彼視点







ありがとうって....ありがとうってさ....


「こっちの方がありがとうだっつーの....」


照れ隠しは苦手で「うん」なんて呟いて逃げるようにして扉を閉めた。なまえに「ありがとう」と言われたのはいつぶりだろうか。目を合わせ真っ直ぐ微笑まれただけで俺の頭は最高に沸き上がるんだから「好き」は魔物だ。


そして思う。こんなはずじゃなかった。なまえが元気になり、俺の野菜ジュースを飲んでくれて、ありがとうと微笑んでくれて。細かく言えばお姫様抱っこだってしたし?神様は俺に微笑んだはずだった。


「あ、みょうじさんだ!」

「本当だ!元気になったのかなぁ?」


朝練終わりの下駄箱で、やけに頻繁に聞く「みょうじ」という名字。なまえが普段仲良くしている女子は限られているし友達も多い方ではない。明らか友達ではなさそうな女子の口から次々と出てくる俺の幼馴染の名に「なんでだ?」と疑問を感じるのも束の間、次に続いた言葉に俺は絶句した。


「花形くんがお姫様抱っこしたって噂のみょうじさん!」

「そうそう!見た?めっちゃかっこよかったよ!」

「さすが花形くんだよねぇ!」


どこぞのノッポ眼鏡のせいで俺の幼馴染は有名人になってしまったらしく、登校する姿を見られ周りから「花形くんとどんな関係なのかな」だなんてあらぬ推測をされているではないか。そのほとんどがノッポ眼鏡に対する好意であり、注目されているのはなまえではないことは承知の上だがそれでも花形とセットで名前をあげられることに相当腹立たしい俺は朝練終わりに自分で飲み干した紫色の野菜ジュースのパックを原形をとどめないほどにグシャグシャに潰してやった。













休み時間、高野の教室へと向かう途中相変わらず「花形くんが〜」「花形くんの〜」とうるさい女子の噂話が耳に入ってくる。廊下を歩きながらクソ野郎ども...と心で舌打ちする俺の耳にスッと入ってきたのは「みょうじさんがね」から始まるどこかの女子の興奮気味の声であった。


「今花形くんと喋ってたの!」

「うそうそ?!なんで?!」

「ありがとうって言ってるのは聞こえた!」


そんな話を耳にするなり俺の足はスピードを上げて廊下を小走りするほどになりあっという間についた高野のクラスになまえの姿がないことに気付く。さらにその先にある花形の元へと向かえば教室の入り口付近には何故だか人だかりができていて簡単に中を覗けないほどであった。


「なんだ.....?」


何があったんだ...とため息が出る俺の耳には人だかりの中の誰かの「お似合いじゃね?」なんて声が入ってきて、嫌な予感がした俺はなんとか人混みをかい潜り前へと進んだ。


教室の中には案の定向かい合って話す花形となまえがいて、周りのみんなはそれを好奇の目で見つめている。コソコソと話し声が止まらないこの人混みの中で「みょうじさんって案外可愛いよな」だとか「眼鏡外すと美人だったりして」だとか今すぐにでも発信者を潰してやりたいくらいのセリフが何個も何個も聞こえてくる。その中のひとつが俺に握り拳を作らせた。


「みょうじさんってめちゃくちゃ頭いいらしいよ。花形とお似合いなんじゃね?文学系カップル。」


か、かっぷる.....?!誰と、誰が?!


フルフルと震え出す俺になんて誰も気付きやしない。誰かのそんな声に皆してお似合いだと騒ぎ始めしまいには「子供生まれたら遺伝子やばそうじゃね?めちゃくちゃ頭いいだろ」だなんて好き勝手なこと言ってくれるじゃねぇか。


「.....花形、」


騒音に紛れて俺の声はアイツには届かない。なまえは花形にペコリと頭を下げて完全に何かのお礼をしている雰囲気だ。


「....花形!!」

「....ふ、ふじま....っ、!!」


怒鳴るような俺の声に周りの群れは驚いたように皆して俺を見てくるし呼ばれた正直者の花形は俺の存在に驚いたように目を見開いているしなんならしまった...というような顔すらしているし俺の登場を見てなまえはそそくさと花形の教室から出て行こうとしているし....


「部活の話だ。時間、いいか?」

「あ、あぁ....すぐ行くよ....」


廊下に出ればなまえの後ろ姿が目に入る。スタスタと歩き自分の教室に向かっているようだ。廊下に出ている女子達から好奇の目で見られる俺の幼馴染に良い気はしなくてこの場で堂々と話しかけて藤真の幼馴染なんだと認識させてやりたいけれど....、それは単なる俺のエゴに過ぎないからやめておこう。どんな理由であれなまえの意に反するものは避けたい。


「藤真....誤解しないでくれ....」

「....何の話だ?」


別にオメェに怒ってるわけじゃねぇよ。むしろ助けてもらったことは感謝しているし、花形がキャッチしてくれなかったらなまえは勢いよく廊下に頭をぶつけていたと思うとそっちの方がよっぽど恐ろしいのだから。


「藤真.....、」

「今日の練習は外周メインにするから。話はそれだけだ。」


なまえが花形の元を離れたのならもうお前に用はない。自分の教室へと帰ろうとした時「藤真、」と俺を呼ぶ声がした。


「礼を言われただけなんだ。保健室まで運んでくれてありがとう、と。」


言い訳のように聞こえる花形の困った声。別にそんなこと言われなくたってわかってる。アイツは律儀だから今日噂でも聞いて知ったんだろ、自分を保健室まで運んだのが花形だってこと。それで礼を言わなきゃってなまえの考えてることくらいお見通しだっての。


「....何?みんなより多く走りたいって?」

「藤真....勘弁してくれ.....」






願わくばその相手が俺だったなら


(お似合いだって噂されてみてぇなぁ...)









Modoru Susumu
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