04






テストが近付くにつれて周りも少しピリピリし始めてみんなが揃って「勉強モード」となった気がする。今日は放課後水戸くんがテスト前なのにも関わらず、アルバイトがあるとかなんとかで、私は放課後、自分の席で自習していた。何故だか家よりも学校や図書館の方が集中できるタイプである。


放課後すぐはちらほら残っていた同じクラスの子たちも時間が経つにつれてポツリポツリと帰っていき、午後5時を過ぎる頃には私はひとりぼっちだった。少しだけジメジメとするけれどまだまだ日は長く明るい。静けさが追い風のように集中力を高めてくれる。ひとりも悪くない。


なんだか口が寂しくなってポケットからリンゴの飴を取り出して口へと運ぶ。私の大好きなそれはたちまちやる気を出させてくれるから不思議だ。よし、もう一踏ん張り、そう問題へと取りかかった途端、後ろの扉から人が入ってくる気配がした。


「......うす」


その声にかなりの聞き覚えがあり一瞬で脳内が爆発しそうになる。慌てて振り向けばそこにはやっぱり思っていた通りの人物がいた。


『る、流川くん...どうも、...』
「勉強?」
『あ、うん、そうだよ!』


流川くんは無言で近づいて来るとやっぱり私のノートをジロジロと覗き始める。どう反応したらいいかわからなくて言葉に詰まっていると流川くんは自分の席へと座った。


「勉強、教えて」
『......えっ?!』
「嫌ならいい」


どっち?と言うような顔で見つめられ、考えるまもなく私は頷いた。むしろ頷く以外の選択肢をもらえないような圧のある顔だ。流川くんは鞄からノートを取り出すと机に開いて「これ」と問題を指差した。......やっぱり英語だ。


『あ、うん...えっと、これは...ーー』


ポツリポツリと解説をすれば流川くんは真剣に聞いてくれる。たまにコクリ、コクリと頷いてわからない時は「待って」と言ってくる。自分がきちんと理解できるまで追求するのは私も同じだし、しっかりと理解しようと聞いてくれるので教える側も楽だった。


『流川くん、英語...好きなの?』
「...話せるようになりたいだけ」
『...そ、そっかぁ、英語難しいよね、』


まさかそんな返答が来るとは思わなくて、なんとか必死に紡いだ私の言葉に流川くんは「ん」と頷いた。話せるようになりたい...?流川くんが言語に興味があったとはなんだか驚きで、でもだからこそ必死に頑張ってるんだなぁ、と感心が持てた。


『他の教科はどう?』
「...無理」
『そ、そうなの...?大変だよね、部活出れなくなったり...私の従兄弟もよく文句言ってたし...。』


そう続ければ流川くんは「バスケ?」と聞いてきた。あ...従兄弟の話であってるよね...?


『あ、うん、そう。従兄弟がね強豪校でバスケしてて今は大学生なんだけど、よく勉強が大変だって嘆いてたから......。』
「従兄弟うまいのか?」
『うん、レギュラーで出てて...あ、そういえば!』


確か去年のインターハイで桜木くんが「ヤマオーに勝った」とかなんとか言ってたよね...?


『去年山王工業と試合した?』
「...した」
『私の従兄弟、山王にいたよ。去年3年生だった!』


対戦してたなんて不思議な感じだなぁ...と独り言のように呟けば、流川くんはジッと私を見つめてくる。その視線がなんだか怖くて、もしかしたら山王戦は口にしたらいけなかったのかとゆっくりと目を逸らす。でも湘北が勝ったって言ってたよね...?


「名前は?」
『えっ...?』
「...従兄弟、名前」


そう質問されて私は少し考える。この流川くんが対戦相手の名前を覚えているなんてことがあるのだろうか。そもそもあまり他人には興味がなさそうだし私の名前すら覚えているのかどうかも怪しい...で、でも!バスケとなれば話は別かもしれない。そうだよ、そうそう。


『深津一成。確か去年のキャプテンで...ピョンとか言ってる変な人いなかった?』


私の答えに流川くんはハッと目を見開いてその場に固まった。ゆっくりと視線を合わせて驚いた顔のまま私を見つめてくる。...え、わかったのかな?!


