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『.....もういい、知らない!』

「おい!なまえ!」


私は思う。どうして母に似なかったのだろう、と。見た目こそ母にそっくりで「見かけはハルコさんなんだけどな」と何億回花道に言われただろう。けれども中身はどうやら完全父親似らしく、似たくもない花道に似てしまったこの頑固さは時に役に立ち時に仇となる。


そっくりだからこそ、衝突するのはよくあることで。今だって高2を迎えた私の進路の話から父である花道と喧嘩をし居場所を失った私は何も持たず手ぶらで家を飛び出した。









『むかつく....突然始めたバスケで成功したアイツに....何がわかるんだよ....!』


決まって来るのはこの海だ。湘南の海はやけに波が高くてサーフィンをしてる人なんかもたくさんいる。その海を浜辺に座ってぼんやり眺める。行ったり来たりを繰り返す波を見ているとなんだか心が落ち着くような気がして毎度のことながらこんなことをしている自分に「ハァ」とため息が漏れた。


花道は口うるさい。一人娘の私を大切に思ってくれてるのはわかる。親として、父として、きっと私に教えたいことや伝えたいことがたくさんあるのだろう。けれども私には私の意思がある。自分を信じて前に進みたいし周りが言うこと全てを鵜呑みにしたくはない。だって生きるのは私だもん。私の人生だもん。花道がかわりに何かしてくれるわけじゃないでしょう?


『なんでダメなの.........』


この広い海に呟いてみたって返事が返ってくるわけでもない。波のしぶきに私の呟きはかき消され相変わらず波は高さを変えないまま行ったり来たりを繰り返している。







『.........帰りたくない、』


気が付けば辺りは日が暮れ始めていた。夕日が眩しくなる時間帯にここへ座って海を眺めているのは初めてだ。どうしよう。このままここにいたって何も解決しない上に夜の海は怖くもある。だからといって行くあてもないのだけれど。花道のいる家には帰りたくないし...水戸くんは今日夜までアルバイトだしなぁ...。あぁ、こういう時、頼れる歳が離れた兄弟でもいてくれたら.......


そんな時だった。私の耳に誰かの声が入ってきたのは。


「......こんなとこで何してんだ。」

『わっ......ビックリした.......!』


突然聞こえた男と思われる声に慌てて立ち上がり振り向く。男は随分と背が高く私をジッと見下ろしていた。


「......暗くなる、帰れ。」

『......る.......るかわ、かえで.........?』


もはや無意識のうちに出たその私の言葉に目の前の男は首を縦に振りもせず、かといって声に出して返事もせず、ただただ微動だにせず私を見下ろしている。


「....お前、どあほうんとこのムスメだろ。」


その台詞はもはや「流川楓」ということを認めているようなものであった。花道を「どあほう」と呼ぶのはこの世界にただ一人。流川楓だけなのだった。以前よりずっと会いたいと願い、バスケット選手を引退した途端複数の芸能事務所からスカウトを受けモデルとして活躍し始めた私の憧れの人物。そんな流川楓に会えたことに信じられない気持ちを抱きながら、私はそんな胸の高鳴りを押さえ込むのに必死であった。


「遅くなんねーうちに帰れ。」

『..........帰らない。』


ときめいている場合じゃない。この人は今私を家に帰そうと、大人として当然のことを言っている上、こんな私の我儘に「うるせー帰れチビどあほう」と突然乱暴に怒ってくる可能性だってある。ドキドキしてしまうのはこの人の40歳に見えない美貌のせいもあるのだけれど....あぁ、普通に会いたかった....こんな状況じゃなくて....普通に....


「....家出か?」

『....関係ないもん。放って置いて!』


いくら流川楓とはいえ、誰からの説教も聞きたくはない。お願いだから放って置いてほしい。私がそう言ってその場を離れようとすれば私の腕は突然ものすごい力で掴まれてしまった。


『痛っ.....何すんの.....!』

「いいから来い。」


そして突然私を掴んだまま歩き始めた流川楓に強引に引きずられるような形で海を後にしたのだった。














『凄い.......何この部屋.......、』

「座れ。どこでもいい。」


.....金持ちにも程があるだろうよ.....。何故だか私は近くに停められていた流川楓の高級車に無理矢理乗せられるとそのまままっすぐここへとやって来たのだった。流川楓の家。超高級マンション。広すぎる部屋。物は少なくてとっても綺麗。一体いくらするのかわからないけれどとにかく高いことだけは確かな家具家電が必要最低限並べてある。っていうか冷静に考えて流川楓の家に来てるって....


