前編







『イケメン探してこいって言われたってなぁ…』


とある日、私はそんなことを呟き困りながら街中を歩いていた。すれ違う人々に目を向けながらそもそもイケメンの定義とは何なのかを考え出す時点で確実にスカウトには向いてない自分に呆れてしまう。それは先日アルバイト先で言われた店長からの命令じみた指令であり、大学生の先輩たちがこぞって卒業を機に辞めていってしまったことによるアルバイトの人数を増やす為のものであったのだが…


そもそも私だって大学生のアルバイトだっていうのに、新しい人材を探してこいだなんてそんなの無理な話だし、店長は口煩く「男にしてね、イケメンに限る」だなんて指定してくるのだから余計に私を困らせるんだ。なんなんだ、イケメンって。


そりゃあね、私だってあのお洒落な外観と落ち着いた雰囲気に惹かれてあのカフェでのアルバイトを決めたわけだし、あの洒落た空間にイケメンがエプロンをつけて働いている姿なんて容易に想像がつくんだけどね…?でもいざスカウトしてこいと送り出されたら出されたで、そもそもイケメンってなんだ?顔さえ良ければいいのか?顔もスタイルも良くてきちんとシフトに出てくれる子なんてどうやって見極めたらいいんだ…?と冷静な自分が若い男の子に声をかけようとする自分に「待った」をかけてしまうのだった。


『無謀すぎるよ…いきなりバイトしない?なんて…』


同じ大学の子はみんなどこかしらでアルバイトしてて、街中にいた良さそうな子には声かけたけどみんなに断られたってそう報告しよう。むしろそれが以外に方法がない。


『もう帰ろ…』


とぼとぼと駅へと向かう最中で前から歩いてきた随分と背の高い男の子が視界に入る。その子は耳にイヤホンをつけていて驚くべきことに身長が高くスタイルがいい上に顔まで整っていて途端に私の中の何かがピクッと反応した。


そうだ…イケメンって…私が探していたイケメンって…まさしくこの子だ…!


それは漠然とした何かでしかなかった「イケメン」がハッキリと自分の中で具体化された姿であって、まさしく理想の男の子なのだった。そしてその子は後ろから声をかけてくる男性に気付かずスタスタと先を急いでいる。


「あの…キミ!」

「……何か?」


トントンと背中を叩いたその人の存在に気付くなり立ち止まる男の子。男性はその子を見上げるなり「モデルなんて興味ない?」とキラキラした目でそう声をかけていた。


「ないです。失礼します。」

「…大学生?小遣い稼ぎにどうかな?」

「忙しいんです。部活もやってるし…そもそもそういう類には興味がありません。」


誰しもが一度は憧れるであろうそれこそ本当の「スカウト」に表情を変えずに淡々と答えその場を去った男の子。すれ違い様にそんな様子を見守っていた私は生まれて初めてスカウト現場を目撃したなんとも言えないドキドキ感に加えて、「部活をしている」と言った多忙なあの子の言葉が頭に残りなんて表現したらいいのかわからない感情のまま家へと帰ったのであった。














『すっかり遅くなった…』


明日までの課題がまだ少し残っていた気がする。大学三年にもなれば講義数も減ってはきたもののまだまだ就活一本に絞るわけにもいかず提出物には気が抜けない。アルバイトを終えるなり「いい子いたらスカウトしてよ」との店長の口癖が頭の中に浮かんできてため息が漏れた。たった今、店を出たばかりだというのに。


足早にたどり着いた大きな交差点で私の少し前に立ち同じように信号機が青に変わるのを待つ背の高い男性と見られる後ろ姿が目に入る。どこかでなんとなく見覚えが…なんて思った時には既に一歩、また一歩と歩みを進めて彼との距離を縮めている自分がいた。こっそりと見上げるなりその人はあろうことかついこの間モデルに興味はないかとスカウトされていた男の子であり、私にとっての「理想のイケメン」そのものと言っても過言ではないあの子だったのだ。


今日は白いポロシャツにハーフパンツ、黒いリュックを背負っており私服というよりかは何か運動部の移動着のように思えてジロジロと見つめてしまう。脚の引き締まったほどよい筋肉がまた美しくて気付いたらガン見している自分がいた。あ、ついつい…


