花形視点







「藤真、何かあったのか?」

「....は?何言ってんだこのメガネ。」


絶対に何かあったんだな....。

これ以上は危険と判断した俺が言い返してやりたい気持ちを抑えて「そうか」と返事をすれば藤真は一度止まった手を再び動かしてワイシャツに腕を通していた。今朝の藤真はどうもおかしい。朝練前もぼうっとする時間が長く、練習中も元気がないように思えた。


その理由の大半は「あの子」なんだろうけど、俺がこんな調子の藤真にストレートに「藤真、みょうじと何かあったのか?」と聞けば「気安くみょうじなんて呼ぶんじゃねぇよ」とキレられかねないからな。いや、キレられるだろ確実に。だからこそ名前は伏せたのに。結局キレられてるんだから結果は同じなのだけれど。俺の気遣いは特に意味をなさない。


みょうじとは去年、二年の頃に同じクラスで。大人しくて勉強もできるどちらかといえば地味な感じの子であった。去年一年間、藤真は毎日というよりほぼ毎時間、休み時間のたびに大した用はないっていうのに「花形〜」と俺を呼びもはや俺以外を目的としたような雰囲気で顔を出しに来るのだから察しがついた。お目当てはどの子かと勝手に探り始め、みょうじにたどり着いた時は結構驚いたが。今年はその役目は高野らしく、既に何度も高野のクラスへと通う藤真を目撃している。


しかしあの時はとても怖かった。俺がたまたま休み時間に教室内でみょうじとぶつかって、彼女に尻餅をつかせてしまったことがあって。それを今思えばストーカーのように覗きにきていた藤真に見られていて。尻餅をつかせてしまったことへの謝罪と共に手を差し出し、みょうじの手を掴み立たせようとした瞬間、廊下から「花形!!!」と大きな声がしたのだから。


それが完全に「キレている」時の藤真の声だと瞬時に判断し、俺は一瞬で察したわけだ。「この子だったのか...」と。不意に呼ばれてそんなことを考えていた俺がみょうじを立たせた後その手をなかなか離さずに繋いだままになってしまったことも含めて、藤真は廊下で「花形!!早く来い!!」と叫び続けていた。早く来い=みょうじに近付くなということだ。


「藤真、ボタン掛け違えてるぞ。」

「.....んあっ、めんどくせぇ.....」


何があったのかは知らないが相当心此処にあらず状態の藤真。みょうじが関係していることに間違いはないとして、珍しく喧嘩でもしたのだろうか?休み時間にでも藤真にバレないよう高野のクラスへ行きこっそりみょうじに理由を聞いてみようか。バレた時のリスクもあるけれど.....。












休み時間、俺はふらふらと廊下へと出てみた。高野のクラスを通るふりして、チャンスがあればみょうじに話しかけてみようと試みたのだ。藤真のクラスは今移動教室だったから戻ってくるまで少し時間がかかるだろう。去年藤真と「幼馴染」だということを知った俺が藤真の目を盗んでコソコソと話しかけ、翔陽の中で唯一二人の関係性を知る男としてみょうじと仲良くなれたのだ。


「高野ぉ〜!おい、入るぞ〜?」


そんな俺の目の前で高野のクラスへと入ろうとする永野がいて。永野のついでに入ってしまおうと続くようにして永野の後ろへとまわった俺の目の前で永野は教室から出てきたひとりの女の子と「ドンッ」と音を立ててぶつかった。


「おわっ、?!だ、だいじょ、.......っ?!」


永野が慌ててその子へと振り向き「大丈夫?」と問いかけようとした時、その子はフラッと後ろへと傾き、あろうことかぐったりとした様子でそのまま倒れかけているではないか。永野が咄嗟に手を伸ばしたのも視界には入っていたが、距離的に近かった俺はもう本能でその子へと必死に手を伸ばし、なんとか地面に倒れ込む前にキャッチすることができた。


腕の中でぐったりとするその子を見るなり俺は目を見開いた。


「....みょうじ?みょうじ....っ?!」


俺の腕の中で目を閉じたままピクリとも動かないのは先ほどまで頭の中にいた、そして今俺がここへと足を運ぶ理由となったみょうじ張本人だったのだ。永野が「花形...助かった...おい、大丈夫?!」と慌ててみょうじに話しかけている中、俺は目を閉じたまま動かないみょうじの息がやけに荒いことに気付いた。


