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ワイドショーをつければ「流川楓」の名が出てくる。長期休暇を日本で過ごす彼にカメラマンが密着したりなんなり。どこへ行くにも何をするにもこうして追われる日々は果たしてどんなものなのか、一庶民の私には到底想像もつかなかった。


『…さて、決戦の日。』


楓くんの撮影日への個人的な認識を変えた。再会を意識していてはいいものも出ないだろうと余計な感情は全て捨てた。


今や日本以外でもその人気は止まることを知らない流川楓が初めてファッション誌に載るんだ。これはたくさんの人がうちの雑誌を手に取るいい機会だ。それにスタイリストとしての血が騒ぐ。こんなに素敵なモデルを着飾っていいだなんて、そうそう来るチャンスではないぞ…


このチャンスを確実にものにするために。我が社の期待を一身に背負い、私は戦う。負けられない戦いへと…いざ…!


『行ってきます…』












「それでは…あちらに待機しておりますので。」

『は、はい…!』


マネージャーと思わしき方が控え室を出ていった。黒が多い私服に身を包んだ楓くんは特に何か手を加えなくとも今日も変わらずの美貌で私をジッと見下ろしてくる。


二人きりの空間…ずっと当たり前だったそれがこんなにも緊張するものになるなんて…考えもしなかったな…


『よろしくお願いします。着てもらう服は三種類。』


ハンガーにかけておいた三パターン。すべてを目の前に運び特に変わらない表情でコクッと頷いた楓くん。一つ目からさっさと着替えさせ椅子に座らせる。さてと…指名をもらったはいいが、普段メイクさんが行う分野まで一人でこなすとなると結構緊張するもんだ。何から何までこの人に任せたいと、そんなモデルさんはあんまりいない。だって私はスタイリストであってヘアメイクのプロではない。


『髪、触るね。』


だからといってやれないとも言えない。どんな理由であれ私を指名してくれるのならそれに応えるまでだ。たくさんの後輩たちを練習台に髪やメイクも技術を磨いてきた。ヘアメイクさんにアドバイスももらったし…大丈夫…やれるところまでやってみよう…


「…なまえ、」

『…う、うん…』


不意に呼ばれた名前。震えまいと必死になっていた手が止まる。鏡越しに楓くんと目が合った。これは仕事だと意気込んでいた私の心が、彼の誘惑に吸い込まれてしまいそうだった。


「夢、叶えたんだな。」

『…あ、うん…まだまだ、なんだけどね…』


夢、スタイリスト。雑誌に載るモデルさんの服を選んでみたい。自分が選んだコーディネートが雑誌に載ったらいい。それを纏うことによってモデルさんがより輝ける…そんな存在に憧れていた。


服飾系の専門学校へ進学し楓くんとの別れを選び六年。日々揉まれながらもなんとかスタイリストとして働く私にとってその言葉は心を温かくさせるのに充分だった。楓くんから言われたから…だろうか。


「…なまえは、後悔しなかった?」

『…後悔…』

「俺と、別れて。」


いつだって楓くんは白黒はっきりつけたがる。不意に飛んできたその質問にいつかみたいに私の頭は真っ白になった。動いていた手は止まる。いけない…集中しなきゃいけないのに…ただでさえ、メイクには自信がないのに…


「俺はずっと、会いたいと思ってた。」

『…昔のことじゃん。毎日忙しくて、そういうのはもう…』


それは私が想像していた楓くんの日常だ。彼は環境も変わり毎日の多忙ぶりからすっかり私のことなんて頭から消えただろうと、そう思っていたんだ。私はちゃんと覚えていた、というよりも、彼の言う後悔が募りに募っていたよ。別れたことへの…というよりも、何も言えずに送り出してしまったことへの…だけど。


「あくまでもこれは、仕事…ね。」


楓くんの言葉に惑わされてはいけない…色々な意味で。そう決め込め何を言われてもスルーして目の前のことに集中する。髪をセンター分けにしてアイロンでクセをつけていく。緩くパーマがかかったような状態にして少しだけメイクも…


