■ 願い奪わずともきみは
「はぁ。七夕っていつも雨」
重たいねずみ色の空から細かく降り続ける冷たい雨に思わずため息。
「時期が悪ィからな」
「やっぱり雨だと織姫と彦星は逢えないのかなあ」
頬杖をついたローの部屋、分厚い医学書から顔を上げた部屋の主の視線がちくちく痛い。ロマンティックに憧れたっていいじゃないか。
「ねぇ、もしわたしたちが年に1度しか逢えないとしたらどうする?」
わたしが勝手に座らせてもらっている正面、机の上にはベポがうきうきとクルーに配っていたお手製の短冊が2つ――わたしとローの分だ――七夕当日だというのにまだ白紙のまま放られている。一緒に書こうって言ってるのにローが最近忙しそうにしていたから短冊のことを言い出せなかったんだ。
「知るか。おれは星じゃねェ。海賊だ」
「けち。ちょっとは考えてくれたっていいのに」
彼は相変わらず無関心そうに刺青だらけのわたしが好きな指で医学書を捲り続ける。
「ならわたしのこと、奪ってくれるんじゃないの?」
挑発するように続けると、ぴたり長い指が静止しページを捲る音が途切れた。
遠くに船へ波が打ち付けられる音が聞こえる、暫しの静寂。
「おれが奪わずともお前はおれのもとに来る......違うか?」
「なっ、」
......にやりとこちらの反応を楽しむように上がった口角に、ひとり赤くなっているのが恥ずかしい。
「......ローってほんとずるいよね。そうやって内容をずらすの、よくない」
「おれの織姫は相当初心らしいな」
......そう言っておかしそうに笑う彼が短冊を2枚使ってまで書いた願いの片方を頑なに教えてくれないのは、また別の話。
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