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楓がいるからって選んだわけじゃない。
ただ、家から近い公立高校が湘北しかなかったっていうだけだ。それほど家がお金を持っているわけでもないから私立を懇願することだってできなかったし、そもそも海南や翔陽に行く学力も私は持ち合わせていないのだ。もし好きな高校を選んでいいと言われたら、海の見える陵南を選んだのだけれど.....。
湘北に入るなり、楓は早々桜木くんと喧嘩したりなんなりでしばらく血の気が多かった。けれども彼の隣にはいつだってあの先輩がいるわけで。
二人は、私が楓に告白して速攻で撃沈したあの後すぐ付き合い始めた。なんやかんやで別れたりせずに、また同じ学校に通えることとなった二人は、どこからどう見たってお似合いでとっても仲が良く、見たくもない場面を見てしまうことも多かった。あぁもう、公共の場でナチュラルにイチャつくなってんだ。
「なまえ、こんなとこで何してんだ。」
驚いて後ろを振り向けばそこにはジッと私を見下ろす楓がいて。
『あ、いや、別に.....今日天気いいなぁ、なんて。』
昼休み、廊下の隅の方でぼうっと窓から空を眺めている理由なんて、楓に言えるわけがない。極力誰の視界にも入らないようにひっそり息を潜めているだなんて楓にだけは絶対言えない。
「ふぅん。」
今日も朝からマネージャーの先輩と二人で並んで廊下を歩いている姿を見たし、親衛隊の子達が「お似合いすぎて言葉にならないね...」と呟いてたのも知ってる。
二人の仲は変わらないし、そんな二人を見ていつものことだってわかっていたって心が痛む私もちっとも変わってない。しかしひとつだけ変わったとするなら。
「今日練習見てけば。」
『えっ......あ、そう.......?』
「....バスケ好きだろ、元気出るかもよ。」
私に対する楓の態度だけは、変わったかもしれない。マネージャーの先輩と付き合う前、きっと楓なりに振り向かせようと必死だった頃、私は楓にほとんど無視されていた。そんなタイミングで告白したからあんな振られ方もしたし.....。けれども付き合い始めた途端、楓は再び私に対して「幼馴染」として接してくるようになったのだ。心に余裕でも出来たのだろうか、久しぶりに朝会うなり「おはよ」と言われた時は心底驚いた。振られた身だったから私の告白はなかったことにされたんだな...なんて悲しさもあったけれど。
一生無視されて過ごすよりかは、告白したことさえなかったことにしてもらって、元の「幼馴染」に戻れたことはよかった。
『まぁ...そうかもね...。』
「....なんかあったのか。」
楓は不思議そうに私の顔をのぞいてくる。あぁもう、そんなのやめてほしい。最大級に心臓に悪い。
『別に...何かあったわけじゃないよ。』
「.....そうか。」
楓はそう言うと「なんかあったら言えよ」だなんて呟いては去っていく。再びひとりになりハァ、とため息が漏れた。恋をして結ばれて幸せになって心に余裕が出ると、他人にも優しくできるのだろうか。あぁもうなんて残酷なんだ。
『でも.....、楓には絶対頼らない......。』
ぼそっと呟いたそれは誰にも聞かれることなく空気となって消えていく。楓になんか頼るものか。同じ高校に入って幸せの絶頂にいる楓になんか.....。
「うわ、出たよ幼馴染!」
「こんなとこで何してるんだろうね〜?」
「ひとりぼっちで寂しいね〜?」
....聞こえないフリ。聞こえない、聞こえない。私には何にも聞こえない。そう決め込んで絶対に後ろは振り返らない。
「流川楓の幼馴染」として私の名前が知れ渡るようになったのは、何を隠そう楓が私を「幼馴染」として扱うようになったからだ。それを見た「親衛隊」なるものが「あの子が幼馴染〜?」「全然可愛くないね〜」なんて好き放題言い始めて、そのうち私は親衛隊の標的となったのだった。
普通に考えて「幼馴染」よりも「恋人」の方が叩かれそうなんだけど...距離も近いわけだし...。楓とあの先輩のあまりの仲に入る余地もないと悟ったのか、はたまた手を出したら楓に何されるかわからないとでも思ったのか、親衛隊は先輩よりも私を標的にしては悪口を言ったりしてくるのだった。だんだんとそれも慣れてきたけれど。たとえ友達ができなくても周りから白い目で見られても、私は絶対楓になんて頼らない。それは私の一種のプライドのようなものでもあるし、先輩と結ばれまた同じ学校に通えるようになって幸せ絶頂の楓に面倒をかけたくなかった。
「えっ、アイツどこにいたの?」
「オーラなさすぎて。ウケる。」
教室に戻るなりそんな声が耳に入る。私のことじゃない、私のことではない......。聞こえないフリだ。そう決め込む以外今から逃れられる手段を知らない。
楓なんて大嫌い(.....大嫌い、大嫌い......)
(.....好きじゃない......)