09
『うわぁ〜...120分待ちって...遊園地か...』
2年6組、我がクラスの周りには終わりが見えない程の行列が出来ておりその全てが女子、女子、女子。そのほとんどが流川くん目当てでたまに水戸くんの名前も上がったりしてキャーキャー騒がしい。
「おーいなまえちゃん!サボってねーで仕事しろ!」
『あ、ごめんごめんっ......』
廊下を覗いてそんなことを考えていた私に水戸くんがそう声をかけた。慌てて持ち場に戻るものの流川くんは相変わらず女子に囲まれて「あーんして」とか「写真撮ろう」とか言われてうんざりした顔をしている。もはやため息ばかり漏れているけどそんなうんざり顔すらかっこよくて.......。うわ、私もあーんされたい.......とか、そんなことこれっぽっちも思ってないよ。思ってない!
「あの〜すみませ〜ん」
『...あ、はーい!』
そんな時廊下からひょこっと顔を出した他校の男子生徒に声をかけられて何かあったのかなぁと教室を出た。廊下で待っていたのは背の高い男の子二人組でなんだかニヤニヤしている。
『どうしました?』
「あーこのホストクラブって男の客は入れないんすかー?」
『入れますけど...一応イケメンホストを売りにしてますので...それでもよかったら...。』
「えぇ〜キミすごい可愛いしウェイトレス目当てで入ってもいい?相手してくれない?」
上から下までジロッと見られてとてつもない不快感に襲われた。うわっ...なんなの.....気持ち悪い......!!!
「この女子はみんなホスト目当てでしょ?ここに並ぶのだるいしウェイトレス目当ての客ってことでさ〜早く入れてくれない?」
いいでしょー?と言いながら私の肩を軽々しく触ってくる。あまりの気持ち悪さにビクッと肩が揺れたら男達はニヤニヤ笑った。
「いいじゃんね〜?相手してよ〜?」
どうしよう......。肩に腕を組まれて無理矢理教室へと入ろうとする。もう一人の男が先に教室の中を覗くと席が満席なのに気付いたのか「入るとこねーな」なんて呟いている。
「えぇ〜じゃあ一緒に外回ろうよ、ね?」
『いやっ、あの、仕事中だから...っ、』
「大丈夫だって。メインはホストなんでしょ?」
そう言われて連れて行かれそうになった時、何故だか急に男の腕が外れて私は自由になったと思ったら、今度は腕を引き寄せられて誰かにぶつかった。...えっ、この匂い.......!!!
「...触んじゃねぇよ」
びっくりして上を見上げれば、あまりにも怖い顔で睨んでいる流川くんがいた。
『るっ、流川くっ......』
「怪我は」
『な、ないです...!』
「.....そ」
ぐしゃっと少し乱暴に頭を撫でられた。うわっ......やばい、.........
すごい、、嬉しい..........。
目の前の男たちは「なんだよ」とか「誰だテメー」とか言ってるけれどあまりの流川くんのビジュアルに少しタジタジしている。そんな騒ぎに気付いたのか廊下で並んでいる女子達が途端に流川くんを見てキャーキャー騒ぎ出し、至る所から「ナンパされたウェイトレス助けてる!」とか「流川くんマジカッコいい」とかそんな声が聞こえてきて。居辛くなったのか男達は去って行った。
『あ、ありがとう......すごい、助かりました.......』
「...簡単についていくな」
『ごっ、ごめん、.......!』
軽くデコピンでおでこを弾かれて、その部分がやけに熱を持ってしまう。流川くんはふいっと顔を逸らして自分の持ち場へと戻って行った。
「何どうした?もしかして俺の出番だった?」
『そんなことしたら...相手の命がないよ...。』
水戸くんは喧嘩が強すぎるんだ。もしブチギレたらあっという間にあの人たち飛んで行っちゃうよ。
「なまえちゃん顔真っ赤だぜ?大丈夫?」
『大丈夫だよ!ほら、仕事しよっと!』
そんなこと指摘されなくても自分でわかってるよ...!もう!だって仕方ないじゃん、流川くんにあんな風に助けられちゃったら............
