国体に選ばれました
『うわぁ、すごいなぁやっぱり...』
「人が多いからな、はぐれるなよ。」
『はい!でもみんな大きいからすぐ見つかります。』
「いーや、大きいのなんてゴロゴロいるからな。」
同じ翔陽の先輩、花形にそう言われなまえは辺りを見回した。たっ、確かに…そう思わずにいられない。”神奈川”の男たちも大男が揃っているが、”愛知"と書かれた服を着た男も、”秋田"と書かれた服を着た男も、気が付けばみんな大きい、大きい、大きい…!
『でっかいなぁ…2メートル級…?』
ゾロゾロ集まる大男に囲まれて、何故だか胸が窮屈になる感覚に襲われる。息苦しいよこんなの。170センチと女子の中では背が高いなまえだがすっぽり埋もれてしまった。
『あれ?花形さん…?!』
移動途中についついはぐれてしまい、キョロキョロ見回すも花形の姿はない。まずい、どうしよう…言われたばっかりなのに…
「あ?翔陽んとこのマネやんな?」
『ふぇ?……んぁっ、カリメロ…!』
「カッ…?!カリメロやて南!マジおもろいなぁ!」
岸本に話しかけられたなまえは、隣にいた南に思わずそう呟いてしまい、南は顔を赤くしてプルプル震えた。桜木くんに教わったんだよ、と心の中で呟くなまえをよそに岸本は爆笑している。知った顔に少しだけ安堵を覚えた。
『あの、はぐれちゃって…見ませんでしたか?神奈川の人たち…』
「見てへんけど?つうか下手に動くより、ここにおったらええよ。」
岸本の声になまえは頷いた。大阪と書かれた男たちの中に紛れるとなぜだかひどく安心した。大男にまみれることに安心感を覚える体になってしまった。しかしカリメロこと南はそわそわ落ち着かない。以前なまえに会った際しっかり謝れていなかったことが気になっていたのだ。
なまえが1年の夏、エースであった藤真に肘打ちを喰らわせた過去がある。そのことについて試合後に彼女から言われた言葉を思い出していた。
『勝てて、嬉しいですか…?』
「…こら、やめろ。」
まだ1年だった彼女。しかし自分の元へやってくると臆することなくそう言い放った。いつでも冷静な眼鏡をかけたチームメイトに制されて、言い足りないような表情のまま連れて行かれた彼女の顔が脳裏に焼き付いて離れない。
悪かった、そう思ってる。
今年はついに流川にもやってしまい、それで自分のこともやってしまった。わかってる、自分は大馬鹿者だ。だけどしっかり謝りたかった。1年のくせに、怖かったろうに、それでも仲間の為にたった1人で自分のところに来てはあんな怒った顔でそう言い捨てた。
度胸があって勇敢で、並々ならぬ覚悟でマネージャーやってんだって、お前なんか絶対許さないって、そう言われたも同然だった。しっかり謝りたい。
『岸本さんは、なんで髪長いんですか?』
「髪?なんでやろな、なんかこう、オシャレやんな?」
『短くても似合うと思いますけどね。』
そうかぁ?と照れ臭そうに笑う岸本を見て南は寒気がした。なんやこいつ気持ち悪。デレデレしよってほんまに。
『あっ、土屋さんですね?』
「そうやで。翔陽のマネさんやろ?」
『なんで知ってるんですか?!戦ったことないのに。』
「そりゃもう、美人で可愛いからなぁ?有名人やで。」
その言葉に南はカチンときた。
なんや土屋の奴マジで気に喰わんわ。ほんま黙っとけ、目ぇ細くて大した見た目ちゃうくせに。なぜこんなにも苛立っているのか自分でもわからず、とにかく目の前の土屋にひどく腹が立った。
「それに南が惚れた女の子やもん、覚えとるよ。」
『惚れた…?なんですか?それ。』
「おまっ、はぁ?!なに言うとんの?」
南は顔を真っ赤にして土屋の胸ぐらを掴んだ。バカやろこいつ、何抜かしてんねん?!
「落ち着けや南、それじゃまるで図星や言うてるようなもんや。」
「はっ、はぁ?岸本まで変なこと言うなや…」
「おまっ、自分の顔見て来て?真っ赤っかやで。」
土屋が言ったことは当たっていた。
南はあんなことを言われたのになまえに好意を持っていたのだった。毎晩頭に浮かぶあの怒った顔。
また会いたい…いつからかそんなことを考えるようになっていた。謝りたいから?もうしないと誓いたいから?会いたいの理由は自分でもよくわからない。
『…私、そろそろ行ってきます。」
「どこ行くん?また迷うで?」
突然いなくなろうとするなまえの手をしっかり握ったのは紛れもなく南であった。もうここまでくると本能だ。咄嗟に手が出て掴んだその様子を見ながら、岸本と土屋はニヤニヤしながら笑った。
「なぁ、あん時は悪かったわ。」
『もう…終わったことですから。』
「いや、でも…」
『それに、謝るならぜひ藤真さんに直接!』
その時なまえを探しにバタバタと走ってきた人物がいた。噂をすれば何とやら、藤真である。
「何してるんだバカ野郎」
『あっ、藤真さん!すみませんっ…』
「心配させるな、うちのマネージャーがすまなかった」
なまえの手を取りそそくさとその場を去ろうとする藤真に南は声をかけた。
「なぁ、藤真…あん時は……申し訳なかった。」
「…過ぎたことだ、気にするな。次は負けない。」
サラッとそう返してきた藤真は男の南から見てもかっこよかった。それはもうビリビリ電流が流れるくらい。こんな男前の隣で毎日部活に参加してるなんて。南はゾッとした。でもこちらも負けてはいられない。もし仮に2人ができていたとしても、それはそれで南には関係なかった。
「なぁ、マネージャー。」
『…はい。」
「頑張るから、見とってくれ。」
今度は正々堂々戦う。だから、だから…
「大阪の南を見ていて欲しいんやわ」
妙に静まり返ったその場に南の声が響いた。
それは一歩踏み出したスタートラインに過ぎない
(何言うてるん自分)
(うるさいわほっとけや岸本)
(ありゃどう見ても藤真の彼女やんけ)
(ちゃう可能性もあるやろが!)