Fly High2 | ナノ
 


「フラン」

昼休み。廊下から聞き慣れた声と共に上がった女子のあからさまな黄色い声が、耳を擘いた。
振り返ると教室の扉付近で女子生徒の注目を一斉に集めたラジエルがいて、目が合った瞬間にっこりと笑って軽く片手を上げてきたので、遠慮がちに会釈する。
明らかに注目されているのが居心地悪く、弁当箱を手に取り足早にラジエルの元へ行けば、彼を引っ張り出すようにして教室を後にした。
自分が其方の教室まで行くから迎えに来なくていいと言うと、其の人は然も不思議そうにきょとんとした表情を浮かべ、何で?と問いてくるものだから思わず口籠る。
其れでも勘の良い人だから直ぐに此方の真意を読み取り、見せつけたかったんだけど、と恥ずかしげもなくそんな事を言われて。
どう反応して良いか分からず、思わず俯いた侭ラジエルの背を押して進むよう促した。


**


屋上に吹き抜ける風が心地良く、弁当箱の下に敷いた布がぱたぱたと音を立ててはためいた。
昼飯を食べ終えて弁当箱を片付けた際、何となしに隣を見やれば此方を見つめていたのかラジエルと目が合い、慌てて視線を逸らす。途端にクスクスと隣から笑い声が聞こえてきたので、思わず肩をすくめてちらりと視線を寄越した。

「オレらさ、よく目合うよな」

そう言われてみればそうかもしれないが、決まってラジエルと目が合うときは彼が此方を見つめていたからであって。

コンクリートに体育座りをする自身の上履きの先を、何となしにぼんやりと眺めていると、不意に視界が暗くなったような気がした。不思議に思い爪先から視線を外せば、太陽を遮るようにして視界いっぱいに飛び込んできた、制服。
驚いて咄嗟に後退れば、がしゃん、と背中にフェンスがぶつかった。其れ以上後退する事は出来ない。
顔を上げた先で水のように真っ直ぐ落ちる金色の髪が頬を掠めたものだから、どくりと心臓が跳ねた。

何故、自分は今ラジエルとフェンスに挟まれているのか。状況がまるで把握出来ず、太陽を背に表情の窺えない其の人に対して妙な危機感を覚えて。

「フラン」

落とされた自分の名に反応を示すが、何故だか今は真っ直ぐにラジエルと顔を合わせる事が出来なくて、戸惑うように小さく返事をした。

「オレ達付き合ってるよな?」

「…えっ…、あ……は、い…」

何故今更、そんな事を確認する必要があるのだろうかと歯切れ悪く返事をすれば、ラジエルがフェンスに手を掛けた所為か、かしゃん、と金網の音がはっきりと耳に落ちた。
逆光で陰を落とした毛先が揺らめけば、形の良い唇が続いて言葉を紡ぐ。

「じゃあさ、キスしよっか」

「っ、」

落とされた言葉に驚き瞳を見開くと、目の前には其の口端に笑みを携えたラジエルがいて。何時もの柔らかな笑顔なのに、何故か纏う空気が其れとは別のものだったから、ばくばくと心臓がときめきよりも焦りに似た鼓動を立てた。
付き合い出してからというものの確かに一緒に行動する時間は増えたが、過度なスキンシップや其れこそキスの催促なんて、ラジエルから受けたことは一切ない。投げ掛けられた言葉に対する返答よりも、ラジエルがそのような事を考えていた事自体に動揺した。事実、同性とはいえ自分等は付き合っているのだから、恋人とのそういう事を考えるのは当たり前で。其れでも急な申し出に頷けない自分がいて、何とか逃れる言い訳を頭の中で必死に構築していた刹那。頬を撫でるようにして触れられた指先に、身を固めた。
其の侭そっと弾力を確かめるように添えられた指先から、流れるような動作で唇が降りて来れば次に訪れる展開を理解した瞬間、自分は無意識の内に相手の肩を、強く突き飛ばしていた。

「……っあ…」

はっと弾かれるように顔を上げた時には、既に遅く。
目の前には、口端に其れまでの笑みをなくして押し黙るラジエルがいた。

何を、しているんだろう、自分は。

何か言葉を発しなければいけないのは頭では分かっているのに、上手く思考が纏まらない。硬直とする自分に対して何も言葉を口にしてくれないラジエルが何を考えているのか、想像しただけで嫌な焦りが込み上げた。必死に紡ぐ為の言葉を探しても、何かが喉につっかえたように声が出なくて。

屋上を吹き抜けた風が、フェンスをかたかたと揺らして二人の間を通り過ぎた。

しんと静まり返って暫時、沈黙の後。
其れまでずっと黙っていたラジエルが突然溜め息を吐いたので、思わずびくりと肩を揺らす。拒否をされた為に居所を無くした片手で頭を掻いたラジエルは、何処か寂しげに作ったような笑みを浮かべて。

「彼奴には、触られんの拒まねぇくせにな」

「……っ…!」

何処か、憎しみを含んだような声色で紡がれた言葉に、息が詰まりそうになる。
ラジエルの言う彼奴、に適する人物が瞬時に頭の中に思い浮かんでしまう自分自身に対し、心臓が嫌な音を立てた。

気づかないとでも思ったのか、何時もみたいに柔らかな笑みを湛えたラジエルにそんな事を言われれば、何も言葉が出てこなくて。否定したとしても、結局其れは嘘を嘘で塗り重ねた其の場凌ぎでしかない。頭の良い此の人に、そんな見え透いた嘘が通用する筈もなかった。

じっと押し黙っていると、其の反応が肯定であると受け取ったのか、不意に背を向けて去ろうとするラジエルに慌てて手を伸ばした瞬間、払いのけられた其れに全身が凍りつく。

「引き止めるくらいだったら、最初から期待なんかさせんじゃねぇよ」

聞いた事もない、射抜くような冷たい声。

まるで金縛りにでもあったかのように指先一本動かす事も出来ず、屋上から去って行くラジエルの後ろ姿を只見つめる事しか出来なくて。

カラン、カラン、と中身の無いへこんだ空き缶が風に煽られて、コンクリートの上を転がった。



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