『…よし、出来た。』


麗しいほどの魅力。立ち上がった楓くんの全身を確認する。長い脚、程よく広い肩幅…筋肉…申し分ないモデルさんだと改めてそう思った。


『完璧…撮影、行こうか。』

「…うす。」


そうだよ、これは仕事。君と会えたことも会っている今も全部が仕事であって特別な感情は一切無い。モデルさんとスタイリスト、ただそれだけのいつもと変わらない日常だ。


「おぉ…素晴らしい…!」


スタジオに入るなり皆に拍手を受ける楓くんは案外乗り気のようで、心配していた無表情もそれとなく色っぽい雰囲気になり順調に撮影は進んでいった。カメラマンの興奮気味の声が耳から離れずにスタジオに居るスタッフみんなが苦笑いしていた。


『…っし、これで最後だよ。』


三着目、タキシード 。最後の衣装。それに合わせ髪型も変えてメイクも少しだけ変えてみる。ジッと座り目を閉じていた楓くんがパッと目を開け前を向いた。あまりの美貌に目眩がするほど似合っていた。


『…素晴らしい、完璧…』

「…行ってくる。」


立ち上がる、タキシード姿の楓くん。世の女性を完全に余すことなく落とす意味で皆から熱望されたスタイルだ。心の中で大きな拍手をしながら控え室から楓くんを送り出す…その時だった。


『…あ、なんか落ちたよ。』


ピラッと一枚、彼から紙切れが落ちる。屈んでそれを拾った時、前にもこんなことがあったな…なんてそんなことを思い出した。


『…はい、これ。』

「…いらない。」

『えっ…?』


前回とは違い何故だか持ち主の元に帰らないその紙切れ。なんでだ…と頭が混乱する中、楓くんは私の方を向き口を開いた。タキシードを着た彼がズボンのポケットに手を突っ込んでいる。


「あの時とは違う。」

『……?』

「それはなまえに、プレゼントしたい。」


必要ねぇのかもしれねぇけど…


楓くんはそう言い残し、部屋に私を置いて出ていった。


『…これは…』


そっと中を覗いてみる。「婚姻届」と書かれたそれ。左側は既に埋まっていた。


驚いてその場から動けなくなる。そして頭の中に蘇る、数年前のそれ。


あの日、私は一枚の紙切れを拾った。


『入部届…』


入部届と書かれ、バスケットボール部の下に流川楓と書かれたあの紙、を。そして数年の時が経ち再び紙切れを拾った。今度もまた、流川楓の名が書かれ…


『今度は…婚姻届…』


持ち主は「私」にすり替わった婚姻届だ。いてもたってもいられずに慌ててスタジオに飛び出せば既に撮影を終えた楓くんがスタッフから花束を受け取り、オフショットとしてスタッフ一同に囲まれて写真を撮影していた。遅れてスタジオに入った私に興奮気味の後輩が駆け寄ってきた。


「なまえ先輩遅かったじゃないですか!もう撮影終わりましたよ?流川さんすっごい格好良くて、もうどれも一発でオーケーで…」


私の目には無表情ながらも笑みを浮かべている楓くん以外もう何も映らない。


「…先輩、手に持ってるそれ…」

『私、行かないと…』


拍手に包まれスタジオを出た楓くんを慌てて追う。控え室へと戻った彼の元へ駆けつけノックをすれば出てきたのはマネージャーさんだった。私の顔を見るなり「どうぞ」と部屋へ招き入れ自分は廊下へと出て行った。


『あの、楓くん…』

「三日後、アメリカに戻る。」


いつだって時は待ってくれないなと今更そんなことを思っては苦笑いが漏れた。


「…なまえ、俺はアメリカについてこいって言うつもりはねぇ。」

『へっ…?』


椅子に座った楓くんはガタッと立ち上がる。ゆっくりと私の前に立つなりポンッと頭の上に手を置かれた。


「ここで夢を追い続けてほしい。」

『…でも、』

「あの時は離れた方が良かったのかもしれねぇけど、今は違う。」


置かれた手のひらがゆっくりと動き出す。ふわふわと頭を撫でられればなんだか心が温かくなった。


この温もりを、知っている…


「夢を追いながらも、繋がってたい。俺にとってなまえは…大切で、手離したくない存在だ。」


無理矢理連れて行く気はない、楓くんのその優しさが心に染みた。私の夢を覚えていてくれた、そんな些細なことがやっぱり嬉しくて、自分の意思を尊重しようとしてくれる、それでも繋がっていたいなと思ってくれる、互いに互いのいるべき場所で夢を追い続けようと言ってくれる、そんな彼の言葉が涙が出るほどに嬉しかったんだ。


