■ 白のゼラニウム、赤のバラ

   花なんか別に好きじゃなかった。
   毎度毎度顔を合わせる度になんの冗談か、小さな赤いバラの花束を渡してくるバーボンには呆れて何かを言い返すことも無くなった。なぜバラばかり?これでいくつ目?いつになったらこの茶番をやめるの?言いたいことは山ほどあるというのに、いつも彼はわたしの開きかけた唇に指をあてがって制すのだから。
   前に一度だけ、バラの花束に白のゼラニウムを送り返したことがある。赤いバラの花言葉が“愛”や“情熱”なら、白のゼラニウムは“あなたの愛を信じない”。受け取った彼は花言葉を知ってか困り顔でなんとも傷ついたような顔をするのだから、本当に計算高い男だと思った。そう自分に言い聞かせないと、彼が簡単に口にする甘い言葉に飲み込まれてしまうと分かっていたから。
   今日も彼はわたしに赤い花束を差し出し、「受け取ってくれますか?」なんて囁く。

「さて、これで99本目......ナマエ、あなたならこの意味が分かりますよね」
「花言葉の話なら、“永遠の愛”でしょ。いつまで冗談を言い続けるかと思ったら......そろそろネタばらししたら?」
「お見事。ただ僕は“ずっと好きだった”......こちらの方が相応しいと思っていたのですが」
「人の朝食を邪魔してまで伝えたかったのはそれだけ? お陰でトーストが焦げたみたい」

   チン、と軽い音を鳴らして随分前に静まり返ったトースターからは焦げた香りが鼻先に届き、朝からため息が出る。

「ふふ、照れ隠しをするあなたも可愛らしいですが、そろそろ僕の気持ちに答えてくれてもいいんじゃないですか?」

   不意に彼の細長い指が伸ばされて、わたしの顎をあっさり捕らえる。

「なに」
「永遠の愛を」

   ちゅ、と全くこの場に相応しくない音がして、唇の端に温もりが当てられる。

「バーボン!」
「......今さらですが僕は本気ですよ」

   その言葉を裏付けるようにいつになく真剣な青い瞳が真っ直ぐに見つめてくる。どういうこと?頭の整理が追いつかない。

「ああ、僕は気が長いので返事を待つのは造作もありませんよ。快い返事があなたの口から聞けるまで......では」

   そう言い残しどこかへ消えていく彼に取り残され、呆然としたままトースターからパンを引き上げる。
   今までのバーボンの甘い言葉は嘘じゃなかったの?気づけば甘言に惑わされて心を惹かれていたわたしが、その言葉を信じて嬉しさが込み上げるのは容易なこと。
   焦げたトーストは苦いのにやたら美味しかった。

*
診断メーカーさまより
お題 「花なんか別に好きじゃなかった」ではじまり「焦げたトーストは、苦いのにやたら美味しかった」で終わる

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