「…何か?」


まさか自分にかけられたものとは思わなくていかんいかん…と目を逸らすものの隣からは「あの」と少し強めの言葉が聞こえてくる。


『……えっ、私……?』

「僕の足に何かついてますか?」

『あっ…い、いや…!』


慌てて手をぶんぶんと振り「違います、すみません!」と勢いで謝罪する。見ていたことを見られていたとは思わなくて深々と頭を下げる私に「いいですけど…」と府に落ちないような口調で不満げに返事をする男の子。そりゃ誰だって知らない人にジロジロと見られたら嫌だし…っていうか…変態とかセクハラとか思われてないよね…?!


気付けば信号は青に変わっていて謝った勢いのまま歩き始めてさっさと立ち去りたかったのに、男の子はジッと私を見つめたままその場から動く気配ない。まさかこの中を強行突破として歩き出すわけにはいかないし…そう考えているうちに信号機は点滅し再び赤になってしまったのだった。


『あ、あの…脚の筋肉が綺麗だなぁって…見惚れてしまって…すみませんでした…』


もはや理由を述べない限り解放してもらえないような気がした私が早口でそう伝えれば男の子は「ふぅん」と呟いて真っ直ぐ前を見る。


な、なに…やっぱり理由が知りたかったってこと…?


よくよく見れば着ている白いポロシャツにはロゴのようなものが印刷されていてそれがバスケットボールだということに気付く。なるほど…この青年はどこかのバスケットボール選手…どうりで背が高いと…ちなみに大学生であってるのかなぁ…見た感じ若そうだけど高校生ってことはないだろうし…


「…脚だけじゃなかったんですか?」

『へっ……』

「僕の顔にも興味が?」


やばっ…と思った時には既に遅くて。これまた理由を述べない限り開放してはもらえなそうであった。前回モデルにスカウトされていたところを見ただなんてそんなストーカーじみたことを口にできるはずもない。がしかし、ただ単にかっこいいから見惚れていたとかバスケ部だったんだとかそんなことを言えるわけもない。ただでさえ冴えないのに今日に限ってめちゃくちゃに疲れている私の頭が何をどう説明したらいいのかを必死で考える。


『アルバイト…探してないですかね…?』

「アルバイト…?」

『お兄さんみたいな人を…ちょうど探してて…』


「イメージにピッタリで…」だなんてまぁ正解といえば正解だし、顔を見ていた理由になりそうではあるんだけど、たった今「部活で忙しい」と言っていた彼のその部活がバスケットボールだということもわかり、到底アルバイトなんてしている暇はなさそうな上に仮にやる時間があるとするならもう既に自主的に時間に融通がきく場所で始めているのかもしれないという考えが頭をよぎり、何も言わずに私を見下ろす彼にやっぱりいいや…との旨を伝えようとした時だ。


「何のです?アルバイト。」

『えっ…あぁ…カフェです…駅前の…』


小さな声で店名を呟けば彼は「行ったことあります、後輩と」と言ってくれた。まさかそう返されるとは思わなくて今の今まで引き下がろうとしていた私のどこかに眠っていたらしいスカウト魂が目を覚まし、「どうですか?カフェの店員」と気合い充分に彼の返答を待つ。


「アルバイトか…」

『ちなみに…大学生…?』

「はい、一年です。」

『いっ、一年生…?!』


なんということだ…これならうまくいけば二、三年は働いてくれるかもしれない。もちろん部活もあるしそうたくさんシフトには入れなくともこのスタイルにこの美貌なら間違いなく固定客も増えるだろうし…いい!やっぱり凄くいい!


『時間に融通がきくし…そんなに多く入れなくても構わない。もしアルバイト探してるんだったら…』

「やります。」

『…えっ?!いいの?!』

「はい、いいですよ。」










とある日、カミサマは私に微笑んだのだった


(ちなみにお名前は…)
(神宗一郎です)
(じ、じん?すごいかっこいい名前だね…!)
(………)




後編→






Modoru Susumu
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -