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「おはよう、みょうじ。」

『あ、深津くん…おはよう。』


秋田県立山王工業高校、三年七組。今日もまた普通に教室へと入ってきては挨拶をしてくれる彼…深津くん。私が返した「おはよう」に少しだけ微笑んでガタッと席へ座る。前回の席替えで隣の席になった。


深津くん、朝練終わりのはず…疲れた様子を微塵も見せないこの淡々とした感じ…やっぱり凄いなぁ…だなんて、私の頭は常日頃そんなことでいっぱいなのだった。


と言うのも…


「深津さーん!これ、忘れてましたよ!」

「…沢北、もう少し静かに話せピョン。」

「俺せっかく届けたのに!なんなんすか!」


悪かったピョン、ありがとうピョン


ピョンピョンピョンピョン、不思議な語尾をつけて会話をするこの深津一成くん。何を隠そう日本一に何度も輝く山王工業バスケット部の主将なのだ。山王でバスケットをしていること自体絶対的に凄いことなんだと思うし、誰でも入部が許されるわけじゃないことも知っている。その中でも五人しか選ばれないスタメンに一年生の頃からほぼ毎試合選出されるこの深津くんはあろうことかキャプテンも務めるとんでもない逸材なのだった。


彼をクラスメイトとしてではなく「超人」として見ているわけではない。けれども仲良くなった今、本当に私なんかが会話をしていい相手なのかどうか、悩むことも多かったりする。


「早く戻れピョン。」

「なんなんすかー…冷てぇな…おわっ、?!」

「さーわーきーたー…そんな所で何してる。」


オメェの教室は階が違うだろうと無表情で言い張るのはどこからか現れた河田くんだ。二年生エース、そして日本一のプレイヤーとしての呼び声も高い沢北栄治くんは半泣きになりながら河田さんにギブを求めている。ちなみに後ろから首元に腕を回されてかなり苦しそうだ。


「ギブギブ!ちょっと、力が強えっすよ!」

「…三年の教室で騒ぐな、さっさと戻れ。」

「戻ろうとしたらゴリラに捕まったんだろ…って、痛えぇ!」


やっぱり「さーわーきーたー」とそんな恐ろしい呼び方で今度は羽交い締めする河田くん。風の如くすっ飛んできた他のバスケ部員が途端にカウントを取り始め「ワン、ツー…」と床を叩く。真っ赤な顔した沢北くんが半泣きで河田くんの腕を掻い潜っていた。なんという力だ…


「ふざけないでくださいっ!もう俺戻ります!」

「…河田が泣かせたピョン。」

「ふん、もう少しでピンフォールだったのに。」


この騒がしさもいつものことだと周りのみんなは気にも留めないけれど私は冷静に考える。沢北くんが可哀想だと思うこともある。今だって彼は親切にも深津くんの忘れ物を届けにきてくれただけだった。だけれどそれは一旦置いておいて…


鋼のような肉体を持った超高校級センター、河田雅史。二年生にして抜群のバスケットセンスを持つもはや国内に敵なしのスーパーエース、沢北栄治。そして日本一の山王工業バスケット部を束ねる冷静さを兼ね備え、かつ能力も抜群に高いキャプテン、深津一成。プロレスごっこのような真似をして見せたこの人たちはバスケ部の中でも特段に「凄い」選手なのだった。もう何が凄いかって私の語彙力では言い表せられない…


「…みょうじ、」

『…えっ、あ…うん…?』

「ホームルームの小テスト、教えてほしいピョン。」

『あ、そういえば…そんなこと言ってたね。』


沢北くんや河田くんが去った廊下は随分と静かでなんだか寂しく物足りないくらいだった。数学のテキストを開けば深津くんは「ん…」と一言漏らしながら問題を眺めている。そんな表情を見ながらやっぱり不思議な感覚に陥るのだ。


日本一のキャプテン…大学からのスカウトも多いけれど既にプロからも声がかかっているなんて噂にもなっているこの深津くん。私の教科書を眺めている。私に勉強を教えてと頼んでくる。私に「おはよう」と挨拶を…してくれる…


「ここが難しいピョン。」

『あっ、えぇっと…まずはここをね、』


いけないいけない…今はテスト勉強に集中しなきゃ。深津くんが困っているのなら私のできる限りの事をして助けてあげたいし、力になりたい。みょうじなまえ、多分深津くんのためならなんだって出来そう…


「…できたピョン。」

『そう、そう!さすが深津くん…飲み込みが早い。』

「みょうじの教え方はいつも上手いピョン。」


だから必ず私に質問することにしたと、そういう旨のことを言っては私を喜ばせるこの天才め…!ううっ…褒められただけで舞い上がる自分…どうなの…


「…みょうじ、」

『は、はい…』

「いつもありがとう。」


なんでこんな時に限って…ピョンが不在なの…!


さらっと出たその一言は私の心拍数を上げるのに十分すぎるほどで。バクバクとうるさい胸を必死に抑えつつ「いえ、こちらこそ…」と突然他人行儀な返事を返してしまう。そんな私を気にも留めずにスラスラと問題を解く深津くん。なんか…もうどうしたら…


「点数が低い方が購買でチョコレートだピョン。」

『…えぇっ、勝負なの…?』

「負ける気がしないピョン、財布準備しとけピョン。」

『そんな…チョコがかかってるなら負けないよ。』


冗談を真顔で言われて「え?これ冗談?本気?」となるパターンもあれば、本気で言われたのに「あれ?これ冗談だよね?」と受け取ってしまうパターンもある。初めこそ賭けチョコレートは冗談かと思っていたのだけれど…なんだかんだ勝った私に丁寧に購買で三種類あるチョコレートを全て買ってきてくれた深津くんにまたしても心がときめいてしまうのだった。


「どれが好きかわからなかったから全部買ったピョン。」

『うそ…こ、これ…貰うね、ありがとう。』

「全部やるピョン。」

『そんなわけには…一緒に食べよう?』

「……ピョン。」


スーパースターとチョコレートを分け合う日常…贅沢すぎて怒られたりしないかな、なんて…そんなことを考えながら口に頬張るそれはとっても甘くてなんだかここら辺が温かくなった。







スーパースターと平凡な私

(深津くん甘いもの好きなんだね)
(…基本何でも食べるピョン)
(えらい…親の顔が見てみたい…)




















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