『そんなこと、許されるのかな…』

「あたりめぇだろ…なまえ、俺とやり直そう。」


いつのまにそんなこと言えるようになったの?って、いつのまにそんなに大人になったの?って、無愛想で無口だったのに…って、照れ隠しにそんな言葉達が浮かぶけれど。口から出たのはたった一言だけだった。


『…うん。』

「もう絶対離さねぇぞ。」


ギュッと抱きしめられその広い背中に腕を回してみる。まだタキシード姿の彼。衣装がシワになるなぁ…なんて、もしかしたらシミも出来ちゃうかもなぁ…なんて、そんなことを考えながらも涙は止まらなかった。














「みょうじ、ありがとう…!本当に本当に!」

『いえ、編集長…落ち着いてください…』


ファッション誌に載った、髪型はセンター分けだった、穴の開いたジーンズ履いてた、極め付けにタキシードを着てた…


発売から数日、瞬く間に人気を伸ばし続ける本誌は何度も何度も重版を重ねて、世間は「流川楓」に魅了され続けた。そして私は立ち合わなかったけれど撮影にあたりインタビューも行われており、発売と同時に目を通したそれに私も含めて、世の女性は驚愕したわけだ。


「結婚したい女性がいるって、やっぱりそうよねぇ。」

「編集長、編集長…その結婚したい女性…私、誰か知ってますよ。」

「えぇっ、?!そうなの?!」


編集長…肝心なところは抜けているのかな…と自分のことながらにそんなことを思った。ニヤニヤした顔で編集長にそんなことを吹き込む後輩はもはや無視だ。しっかりと、自分の口で言わなければならないことだから。


『…編集長、お話が…』

「何、どうしたのみょうじ。昇給なら任せないよ!」

『結婚…することに、なりまして…』


歓声に包まれるオフィス、楓くんのせいで鳴り止まない電話。騒がしいそこにパチパチパチと編集長の拍手が響いた。


「あらまぁ!おめでとう、みょうじ!」

「なまえ先輩、そのお相手は?」


どこまでもニヤけ顔を崩さない後輩にわかったから黙ってくれと顔で表現しながら指をさす。何度も重版が決まり特に反響が大きかったタキシード姿の私の旦那を指差す。確かにこのページの楓くんは正直軽く意識が飛ぶほどに格好いい。


『この人、と。』

「…ハァ?!」












『反響が凄くて大変だよ…まさかタキシードのページで結婚したい人がいるなんて、そんな文が載るんだから。』

「いいだろ、別に。」

『ビックリしたよ…いつのまにそんなこと答えてたんだ…って。』

「驚かそうと思った。」


電話越しにそう楽しそうな声が聞こえる。ケラケラ笑うわけでもないのに、この声のトーンは楽しい時だなってやっぱり彼のこととなると詳しい自分がいるんだ。


『でも、嬉しかった。ありがとう。』

「どういたしまして、本番は明日だけど。」


数日後、婚姻届を提出する私達。それに先立ち明日楓くんはアメリカで会見を行うこととなっていた。


『ちゃんと話すんだよ、噛まないでね。』

「んな心配いらねぇ。任せておけ。」


明日の今頃、流川楓によって世間は悲鳴の嵐に包まれるのだろうか。それとも、祝福の…いや、それはないか…


どっちにしろ覚悟は出来てると伝えれば「ふぅん」とやっぱり楽しそうな声が聞こえてきた。


「…あ、そうだ。」

『うん?』

「…改めて、これからもよろしく。」


あぁもう、どうしてこうも楓くんは私を夢中にさせてくるんだ…


頭を抱えながら「こちらこそ」と答えれば照れ臭そうな「うす」が聞こえてきた。












もう二度と、君を離さない

(速報です。バスケットボール日本代表の流川楓選手が結婚を発表しました)
(お相手は日本に住む一般女性…)

(これが私とは…変な感じだ…)










み様

この度はリクエストありがとうございました( ; ; )そして大変大変遅くなりまして申し訳ありませんでした( ; ; )日本での仕事で再会とのことだったのですが、どういう仕事にしよう?!とワクワクしながらお話を書かせていただきました(^^)当初はテレビ局のスタッフという設定でしたが途中からファッション誌のスタイリストさんに変更…となりまして…気に入っていただけたら本当に嬉しいのですが…( ; ; )

本当に本当にありがとうございました。スーパースター流川くんを書くことができてとっても楽しかったです!今後とも当サイトをよろしくお願いします!






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