「...似てねー」


随分と間が空いた後の一言がそれで思わず拍子抜けした。えっ...深津一成が誰だかわかったのは置いておいて、顔まで覚えてるの?!......うわぁ、すごく意外だぁ...。


『あ...そもそもカズくんのお父さんと私のお母さんが似てないんだよね...。』


それにしてもよく覚えてるんだね、とツラツラ感想が口から出てしまい、なんだか馬鹿にしたように聞こえてしまってないか不安になっていたら流川くんは少しだけ笑った。


「...強かったから、覚えてる」
『...流川くんから見ても...強かったんだね...。』
「当たり前」


流川くんは少しだけ昔を思い出したように笑った。

あの時、桜木くんから山王に勝ったと聞いて私は驚いた。まさかあの人たちでも負けることがあるのか、と。離れてはいるしなかなか会う事も少なくなったけど、カズくんは昔から敵なしで、山王に入ってからもそれはそれは強くて、「絶対的王者」で有名だったから。私は桜木くんにも水戸くんにも、山王のキャプテンが従兄弟なんだと言い出すことは出来なかった。彼らが私に気をつかうのも嫌だったし、実際カズくんが「負かされた」と認めてしまうのも嫌だった。


そもそも対戦前も後も、カズくんはインターハイについて何も言ってこなかった。はなから湘北とやるつもりなんてなかったのか、それとも私の高校の名前を忘れていたのか、それはもうわからないけれど。あんまり自分の話はしてこないんだよなぁ。この間も電話で話したけど、沢北さんがアメリカで空気読めない発言ばかりして周りの現地人を困惑させてるとか、美紀男さんが久しぶりに会ったらめちゃくちゃ痩せてたとか、そんな話ばっかりだ。


『あ、この問題、少し違ってる。』


私も私で去年のことを思い出しながら。流川くんのノートに目をやれば間違った回答を導き出した問題が目について指摘する。流川くんはもうバスケの話から切り替えていて「なんで」と首を捻っていた。


『...そうそう!さすが、集中力がすごいね...!』
「...でもねみー」
『もう少し、ここまで頑張ろう。』


「うす」と短い返事が聞こえて私達は目標のページまで共に勉学に励んだ。








「...っし、できた」
『...正解。あってるよ!お疲れ様...!』


少しだけあたりが暗くなってきた頃、流川くんは最後の問題を解いてノートを片付け始めた。私も合わせてバタバタと片付ければ、もう帰る準備万端の流川くんがジッと私を見ていた。


『戸締りなら私がやるから。お疲れ様でした...!』


また明日、と言い切ったか否かのところで「帰るぞ」と呟いた声が聞こえる。.........え?!


「早く」
『えっ......、あの、......?!』


ズカズカと歩いて行く流川くんはしっかりと職員室の方へと向かってくれる。教室の扉を閉めて後ろをついていくのに必死だ。


鍵を返した後はそのまままっすぐ下駄箱へと向かい早々靴を履き替えた流川くんはさっさと駐輪場へと行ってしまった。どうすべきか悩んでいる私の元にゆっくりとしたスピードで向かってくる流川くん。目の前に自転車を止めると荷台をポンポンと二回叩いた。


『......え......』
「乗れば」


嘘、うそうそうそ?!
これは何かの間違いなんじゃ......。

それでも刺さるくらいの視線が痛くてとりあえず荷台に跨る。流川くんは「捕まれ」と言うとゆっくり自転車を漕ぎ始めた。


や、やばいよこんなの誰かに見られたら.......。


心は焦って戸惑っているのに、何故だか全身は燃えるように熱くて。どうかこの体温が流川くんに伝わりませんように、とひたすら願った。







流川くんは男前です


(...家、これです...)
(あらなまえおかえりー...あらっ?!)
(おおおおお母さん!!あ、あの、これは...!!)
(...こんばんは、流川と申します)
(あらやだぁ〜〜〜!イケメン!!!!)










Modoru Susumu
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