『待って、なんでこうなった.....?なんかすごくまずい気がしてきたんだけど.....?』

「お前が帰んねーとか言うからだろ。」

『そ、それにしても......芸能人じゃん......?』


芸能人の家に来てるだけでもまずいのにあの流川楓ってこともそうだし、これって未成年誘拐とかにならないよね...?ならないよね、知り合いだし...一応...。


「関係ねー。いいから座れ、どあほう....」


そんな声に遠慮気味にカーペットへと腰かけると流川楓は台所から歩いてきて無言でマグカップを差し出してくる。ありがたく受け取れば湯気が出たカフェオレがいい匂いを漂わせてくる。


流川楓の部屋を盗むようにして見渡して私は思う。とても綺麗で片付いているのに、どことなく違和感があるのだ。花道の部屋と比べてしまうこと自体おかしいのかもしれないけれど、共にバスケット選手を引退した者同士、決定的な違いは流川楓のこの部屋にバスケットに関連するものがひとつも置いてなかったことだ。


「なんだよ、ジロジロ見やがって。」

『.....ファッション雑誌ばっかり置いてある。』


それはモデルとして活躍する彼にとって当たり前のことなのだろうけれど、あんなにバスケが似合う男はいないってほど、流川楓=バスケットの印象が強いのに、この部屋にはそれを感じさせるものは一つもないかわりに、ローテーブルの上やソファの上にメンズもののファッション雑誌が転がっていた。


花道の部屋は引退したにも関わらずいつかの週刊バスケや高校時代の母も写った湘北バスケ部の写真が転がり落ちていていかにもバスケットマンって感じがするんだけれど....なんでこうも違うのか....


「仕事で使う。仕方ねー。」


流川楓はそう言ってソファの上に置いてあった雑誌を手に取り机の上へと片付けに行った。


『バスケットは.........』


この部屋を見渡す限りそれはもう完全に”未練がない”と言っているようなもので。聞かなくてもいいことを途中まで口にした私は慌てて口を閉じるけれど、片付けが終わるなり私の元へと戻ってきた流川楓は「燃え尽きた」とひとこと言い放った。


『燃え尽きた..........』

「あぁ。バスケはもういいんだ。」


聞くところによると流川楓は幼少期からスタープレイヤーだったとか、湘北でもエースだったとか、アメリカでもそこそこの成績だったとか、BリーグでMVPを何度も獲ったとか.....そんなバスケ馬鹿の彼が「もういいんだ」と言えるほど、ここまであっさりバスケから離れられるほど、今まできっと人生のすべてをバスケットにかけてきたんだろうなと思うと、なんだか勝手に胸が熱くなった。


『もうやらないの?バスケ.....』

「やらねー。」


流川楓の顔はやけにスッキリしていた。本当に燃え尽きたんだな...なんてこっちも清々しくなってしまうほどだ。


『あのさ、ひとつ聞いてもいい?』

「......なんだ。」


私にとって流川楓は憧れの人物であったのだけれど、その理由のひとつに、私の「なりたい職業」を仕事にしているという、わりと明確な理由があったのだ。


『モデルになったのは.....なんで?』

「....金になる。それだけだ。」


あまりにも簡潔で彼らしいといえば彼らしいようなその一言。それだけじゃないような気もしたけれど、バスケットに燃え尽きた彼がこの先生きていく上で何か仕事を探さなきゃいけない、そんな時スカウトを受けて、金にもなるしいいなと思ったのだろう。容易に想像がつく。


『楽しい?モデルの仕事....』

「.........お前、キョーミあんのか。」


ギクッと肩を揺らした私を見て流川楓はハァとため息をついた。何もかもお見通しといったそのため息を聞いて何故だか冷や汗が出る気分だった。


「お前が思うより華やかな世界じゃねーぞ....」

『でも....なりたいの。反対されても....やりたいことがそれしかないの。』


進路希望の紙に「モデル」と書いた上に勝手に履歴書を送ろうとしていたことがバレて花道と喧嘩になった。そんなことさせるかって、芸能界なんてダメだって、お前は勉強も出来るし大学へ行けって、花道はそんなことばっか言う。


「いいんじゃね、やりたいなら。」

『....花道はそう言ってくれない。』

「だったら、本気で家出でもすれば?」


流川楓はそう言ってマグカップに口をつけた。


『行くあてないし....親子の縁切るって、そこまでは....』

「じゃあやめれば?」


流川楓は続けて「それくらいの覚悟がねーなら諦めろ」と言い捨てた。


『......親不孝じゃない?そんなことして......』

「親孝行してーんなら、どあほうの言うことでも聞いとけばいーんじゃね.....」


確かにその通りだ...だなんてシュンとなる私に流川は「何かひとつにしろ」と言う。


『モデル....やりたい。』


私のその言葉に流川楓は「だったら...」と言う。


「.....俺ん家、来れば。」

『えっ....?!』

「行くあてねーって、お前が言ったろ。」


だ、だからと言ってそんなわけには....と私が呆然と固まれば「じゃあホームレスにでもなるんだな」とため息をつかれてしまう。いやいや、そんなの嫌だよ....でもだからって....


『なんで...?なんでそんなこと言ってくれるの...?』


私がそう言えば流川楓はジッと私を見つめてくる。


「..............」

『なんで.....花道の娘....だから....?』

「......それもある。」

『それもって....変なこと言わないで。いくら父親と同い年とは言え、流川楓は私の憧れでもあり....』


そう続けた私の頭の上にポンと優しい掌が置かれる。ゆっくりと何度か撫でられて、名残惜しいけれどそれは頭の上から離れていった。


「.....わかったから、今日は帰れ。」


そう言うとさっきみたいにまた腕を引っ張られ無理矢理車へと乗せられた。


「家まで送る。」

『でも....帰ったら....、』

「俺がなんとかしてやる。」


流川楓はそれ以上車内で口を開かなかった。車を運転する横顔が目に焼き付いて離れてくれなかった。









それは偶然ではないのかもしれない


(なまえ!!こんな時間まで....っ!?流川!?)
(....応援してやれよ、夢があるんだと)









Modoru Susumu
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