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バスケットボール界の四天王、流川楓の結婚は大々的に報じられ新聞やスポーツ紙、ワイドショーでも引っ張りだこだった。アメリカからも祝福の声が殺到ししばらくは流川本人が外へ出歩くことを禁止されるほどだった。


ましてや相手が「20代の一般女性」。


あんなに見た目がよくスタープレイヤーである彼が選んだその一般女性は一体どこの誰で、前世でどんなことをすれば流川楓に選ばれるのかと、特に世の女性たちが大騒ぎした。









「結婚......か。」


翔陽高校の職員室で今朝買ってきたスポーツ紙に目を通しながらそう呟いたのは藤真健司だ。デカデカと載った流川の写真にため息をついた。


「お、載ってるじゃん.....この一般女性が俺らの教え子なんて不思議だな〜?」


楽しそうにそう言う永野を無視して藤真は置いてあったマグカップに口をつける。


「おめでとう......と、言えばよかったかな。」


藤真は新聞を閉じてゆっくりと深呼吸した。


いつか自分がした「あのこと」がずっと頭に引っかかって離れなかった。けれどももうそれも、悩まなくて良さそうだ。


「俺が何しようと、二人は結ばれた...........」


許してもらえるとは思わない。けど........。
















初めからみょうじは俺にとって「特別」だった。


桜が満開の校舎に真新しい制服を着て門をくぐり歩いてきたその姿は何にも変えがたいほどに輝いていた。そんな彼女が「マネージャーをやりたい」と懇願してきた時、女子マネはとらないと決めていた俺の決意は瞬時に崩れた。


何をするにも一生懸命でニコニコ笑っている。時に騒がしく永野に噛み付いたり静かに練習を見守っていたり。


そんな彼女が生き生きしながら部活に参加し始めたと思ったら、


楽しそうに毎日過ごしていると思ったら、


悩んで落ち込んで元気がないなと思ったら、


その全ての理由に流川楓がいた。



俺は先生であの子は生徒で。この漠然とした「特別」を明確にハッキリ言葉で表してはいけないと思ったし自分の気持ちに整理をつけてはいけないとずっと我慢してきた。だって俺は先生だから。それが許されるのはこの子が翔陽の制服を脱いだ時だ。


とにかくモヤっとした俺の「特別」であるみょうじの視線の先に、流川がいることを知った俺は.....。告白まがい、どころかもう告白だったであろうそれを何回も口にしてしまったし張り合うべき相手じゃないのに対等に勝負しようとしたりして本当に情けなかった。幸いあの子が鈍感だったから多分わかってなかったんだろうけど。


それどころかみょうじの母親には全てを見抜かれていた。


卒業式の日、俺はみょうじの家に電話をした。これまでお世話になったことをしっかり挨拶しようと思ったからだ。


「藤真先生、本当にありがとうございました。」
「いえ、なまえさんが無事に卒業できて......」
「先生実はね、さっき家に流川くんが来たんですよ。」
「......は?」


驚いて言葉にならない俺にみょうじのお母さんは穏やかな声色で言った。


「なまえとね、お付き合いしたいんだって。スーツ着て手土産持って来てくださったんですよ。」


........いや、待ってくれ........。


「そんな......、」
「先生、もういいんですよ。次なまえに会った時も変わらず生徒として接してくださいね。」


ふふふ、と笑った声が聞こえた。相変わらず俺は何も言い返せなくて電話口で止まったまま。


極め付けにみょうじのお母さんはこう言った。







「もしなまえが流川くんと出会っていなかったら、さっき挨拶に来たのは....藤真先生だったかもしれませんね。」

「えっ..........、」
「それでは先生、失礼しますね。」


電話が切れた音が永遠と聞こえてくる。


















2日前だったか、突然その日はやってきた。


『藤真先生〜。』


練習中に間延びしたフワッとした声が聞こえて咥えていた笛を吐き捨てて後ろを振り向いた。聞き覚えのある俺の大好きな声に体が反応してしまう。


「みょうじ......!」
『お久しぶりですね、先生。』


やたらとキチッとした格好をして耳にピアスなんかしてフワッと髪も巻いた少しだけ大人っぽくなったみょうじがいた。


「どうしたんだよ急に。ビックリした...仕事どうだ?」
『頑張ってますよ。長谷川さん優しいです。』
「アイツいい奴だろ。真面目だしな。みょうじ髪の毛染めたりしねーの?遊びに来る奴ら皆茶色いけど。」
『染めるのダメって言われるから......。』
「あ、会社厳しいんだっけ?」
『いや違うの。.......あのね先生。私ね、』












