コンコン

「はい」

ノックが聞こえ、凛は先生かなと思い、何も気にせず返事をした。
しかし、ガラッと扉をあけて入ってきたのは、先生でもましてオールマイトでもなかった。

「焦凍!?え…面会謝絶のはずなんだが…」

「相澤先生に教えてもらった。ちゃんと許可は得てる」

轟は凛のベッドの横にある椅子に座ると、ゆっくりと彼女の手を握った。

「無事で良かった…」

彼の声は絞り出すように出された声色で、手は震えていた。
本当に心配をかけた事がわかり、凛は安心させるようにぎゅっとその手を握り返した。
顔を上げた轟はそんな凛の浮かべる微笑みにようやく安心し、代わりに熱い気持ちが体の奥底から込み上げてきた。
熱のこもった目にみつめられ、鈍い凛でもこれからからが何を言おうとするのか、何となく察してしまい、顔を赤らめた。

「凛…俺は…!」

しかし、轟の言葉が続くことはなかった。
熱い彼女の手に唇が覆われてしまったからだ。

「待ってくれ…その前に聞いてほしい話があるんだ」

赤つつも、真剣な彼女の顔に轟はコクッと頷いて了承した。
彼の意図がわかると、凛はゆっくりと手を離した。

「私の過去の話だ。轟には聞いて欲しいと思った。ただ、全てを話すと他の人に迷惑をかけることになってしまうんだ。だから話せる範囲でしか話せない。こんな自分勝手な話で申し訳ないのだが…」

「いい。聞かせてくれ」

凛のことを何でも知りたい、彼女が伝えたいことは何でも聞きたい。
轟は真剣な眼差しで彼女を見つめた。

「私は、今回オールマイトが戦ってたあの敵に育てられてたんだ」

彼女の衝撃的な告白に轟は目を見開いた。

「誰の子なのかはわからない。ただ、物心つく頃にはもうあいつがいた。あいつに全て教わった私は分別というものがわからず育った。あいつに逆らう者は悪、それしかわからなかった。あとは、あいつのことを第一優先にその場にいる者の命令に従う、それ以外は本当に意思も感情も持たないただの人形だった。幸いなのは、戦い方を教えられても殺しをまだ実際にやらされてなかった事だな」

自嘲気味に笑った凛は、間を置き再び口を開いた。

「そんな中、あいつの部下が私を利用しようと考えたんだ。あいつの役に立つために私を使って、オールマイトを倒そうと。あいつに内緒で遠くに連れてかれた私は、思わぬ拍子に1人迷子になってしまったんだ。私は、1人ではどう行動するとも自分では考える意思もなかったため、そこにただずっと座っていた。だが、そんな時…」

『そんなところでどうしたんだい?少女よ。迷子かい?』

「オールマイトが声をかけてくれたんだ。もちろんオールマイトが悪だとその時の私は習ってた。だが、命令がないと動かなかった当時の私はただぼーっと彼を見つめるだけだった」


―――


あまりに何も言わない少女にオールマイトは不審者だと思われてるんじゃないかと慌てて、手足を広げて何も持っていないアピールをした。

『ん…あれ…どうしたんだい?おじさん怪しい者ではないからね!?大丈夫だよ!?』

『……』

少女の無反応に困ったオールマイトは辺りを見渡すとある物が目に入った。

『あっ!お腹空いてないかい?』

しばらくするとオールマイトは、クレープを買ってベンチのところで待たせていた少女のところに戻って来た。

『……』

『食べたことないかい?こうやって食べるんだよ。食べてみて』

オールマイトが横で食べる様子を見た凛は、これを食べ物だと認識した。
奇跡的にオールマイトの『食べてみて』を命令のように認識した彼女はクレープに口をつけた。
人間の三大欲求とはよくいうもので、人形のような彼女でも食欲には逆らえなかった。
初めて食べた無機的な食事ではない温かく美味しい食べ物に凛は、夢中に食べ始めた。
そんな初めて反応を見せた彼女の様子に、オールマイトは満足げに笑った。

『やっぱり女の子には甘いものが1番だね!』


―――


「その時見せたオールマイトの笑顔に、闇しか知らなかった私は温かな光を感じたんだ。この光は本当に悪なのかと。だが…」


―――


高級車が2人の近くに止まり、黒服の男たちが降りてきた。
そのうちの1人が少女の名前らしきものを呼び、彼女の腕を引っ張った。

『骸!!…っ!骸がお世話になりました。ほら、行くぞ』

少女が連れてかれる背中をオールマイトは見つめていた。
しかし、彼の中で違和感が湧くばかりであった。
少女が普通に生きていればそうなることがないくらい無感情なこと。
手足にあったまるで戦闘訓練をしているような真新しい傷。
そして黒服たちが自分を見た時にみせた、まるでまずいと言うような反応。

彼の頭の中から、少女の姿が離れなかった。


―――


「こうして、黒服たちに連れ帰られると、早速あいつの部下が私にオールマイトを殺すように命令した。初の殺しがオールマイトだなんて、バカなのにもほどがあるよな。しかし、なぜそんなバカなことをしているのかも理由があったんだ。あいつの部下は薬の開発が得意でな。私にあるウイルスを投入したんだ。いわゆるドーピングみたいなものを。身体能力が急激に上がり、パワーもスピードもオールマイト並みになる。たかが、少女がだ」

