■ 蜜語とろける宵闇に
三角帽子の下、普段より幾分か柔らかい眼差しは窓の外に海原が如く広がる星空を捉える。その手にはさざ波を立てる茶褐色のウイスキー。星空を肴に酒を飲むのはいつものことで、よくまあ飽きないなと思う気持ちはどこへやら、そんなわたしもこうして彼の整った横顔を眺めるのに飽きを感じたことなんて一度もないわけで。
ただ、さすがに今日はぼんやりと眺めすぎて視線がうるさかったのか早々に彼が声を上げる。
「なんだ」
「あ......ごめん」
「謝る必要はない。やけに視線を感じるから用があるのか聞いただけだ」
「なんでもないの、邪魔してごめんね」
付き合い始めた頃は近くに座るだけでお互いドキドキしてたのに、なんてどうでもいいことまで思い返してしまってしゅんとして彼から目線をそらす。
「......好いている相手のことはつい追ってしまうんだろう」
「え」
ありきたりではあるけれど彼らしからぬ台詞は確か、いつだったか2人で見ていたテレビ番組の受け売り。
「分からなくはない」
それは不器用で多くを語らない彼にしては最大限の、ウイスキーのようにまろやかで、蜂蜜のように甘い言葉。要はおれもお前のことをつい見てしまう、それは好きだからだろう、それなら構わない......それは言い過ぎだろうか。だけど照れ隠しのようにそっぽを向いてグラスを大きく傾け空にする彼を見れば、あながち間違いではないのかもしれない。
わたしは驚きと共に嬉しさと幸せとが心の底から湧き上がって、満杯の瓶のように満たされるのを感じる。
たまらず抱きついた彼のぬくもりととくとくという心音はいつもと変わらず、部屋に流れる緩やかな空気は永遠に続くような、そんな気がした。
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