仕事をしながらもついつい視線は流川くんへと向いてしまい、相変わらず女子に囲まれながらうんざりしている流川くんから目が離せない。時たまほんの少しだけ目が合うような気がしてその度に「うっ」と声が漏れそうになるのを抑えて目を逸らす。いやいやいや、無理。かっこ良すぎて無理だよ.......。
「うわぁ〜疲れた〜〜!」
さすがにぐったりしていてもう何も手につかないと言った状態の水戸くんにそこら辺で買ってきたスポーツドリンクを渡せば嬉しそうに受け取ってくれる。
「お、ありがとう。マジで疲れたわ.......」
『やっと終わったね...本当にお疲れ様でした!』
深々と頭を下げてそう言えば水戸くんは「ハハハッ」なんて笑ってる。顔をあげればゴクッと喉を鳴らしてスポーツドリンクを口にしており、なんだかそれがやけに色っぽく見えて仕方ない。流川くんといい水戸くんといい、、同い年に思えないほどに魅力がある。不思議だ。
「なまえちゃんもお疲れ様。ウェイトレスも中々の人気だったな。」
『でもお客さんの大半は女子だったからね、そこまで疲れてないよ。』
私がそう口にすれば水戸くんはとっても穏やかな笑みで私を見ている。ん?と言ってみるものの「ううん」と返事が返ってきた。なんだろう。疲れすぎておかしくなったのかな。
「水戸くん!なまえちゃん!打ち上げ出るでしょ?」
クラスメイトの大きな声が聞こえて水戸くんは「おー!」なんてすぐ返事した。けれども私は答えを出すのに少し戸惑ってしまう。自然と視線は流川くんに向くのだけれど...相変わらずホストの格好をやめてもなお女子生徒に囲まれている流川くん。髪型は少し崩れているけどホストの時のままで、着ているものが制服に変わっても最高にかっこいい。
...いつにも増して女子に囲まれる流川くんを見ながら過ごす打ち上げかぁ...なんだか、気が乗らないなぁ。
『わ、私帰ろうかな...。』
「どうした?体調でも悪いの?俺送っていくよ。」
『い、いいよいいよ、水戸くんは主役なんだから出ないと!』
えっ...と呟いた水戸くんをよそに私は身支度をしてクラスメイトに「不参加で」と伝えた。なんだか今日はもう寝てしまいたい。本当に疲れた。
「なまえちゃん...。」
『水戸くん、本当にお疲れ様。また月曜日ね。』
そう言って廊下に出ればまだ片付けに励んでいる桜木くんのクラス。なんだかこの中を通って先に帰るのは申し訳ないけど足早に退散すると下駄箱のところで「おい」と声をかけられた。
『えっ...?』
「...待てよ」
『流川くんっ......?!』
少しだけ息を荒くした流川くんが私を呼び止めた。...一体今日はどうなってるんだ?!何度流川くんが私に話しかけてくれるんだろう。
「帰んのか」
『う、うん。あまり体調が良くなくて......。』
「送る」
『あ、いいよ!みんな心配するよ?流川くんがいない打ち上げなんて.......』
「...みょうじがいない打ち上げに興味ねーから」
終始無言であった。
そもそもなんて返せばいいのかもわからないし、今更なんて口を開けばいいのかもわからない。もはや全てのタイミングを失ってしまい、私は静かに流川くんの自転車の後ろに乗っている。道案内をしなくとももう覚えてくれたらしい私の家までの道のりを流川くんは迷うことなく進んでいく。
「......着いた」
『あ、ありがとう......今日は本当にお疲れ様...。』
それじゃあ、と言って家に入ろうとした瞬間、私の左腕はガシッと掴まれてしまった。
『〜〜っ?!』
「...今度のテスト、」
テ、テスト?!
「また教えてくれ」
『.........あ、う、うんっ、わかった........。』
「おやすみ」
流川くんはそう言うと自転車に乗って去って行った。残された私はというと、家に入ることも出来ずにその場に立ち尽くしていた。
流川くんはいつだってヒーローです(...も、もう...どうしたらいいの......)