凛は、ぐっと自分の手を強く握って、その手を睨みつけた。

「もちろん。リスクはあった。そこからは痛みで苦しくて、意識が朦朧とした。ただ、暴れるだけの化け物になったんだ。自分がどうなってしまうかわからないその状況に、初めて、自分の意思がそこで生まれた」


『救けて…!!』


「その瞬間、私たちのいた部屋の壁が壊されたんだ」


『もう大丈夫だ!私が来た!!』

壊された壁からは光が射し込み、まるで暗い闇を照らす光だった。

「実はオールマイトたちヒーローと警察たちが、独自にあいつの部下について調査をしていたんだ。前から怪しい動きがあったらしくてな。その過程で私と知り合い、たどり着いたんだ。だが、私も暴走状態で彼らに襲いかかるしかできなかった。だが、彼らは私の救出を諦めなかったんだ。ウイルスがあれば当然ワクチンが存在する。それを見つけ出し、私に投薬してくれた。その時見たオールマイトは、まさに私を闇の中から救い上げてくれた光だったんだ」

凛は、その時のことが本当に大切な思い出のようで、とても柔らかい表情を浮かべていた。

「それから、私をオールマイトは引き取ってくれて。もちろん最初は何も命令されない状況に、私は無感情にいることしかできなかった。話すことはできなかったし、最初は言われないとご飯さえも食べずにただお腹を鳴らしてるだけだったんだ」

『凛ちゃん!今日の夕飯は父さん特製オムライスだよ!』
『凛ちゃん!一緒にシンデレラを見よう!可愛いお姫様が出て来て凛ちゃんにそっくりなんだよ!』
『凛ちゃんの個性的にはこんなのもどうかな?時代劇なんだけど』
『凛ちゃん、次はあっちにいこう!』
『凛ちゃん!』

「でも、根気よくオールマイトが私に接してくれて、徐々に喜び、怒り、悲しみ、楽しさ、いろいろな感情を知っていったんだ。世界が変わって見えたよ。感情が増えるごとに、自分の意思も芽生えて、いつしか自分を救ってくれたヒーローになりたいという夢までできた」

凛は嬉しそうな顔から一変、悲しそうな少し寂しげな表情を浮かべた。

「でも、私はこういう経歴を持つ女だ。父さんは私を被害者だと言ってくれたが、気にする人は気にするかもしれない。勝手かもしれないが、A組の皆はそれを受け入れてくれると信じてるんだ。でも友と…恋人は違う。私の過去を秘密にしたまま、そういう関係になるのはずるいと思ったんだ。今回、攫われる時に意識を失う寸前、焦凍の顔が思い浮かんだ。その時に気づいたんだ。それに、正直、焦凍の私への態度は…期待してしまうんだ。もしかしたら、同じ気持ちかもしれないと。今の話を聞いて、友としてならいいが…そのそういう関係になるのは嫌だと思うなら言わないでくれ。いや、そもそも私の盛大な勘違いなら…」

「勘違いじゃねえ!」

まくしたてようとした凛を遮るように、轟は彼女の手を握った。
凛は轟の言葉に驚き、ぱっと轟の方を目を丸くさせて見た。

「凛は、初めて会った時から俺のことを救おうと優しく温かく俺を照らしてくれた。その光が俺の狭く暗かった世界を変えてくれたんだ。でも今回、いなくなって初めて気がついた。凛は、俺の世界になくてはならない大切な存在になってたことに。俺のこの気持ちはお前の過去を聞いたって変わらねえ」

轟はすっと息を吸うと覚悟を決めた目で彼女をまっすぐ見た。
その目には、温かであるが情熱的な熱が篭っており凛はその熱に包み込まれている気分になった。

「好きだ」

轟のそのたった3文字の言葉に凛は、夢でも見ている気持になり、気がついたら自然と涙が溢れていた。

「っ!!どっか痛えのか?」

急に泣き出した彼女に轟は慌てるが、凛は首を横に振ることしかできなかった。
そして、彼に掴まれてない方の手で涙をぬぐいながら絞り出すように気持ちを言葉にした。

「…ひっく…幸せすぎて…!」

凛の言葉にようやく嬉しくて泣いてるのだとわかった轟は、一生懸命涙を拭う凛の手を優しく外し、彼が代わりに赤くならないよう優しく彼女の涙を拭った。
そして、轟はポケットに手を伸ばし、彼女の方に再び手を近づけた。

シャラン

音がして気づくと凛の髪には、轟からもらった大事なヘアアクセサリーがつけられていた。

そのまま、轟に両頬を包み込まれ、彼の方を向くようにされた凛は、恥ずかしい気持ちもあったが今は目も顔を晒したくなかった。

「私も…好き…」

彼女の言葉に轟は本当に嬉しそうな柔らかい表情を浮かべた。
それは、凛の大好きな表情だった。

轟はそのままぐっと彼女の方に顔を寄せた。
凛も近づいてくる轟に、そっと目を伏せた。
ファーストキスはレモン味と聞いたことあるが、全くそんな味はしなかった。
むしろ、好きな人とのキスはとびっきり甘く、幸せな味がした。

[ 63/79 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -