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校内に響き渡る鐘の音が其の終わりを告げ、沈み往く暁紅が渡り廊下を淡く照らす時刻。

友達とはしゃぐように廊下を駆ける女子生徒とすれ違い、其の所為で持っていた大量のプリントが風に舞い廊下に散った。拾い集める際に後方からごめんなさーい、とはしゃいだ侭の軽い謝罪が聞こえて来たが、本当にそう思っているのなら手伝って欲しい。
開け放しにされた窓から吹き込む風が悪戯にばら撒かれたプリントを巻き込んで、遠くに追いやっては嗤う。
下校時刻ともあり、すれ違う人の数は少ないけれど、誰もが横目に此方を一瞥するだけで手を貸してくれる人は一人もいない。

静かに風が吹き抜けるような冷たい感覚に俯いた瞬間、不意に目の前のプリントに影が落ちた。自分が手を伸ばすより早く、拾い上げられた其れにはっとして顔を上げる。
夕焼けに淡く照らされた金は、いっそ美しいまでに溶け込んで見る者の目を惹きつける。今し方一緒に下校する約束をして待たせていた本人であり、人付き合いが苦手な自分と分け隔てなく接してくれる人。

此方の高さに合わせてしゃがみ込み、散らばったプリントを拾い集めるラジエルに慌てて制止を掛けた。

「い、いいですってー…ミーがばらまいたんですから、自分で…」

「見過ごす奴が馬鹿なんだよ、だろ?」

そう言いながら、にっと歯を見せて笑うラジエルの笑顔に何処か蹴落とされた気がして、意識なく眉を下げすみませんと軽く頭を下げた。


プリントを職員室に届けたのち、振り返った廊下の先に待っていたラジエルと校舎を出た頃には、西の空は紅く染まっていて。綺麗だな、と其の夕焼けをぼんやりと眺めていればふと真横から感じる視線に気が付いて振り向くと、じっと此方を見つめるラジエルがいて思わず困惑した。惑うような此方の空気を察したのか、途端に彼は少し含羞むように笑って。

「ごめん、見とれてた」

「…っ、冗談、止めて下さいー…」

「冗談じゃねぇって」

口が巧い人だという事は分かっているのに、其れとは関係なく赤くなってしまう自分が憎い。
夕焼けで誤魔化すように俯けば、不意にこつりとぶつかった手の甲から滑るように片手を握り込まれた。慌てて名を呼べば、嫌なのかと問われ、其れを言われてしまえば自分は口を噤むしか出来ないという事を此の人はちゃんと分かっているから、狡い。
身を固める此方の様子を汲み取ってくれたのか、ラジエルの制服のポケットに繋いだ手を其の侭に導かれた。

心地よく鼓動を刻む心臓も、きっと此の人が好きなのだと言っている。そう思い込む事で、幾分か胸の奥底にある蟠りが和らぐような気がした。


**


数週間前から着々と進められていた文化祭の準備が、いよいよ明日で終わりを迎えようとしていた。

出し物の準備やらで賑わっているクラスの片隅で、毎年逃れられない此の学校行事が面倒な上に今日は異様な気だるさを感じ、怠け病かな、等と最初は自嘲気味に考えていたが次第に頭の端がぼんやりと霞んでくるような気がして。此の所季節の変わり目等で風邪でも引いたのかもしれないと思い立ち、文化祭のお陰で長引くホームルーム中に保健室に行く為賑わう教室を後にした。

流石に各教室もホームルーム中の為か廊下で生徒とすれ違う事は無かったが、儀礼的なノックをして保健室の扉を開けた刹那、どくん、と鼓動が強く波打った。


明後日の方を向くソファーから伸び出た脚と、窓から降り注ぐ午後の太陽の光に馴染んで煌めく金色。
其の姿を認識するや否や、まるで金縛りにあったように硬直として立ち尽くす此方の気配に気が付いたのか、ゆっくりとした動作で起き上がり気だるそうに伸びをする、其の人。

「……ベル、センパイ」

蚊の鳴くような声で其の名を呟けば、振り返ったベルフェゴールが自身の眠りを妨げた人物を認識して、ぴたりと全身の動きを止めた。
僅かな沈黙の後、先に動きを見せたのはベルフェゴールで。

「お前もサボりかよ、優等生」

「……ミーは優等生じゃないですー」

「まぁ、真面目そうで結構さぼり魔だもんな、お前」

他人事のようにくぁ、と欠伸をしてくしゃくしゃと其の柔らかな髪を掻くベルフェゴールの一つ一つの動作を、何処か不安定な気持ちで見守った。
そんな時、じくじくと頭の端が痛み始めるような感覚。本格的に風邪を引いてしまったのかな、等とぼんやり考えていた最中。
不意に目の前に落とされた影に、はっと意識を引き戻された。見上げた先、予想以上に近く位置づいたベルフェゴールに心臓が大きく脈を打ち、思わず後退れば此方の顔を覗き込むようにして顔を近付けて来る其の人。

「なんか、お前顔赤くねぇ?熱あんじゃねーの」

そう言って手を伸ばして来るものだから、其の指先から逃れるように後退れば結局は壁に突き当たってしまう訳で。壁とベルフェゴールに挟まれ逃げ場を無くすと、遠慮なく伸ばされた指先で頬を撫でられじわじわと触れられた箇所が熱を持つ。密着してしまいそうな身体の距離に、心臓が破裂するんじゃないかと思うくらいに暴れた。
前髪越しに注がれる真っ直ぐな視線に耐えられず頭の芯がくらくらと眩み、熱を確かめるように触れた掌が離れていく瞬間、其の指先が唇を掠めたような気がして。

気が付いた時、フランはベルフェゴールの肩を思い切り押し退け、慌ただしく保健室を飛び出していた。


ばたばたと廊下を駆け抜け、途中すれ違った教師に走るなと注意を受けたがそんな言葉も耳には入らず。

顔が、熱い。

じくじくと甘く脳を支配する蜂蜜色を振り払いたくても、僅かに与えられた熱は火種となり加速するばかりで。

「…っなん、で…」

塞き止める事も出来ずに、一人廊下にしゃがみ込んだ。



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