後編






『神くん今日も凄い人気だなぁ…』


隣でエスプレッソマシンをいじりながら「そうですよね」と同意してくれるのは同じ大学のひとつ後輩の女の子で「神くん目当てのお客さん日に日に増えてませんか?」ともはや呆れ顔だ。


『神くんには悪いけど…店の売り上げも上々だし…それに店長がね…』

「神くん入ってからご機嫌以外のなにものでもないですもんね。」


初めて彼を連れてきた時、店長に向かって「神宗一郎です」と挨拶をしてくれた時、「アルバイト希望の子です」と伝えた時、店長は目をキラッキラというよりギラッギラに輝かせて「ありがとう、みょうじさん」と私の両手をガッチリと掴んできた。あの時の「そうそう!まさしくこういう子だよ!」と言わんばかりの店長の顔は一生忘れん。絶対に忘れん。スカウト代として臨時ボーナスがあったことも絶対忘れん。


なんやかんやで神くんは大会前を除き週に二日ほどシフトに入ってくれている。彼は驚くほどに手際や要領が良く、一度教えたことを一度で覚えるのみならず、ひとつ教えればそこから三つも四つも吸収してくれるまさしく天才的な男の子だったのだ。聞けば近くの大学に通っているらしくそこのバスケット部は大学バスケの中でも三本の指に入るほどの強豪校だとスポーツに縁がない私ですら知っていたほどで。


ましてや神宗一郎という男ときたらあの海南大附属高校の出身だというし、海南時代はバスケ部のキャプテンだったとかなんとか…。神奈川では超有名なお金持ち文武両道スポーツでも有名な進学校、海南大附属にいたことですら彼に気品をプラスさせるっていうのに、まさしくそこでキャプテン?二年生の頃からレギュラーだった?


もはや雲の上の存在すぎて、スカウトした自分が恐ろしくなってくるくらいだ。


ちなみに海南大附属時代から彼は人気者だったらしくこのカフェに来るお客さんの中には「高校の公式戦から観に行ってました」という女の子たちも少なくない。その度に「ありがとう」と笑う神くんの対応はいつも同じで、絶対に心に決めた相手がいるんだと一部では噂になっていたり…。


店内に貼られた大学バスケットボールリーグの公式戦の日程表。神くんが所属する大学名ももちろん載っていてスポーツ好きの店長が店内にも貼るべきだと本人の許可なしで貼っていたのも知っている。


「なまえさん、今日ラストまでですか?」

『そうなんだよ…あと二時間もあるね…』

「あっという間ですよ、大丈夫。」


私の二時間と神くんの二時間って同じ120分だよね…なんでそんなに爽やかな顔で残りの二時間頑張ろうだなんて笑えるんだろう…本当同じ人間かどうかも不安になってくる…二つしか歳変わらないのに…


『…ところで神くん、普段家事とかするの?』

「一人暮らしですから、一通りは。」

『そうなんだ…どうりで慣れてると…』


聞くところによると実家も近いものの自立のために一人暮らしをしているらしい。なんという意識の高さ…マグカップを片付けたり洗い物をしたりする神くんの手際の良さはピカイチでいくら要領がいいとはいえ相当家事慣れしてるなぁだなんてそんなことを考えてしまっていた。なんていうか…手の指先まで綺麗だし…本当にスポーツやってるのか不思議になるくらい傷ひとつない長い指。やっぱり彼はイケメンだし女の子の理想を余すことなく叶えたような…そんな感じがするんだよなぁ…


「なまえさんも一人暮らしですか?」

『ううん、私は実家暮らしだよ。』

「そうですか。なまえさん可愛いから親御さんも心配で一人暮らしなんてさせられないでしょうね。」

『そんなことはないけどね…ありがとう。』


おまけに気も遣えるんだからもう申し分ないよ。彼のご両親の育て方が良かったのか…?それとも最近の若者は自然とこんなことまで覚えているのか…?それともバスケットというスポーツが彼をこんなにも多方面で天才的な男の子に育てあげたっていうのか…?!


「…よし、あと二時間。」


神宗一郎くん、彼はやっぱり完璧だ……









『お疲れ様でした。』

「お疲れ様です。」


更衣室を出て店の戸締りを終えた頃、神くんも着替え終わったようでラフな格好をして私の前へと現れた。最後の点検をするなり解散…となるはずが…


『…うおっと、?!な、なにかな……』


突然腕を引っ張られ顔を上げる。そこにはニコッと笑い私を見下ろす神くんがいて…いやいや、痛いんですけど…


「なまえさん、そろそろいいですよね?」

『へ?何が…?』

「…俺忙しいんですよ。バスケットもそうだけど、法学部だし、本当に時間がない。」

『ほ、法学部…?!』


まさかそんなところにいるとは思わなくて「ウソ…」と呟く私に神くんは「アルバイトの時間なんて本当はないんですよ」と笑ってくるではないか。まさか彼は…勉強もできる本当の完璧マン…


『ご、ごめん…アルバイトに誘った私が悪かったよ…』


そもそもなんの話してたんだっけ…と彼は私に謝って欲しかったのか、これで正しいのかを考え始めるうちに「だから、なってくれますよね?」と聞かれてしまう。


『…何に?』

「俺の彼女ですよ。」

『…は?』


神くんは私にニッコリと微笑み掌に何かを乗せてくる。それは冷たくてひんやりとした自分の手の中をそうっと覗けばそこにはシンプルなデザインの鍵が入っていたわけで。


『…どういうこと…でしょうか…?』

「俺の部屋の合鍵です。いつでも来てください。俺からは会いに行く時間があまりないから、たくさん来てくれると嬉しいです。」

『……いやいや、ちょっと待って!』


なに、これ…?どうしてこうなったわけ…?私なにも言ってないよ?告白した覚えもないし合鍵が欲しいだなんて彼女にしてくれだなんて一言も…


「…まさか、俺が普通に引き受けたとでも思いました?」


「このアルバイト」と付け加えた神くんの腕は私の肩に回っていて、肩を組まれるような形で顔を覗かれてしまった。ヒィッ……


『ご、ごめん…嫌だったらやめてくれていいし…だからその…』

「まさか。やめませんよ。なまえさんを手に入れる口実がなくなっちゃう。」

『え、あの……』


何がどうなってこうなったのか…必死に考えるうちに神くんは私の頬にチュッとキスをしてくるではないか。うわぁ!ちょっと待った!何?!


『待った、待った!全然わかんない!どういうことなの?!』

「だから、俺の彼女になったってこと。」

『いや待ってよ…合鍵もらったって困るよ…そもそも神くんの家わからないし…』


私がそう言うと神くんは「行くよ」と私を引っ張り肩を組んだまま歩き始めるではないか。


『どこにっ…!』

「だから、今から教えるから。俺の家。」

『…えっ、?!』

「そういえばさっき明日は講義もバイトも休みだって言ってましたよね?」


どうなっているんだ…と慌てながらも「まぁ…」と答えれば「じゃあ…」と神くんは笑いながら口を開いた。


「…今夜は帰さないかもね。」

『えっ……』

「楽しい夜にしましょうよ。」


これは何かの間違い…だってあの理想的なイケメンである神くんが…誰にでも優しくて好青年で何でもできちゃう神くんが…


こんなに肉食系男子なわけないんだから…

















見た目は草食、中身は肉食


(んはっ!これが噂のロールキャベツ系男子?!)
(ロールキャベツ?食べたいなら作りましょうか?)
(いや、女子力高すぎかって…)











Modoru Susumu
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