『結婚することになりました。』


「...は?」


まさかそんなことを言われると思わなかった俺が固まっているとみょうじはニコニコ笑っていた。周りの部員たちが「美人だ〜」なんて近寄ってきて「先生の彼女ですか?」とか聞いていた気がする。んなわけねーよ。そうだったらもっと幸せそうな顔してるわ俺だって。


『違うよ〜私3年前までここでマネージャーやってたの。』
「そうなんですか?!」
『そうなの〜今日は結婚の報告に.....』
「結婚?!すげぇ......相手はどんな人すか?!」


待って待って.....これは、流川とってことで....あってるんだよな?いや、あってないでほしいけど、なんていうかその、俺にも心の準備が必要っていうか......


『ふふふ、連れて来たよ。外でみんなに囲まれてると思う。』


それを聞いた部員が不思議そうに体育館の外へと顔を出した。すぐさま「「えぇ〜?!」」なんて大きな声が聞こえたのも覚えてる。


「流川楓じゃん!」
「流川......え、あの人流川楓と結婚すんの!」


あ.......。

そんな声が聞こえてやっぱり...なんて思ってたらみょうじはニコニコしながら「先生ありがとうございました」なんて言ってくる。


「何がだよ.......」
『藤真先生が顧問で良かったなって思ってます。』
「どこが」
『....全部ですよ。全部。あ、楓ちゃん来た.....!』


既に疲れてる...なんて流川を見てみょうじは笑っている。スーツを着た流川がため息つきながらこちらへと向かってくる。.......うわ、来るなよ.......。


「よぉ、流川...」
「俺は別に来たくなかったけどなまえがセンセイに会いたいってうるせーから」
「ハハ...そうかよ....。」


「流川さんの奥さんですか〜?」なんてうちの生徒に囲まれてみょうじは一瞬で見えなくなった。「わぁぁ〜」なんて可愛い声が聞こえてくる。


「センセイ、あの節はどうも」


流川は俺なんか見ずにノールックでそう言った。嫌味たっぷりなその言葉に俺は苦笑い以外の対処法を知らない。


「悪かったと思ってるよ。大変だったろ、試合も出れなかったみたいだし.....。」
「まぁそれなりには。でも余計燃えた」
「燃えた?」
「余計に思った。アンタに絶対なまえは渡さねーって」


流川はそう言うとまっすぐ前を見たまま笑った。その横顔はとっても穏やかで優しかった。


コイツ、こんな顔もするんだ.......。


「流川、お前髪くらい染めさせてやれば。」


あぁもう、そんなこと言わなくたっていいのに。


「好きなんす、アイツの髪の毛」


地毛なのに黒じゃなくて微妙に茶色いから。綺麗だし。作られた人工的なものは嫌い。


流川はそう言って輪の中でもみくちゃにされているみょうじを助けに行った。引っ張られ出てきた姿は少しだけ髪も乱れてて疲れている。


『あぁもうっ、若さって怖いわ。』
「十分若けぇだろ。もう行くぞ」


生徒から羨望の眼差しを受ける二人は、これから色々なところへ挨拶回りなんだと言って体育館を出て行こうとした。だからスーツか。みょうじもやけにキチッとしてるし。なんてそんなことどうでもいい。








「みょうじ!」
『藤真先生、』
「.........よかったな。」


みょうじは笑った。「はい!」と言った。俺に向かって振った左手にはキラキラ光るものがついていた。とても綺麗な笑顔、美しいみょうじを見て、俺は自分自身を許してもいいのかもしれないと思った。





















藤真健司は彼女への想い、そしてつい先日のことを思い出し深くため息をついた。席を立ち朝のホームルームへ向かおうとした時、デスクに置いた新聞のとある一文が目に止まる。







「.......流川選手が奥さんに贈った指輪は推定3000万円.......。」


途端に蘇る、細い指についたあの輝いたリング。とんでもないものをつけてみょうじは笑っていたんだと藤真はゾッとした。






「いつまで経っても...アイツには敵わないんだな....俺は......。」


いつだって自分に勝ち目なんてなかったんだと思い知らされたのだった。






















おめでとうも言えなかった俺を許して


(あぁ〜〜〜もうなんて言っていいかわかんねぇ....)







Modoru Susumu
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