05







それなりに付き合いが長い中でなかなか踏み込んだことが出来ないのには訳があった。


『少し待っててね、飲み物持ってくる。』

「お、おう......。」


もちろんなまえのことは大好きだ。だから軽率に手を出したくなる。けれども俺はぶっちゃけそんな経験がない。未体験のものに手を出すってのは相当勇気がいることだし、これにより「ヘタクソ」とか「気持ち良くない」とか思われたらと思うと、頑張ってキス止まりな現状も少しは分かってもらえるだろう。


『お待たせ......、はい、どうぞ。』

「お、おう。ありがとう......」


テーブルに置かれた美味しそうなケーキも今の俺には喉を通らなそうだ。ドキドキと心臓が煩くてどうしようもない。今まで何度か来たこのなまえの部屋、今日こそは...今日こそは...なんて思っていたこの自分との戦いに、今日こそ決着を.........


『ね、映画見よ。これこれ!』


......つけたい気持ちはあるんだけどね。うん、自分のことを棚に上げてなんだって思われるかもしれないけどね、なまえもなまえでさぁ?部屋に俺を呼んでおいて呑気に「ポップコーン食べる?」なんて...


「食べる。」


食べるけどね、食べるけどさ。なんかこう、甘い雰囲気を出してくれてもいいんじゃないかなってさ、思うわけだよね。その短いスカートから見える足をブランケットで隠さないでさ、もっと近くで見せてくれたらこう俺だって........うわ、やべぇ......変なこと考えるな馬鹿.......。


『ポップコーンお待たせ〜!』


動くたびに揺れるそのふわふわっとしたポニーテール。髪を止めてるゴムはいつか俺がプレゼントしたものだ。そのゴムを解いて、綺麗にまとめられたポニーテールを自由にして、めちゃくちゃに抱いてやりたい衝動に駆られるっていうのに、君は呑気にポップコーンを口に頬張っては「美味しいよ」なんて俺にすすめてくる。


「...うん、美味い。」

『映画にはポップコーンだよねっ。』


.......うん、ポップコーンだよな。

















結局、手なんて出せなかった。


「俺ここで待ってますね。」

「何言ってるの。いいから入りなよ。」

「えっ........」


テスト前、勉強に苦しむ俺に「家にある参考書貸してあげるから」なんて優しいことを言ってくれる神さん。神さんはなまえの言う通りなんでもできる完璧人間で、そんな神さんが使っていた参考書とならば、色々とわかりやすいように工夫してあるのだろうとありがたく借りることにした。家の前までついていき、門の前で待っていると言った俺は気付けば神さん家のリビングに通されていて。


「あら、いらっしゃい。清田くんかしら?」

「あ、......は、はい。そうっす!」

「こんばんは。いつも宗一郎がお世話になってます。」


いやいや...と慌てる俺に優しい笑みで「ご飯食べて行く?」なんて言ってくれる神さんのお母さん。神さんの綺麗な顔立ちも納得の美しい美貌に優しそうな雰囲気。しかも家の中めっちゃ綺麗......育ちの良い理由がわかってしまった.......なまえには内緒にしておかねば.......


「いいよ母さん、信長困るだろ。俺の部屋こっちだから。」

「あ、はいっ.......」


行こう、と連れて行かれ神さんの部屋へと通される。相変わらず綺麗で無駄なものが一切ない落ち着いた色合いの部屋。床にコロンと転がっているバスケットボール以外、俺の部屋との共通点はまるで見つからない。お洒落な観葉植物なんかが机の上に並んでいた。


「あれ.......ここにあったはずなんだけど.......」


本棚を探しては「ないなぁ...」なんて呟く困った顔をした神さん。しばらく考えた後「もしかして...」なんて言い残して部屋を出て行ってしまった。


残された俺はいくら男の部屋とはいえ、あまりに綺麗で片付いているこの場は妙に落ち着かなくて。ソワソワと歩き回っていた。勝手に座るわけにもいかねーし...とふと神さんのベッドの上に目をやった時だ。


「.....あれ、これ.......?」


コロンと転がっていたキラッと光るもの。失礼だとは思いながらも手に取れば、それはなまえが日頃よくつけている髪を束ねるゴムであった。ポニーテールの時にこれでよく髪結んでて...いつか俺がプレゼントしたもので...。ヘアゴムには金色の花の形をしたビジューもついていて、確実にこれはなまえのものであった。


「えっ...........待って、なっ...なんで...........?!」


......まさか、まさか、ね......。どこかの店で買ったものだったし、同じものつけてる子が神さんの部屋に遊びに来たとか、さ。そういうことだって十分あり得るわけだし。


「お待たせ、信長。あったよ、これ。」

「あっ....ありがとうございます....!」


バレないよう元の位置に戻したヘアゴム。神さんは「遅くなってごめんね、お家の人に謝っといて」なんて相変わらず優しさの塊だった。なまえが神さんを気に入ってるのも、神さんもまたなまえを可愛がっているのもわかってる。でもそれは、あくまでも「俺の彼女」として可愛がっていたり、たまにおちょくられたり、面白がったり....しているわけであって。


「気をつけて帰るんだよ、信長。」

「はい....お、お邪魔しました!」


まさか.......ね。










「.....はよ、なまえ。」

『あ、あぁ.....おはよ、信長.....。』


なんでなんだ。今日なまえが俺があげたあのヘアゴムでポニーテールしてきてくれてたら...俺の疑いも晴れたのに...


何故だか普段と違い長い髪の毛を下ろしているなまえ。それも俺を見るなり少しだけ気まずそうな顔をして目を逸らしてやがる。


.....は?違うよな.....?えっ、そんなわけないよな....


「今日髪下ろしてるんだな、珍しい。」

『あ、うん....そ、そうなの....。』


どうしてそんなに下向いてやがる......


「俺ポニーテール好きだから、結んできてよ。」

『あ、うん......わかった......。』


なまえはその日、終始俺と目を合わせなかった。ますます疑い深くなる俺をよそに、翌日言われた通りポニーテールで登校したなまえ。その髪の毛は見たことのないヘアゴムで結ばれていて俺の頭の中は真っ白になった。














君の落とし物はあの人が持っている


(...見たことないゴムだな、それ)
(あ、うん...たまには、ね。)






Modoru Susumu
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