それなのにバスケットボールを片手に持った深津くんが立つだけでまるで異国の地になったみたいな感覚で…大袈裟かもしれないけど…なんか、絵になる…ここ、どこ…?
「結構響くピョン。」
『本当だ…凄い…』
ドンドンと一定のリズムでドリブルをする深津くん。ボールなんて見ていないのにその一定のリズムが崩れることはなかった。わ、わたし…ここにいていいの…深津くんが本業のバスケットボールを…
「見てろピョン。」
『えっ…』
そう言うと前に走り出す。ドリブルのスピードをぐんぐんと上げてゴール前でジャンプした深津くんはそのままボールをリングへと叩きつけた。
『……』
「…サービスだピョン。」
『……』
「ダンクなんて滅多にやらない。」
い、いまの…なに…?一瞬すぎてよくわからなかったよ…いまの、ダンク…?ダンク…
「みょうじ?」
一瞬だったのに目に焼き付いた深津くんのダンク。リングはいまだに揺れている。「どうした?」と私の肩をぽんっと叩いてくる。
『と、……』
「と?」
『鳥肌が…』
「…大丈夫?」
大丈夫…じゃない…この鳥肌は…貴方のせい…どうしよう…もしかして、いや、もしかしなくても私のためにやってくれたんだよね…?
『さ、サービスって…』
「ポイントガードって言って、パスを出したりボールを運ぶのが俺の仕事だピョン。あまり自分で点を取りに行ったりはしない。」
『……』
「そういうのは沢北や松本の仕事。」
『あ、ありがとう…わざわざ見せてくれて…』
私の言葉に深津くんは当たり前のように「いつでも見せてやるピョン」と言い放つ。その後も淡々とシュートやドリブル、たまにスリーポイントなど色々な技を見せてくれた。
『…ごめん、かっこいいと凄い以外、何も出てこない…』
小声で呟いた私の声はドリブルをする彼には届かない。いや、届かなくていいのだけど。かっこいい…と凄すぎる…でなんだか胸が苦しい…
「みょうじ、パス。」
『おわっ…』
「ナイスキャッチ、そのままシュート。」
突然飛んできたボールを見上げたリングへと放り投げてみる。バスッとリングに当たりボードにも当たり跳ね返ったそれは見事に深津くんの目の前へと落ちた。
「惜しい、集中が切れた時の沢北のシュートに似てたピョン。」
『えっ…沢北くんに似てるなんて例えどんな状況であってもなんか申し訳ないし…震える。』
「…なんでアイツの為にみょうじが震えるピョン。」
こうなったら日本一のキャプテンに教わってしまえとシュートフォームを見様見真似し始める私の耳に深津くんのその声は届きはしなかった。
スーパースターと秘密の特訓(そう!いい、今のいいピョン)
(すごい!入ると嬉しい!)
(…楽しそうで何よりピョン)
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