「おい、どうした?.....えっ、みょうじさん?!」


教室の中からバタバタと慌てて出てきた高野に「保健室へ連れてくと担任に伝えてくれ」と伝言を頼み俺は慌ててみょうじを担いだ。いわゆるお姫様抱っこという体勢が一番運びやすい気がしてとにかく体が熱いみょうじを抱き上げて保健室めがけて歩き始めた。持ち上げれば信じられないほどに軽くて、廊下の途中でみょうじの眼鏡がないことに気が付いたけどそんなのは後でいい。














「花形くん、今連絡してくるからここでみょうじさんの様子見ててもらってもいい?」

「わかりました。」


すぐ戻るわね、と養護教諭はそう言って慌てて保健室を出て行った。みょうじは39度を超える熱があり呼吸は荒いまま眠っているのか目を閉じていてそのまま家の人を呼ぶことになったらしい。おでこに貼られた熱冷ましのシートの上から触ってみるもののかなりの高熱であることがわかりどうしたものかソワソワと室内を歩き回ってしまう。


その時だった。


明らか養護教諭ではない乱暴な扉の開け方で扉が開きドスドスと豪快にこちらへと近づいて来る人物がいる。


「藤真......」


みょうじの眼鏡片手に無言で近づいてきた藤真はベッドで呼吸を荒くしながら眠るみょうじに近付くとジッと彼女を見つめたまま動かなかった。心なしか藤真の肩もいつもよりよく動いていて慌ててきたのがわかる。何も言わない藤真が心配になり少しだけ顔を覗けば涙が出そうなほど歪んだ表情でジッとみょうじを見下ろす俺の知らない藤真がいた。


「.....花形、」

「なっ...、なんだ.....?」


不意に呼ばれて驚いた俺がそう答えれば俺へと顔を向けた藤真は「ありがとう」と呟いた。


「運んでくれたんだろ....感謝する.....」

「あ、あぁ...」


唯一二人の関係性を知る者として、俺がみょうじを運んだことは色々な意味で良かったのかもなぁ...とぼんやり考えていたら藤真は「俺の聞き間違いじゃなければ...」と続けた。その声は完全にヤバい時の声だった。


「....花形くんがお姫様抱っこしてた、って。」

「(そ、そこか.....!)」


そんなこと言ってる場合か、と反論したい俺に容赦のない藤真が怖いくらい無表情で「お姫様抱っこ...」と呟いた。


「そ、それが一番、早く運べる体勢で...だな....」

「ふぅん、スカートの中に手が入る可能性だってあるお姫様抱っこが一番運びやすかったってね...へぇ...」


藤真は早口でそう言うとみょうじの眠るベッドの近くに丸椅子を持っていき腰掛けた。汗をかいていたのか自身のポケットからタオルを取り出すとみょうじの首元やこめかみのあたりを優しく拭いている。


「...朝から、具合悪かったのか?」


今朝、藤真の様子がおかしかったことと何か関係があるに違いない。養護教諭も「きっと朝から具合悪かっただろうに」と呟いていたから。


「....俺はな、コイツの意思を尊重してんだよ。」


藤真はそう言ってみょうじの髪をスッと撫でた。その様子を見て俺は「お大事に」と呟き保健室を出た。










みょうじが藤真と「幼馴染」だということを隠す理由、それはなんとなく察しがついていた。話しかけてみればとても優しくて案外面白く真面目で優等生な良い子で、藤真とはまるで正反対ような性格であった。大人しそうな見た目から、やっぱり藤真のファンに目をつけられたくないんだろうなぁという、幼馴染故の苦労を感じ同情していたが、毎時間ストーカーのようにみょうじに会いに行く藤真が彼女に一切話しかけずわかりやすく遠巻きに様子を見ているだけにとどまる理由はいまいちわかっていなかった。


しかし今の藤真の一言で察しがついた。藤真のことだから「俺の幼馴染だ」とかなんとか周りに言いふらしたりしそうだし、なんなら堂々とみょうじに好きアピールをするのかと思いきや、違ったようだ。藤真は彼女の意思を尊重し、彼女の思う通りに徹しているらしかった。幼馴染を隠しておきたい彼女の意思を汲んであんなにコソコソと見に行っているかと思うとあんなに暴君な藤真にもこんなに純粋な心があったのかと健気で泣けてくる。


きっと今朝も具合が悪いことくらい藤真にはお見通しだったのだろうけど、彼女が「行く」と言うのならそれを受け入れたのだろうな。やけに朝からソワソワしていたわけだ。いつ高熱が出て倒れるか、それを気にした結果あんな態度だったと思うと辻褄が合うし納得がいく。


「早く元気になれよ....みょうじ.....」


お前の回復を心の底から願い、あんなにも切ない顔をして寄り添ってくれる幼馴染が待ってるぞ。










第三者は思う

(早く結ばれるといいな、藤真....)






Modoru Susumu
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