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生を受けて十七年、俺は思う。
この世はつくづく生きづらい。生きづらくて息苦しくて、俺という存在を受け入れてはくれなくて…もがいてももがいても、出口が見つからない。
俺は嫌いだ。永遠に暗闇を彷徨っているようなこの感覚が、俺は大嫌いだ。
「…いってきます。」
家を出る。いつものように手を合わせてから。扉が閉まる音だけが響いて、俺の呟きに対する返事はいつも通り何もなかった。着なれた学生服にひとつもないシワ。別に誰が見ているわけでもないのに、そうでなければ怒られる気がする。母さんはそういうところに厳しい人だったから。
「おはよう、神くん。」
「神くん、おはよう!」
「…うん、おはよう。」
朝はちっとも清々しくないし、空気だって美味しくない。陽の光だって嬉しくないし、天気予報なんてどうだっていい。雨が降ろうが雪で荒れようが。そんなことに囚われて一喜一憂する自分は遠い昔へ置いてきた。この広い空の下、いっそのことどこかへ消えてしまえたらいいのになぁ、なんて。
願ったところでただの無駄だけど。
「昨日午前二時頃、横浜市◯◯区の路上でー…」
また、か。
いつものように学校を終え真っ直ぐに帰宅し、堅苦しい制服を脱ぎ、部屋着に袖を通す。しばらくベッドに横たわり、目覚まし時計が音を鳴らし定刻を告げた為リビングへと降りた。テレビをつければ夕方のニュース。今日もまた誰かがこうして犠牲になったらしい。
「………」
手に持つそれがカランと音を立てる。それは残りが少ないことを示した乾いた音だった。ゴクリと喉を鳴らし、18時の分を摂取したところで携帯に手を伸ばした。
「遺体には複数の切り傷があり、損傷が激しくー…」
…身元不明の遺体、か。
世間には明らかになっていないけれど、この世に「鬼」というものは一定数確実に存在する。鬼と呼ばれるその正体は所謂「吸血鬼」と呼ばれる怪物で、人の血を食糧に生きるとても汚いものだ。
不用意に人を怖がらせないよう世間には明かさないその存在が原因で、こうして罪のない人が身元不明の遺体として発見され、迷宮入り事件として処理されるのだから困ったものだ。
だからといって自分に何かできるわけではないのだけど。
「…眠っ…、」
ソファに横になる。当然のように視界に入る天井。片手に持ったままの携帯電話から履歴を探す行為さえ面倒に感じた。今の俺は随分と疲れているらしい。電話は後でいいか…そう思い、ぼんやりとした瞳で天井を見つめる。次第にそれはぐるぐると回り出し、吸い込まれるような感覚に陥った俺はそっと目を閉じた。
「…血が…」
『…血、?』
「血を、くれっ…」
血を、血を、
お前の、その血をー
『それで、元気になれるの…?』
「……っ、?!」
…ここは、リビング…?
俺、いま…
「夢、か…」
じっとりと濡れた服。変な汗が吹き出たような感覚。なんでこんな、変な夢…というか、何してんだ、俺は…
あぁ、そっか。カプセル飲んだ後、眠気に誘われたんだった。
「人間の血は…、いらない。」
…いらない、いらない。そんなもの俺には必要ない。
ソファから起き上がり、服を脱いでシャワーへと向かう。この汚い汗を早く流したい。流してしまいたい。あぁもういっそのこと、何もかも全部…
綺麗さっぱり、手放せないかなぁ。
何もかも、やり直せないかなぁ…
「…神ですけど先生、今大丈夫ですか?」
「はい。カプセル無くなったのでまた行きます。」
「…はい。お願いします。それでは。」
やめたいなぁ…こんな生活…でも、やめられない。どんなに願ったとて、俺は俺でしかないから。この十七年で学んだことはそれくらいだ。命をかけて生んでくれた母さんにも顔向けできないから俺は俺としてこれからも生きていく…それ以外選択肢は無い。けれど…それでも…
願いが叶うんだとするなら…
俺は俺じゃない誰かに、生まれたかったんだよ。