合宿所近くの病院。
ここには、合宿で傷ついた生徒たちが皆入院していた。

事件から3日後、緑谷は痛みにうなされながらもようやく容体が安定して来た。
しかし、目覚めた緑谷はどこかまだあの時のことが現実ではない気がしていた。

「あー緑谷!目ぇ覚めてんじゃん」

緑谷の病室にA組が一斉にお見舞いに来て、病室はあっという間に人で溢れかえった。

「A組皆で来てくれたの?」

緑谷の言葉に飯田は首を振った。

「いや…耳郎くん葉隠くんは敵のガスによって未だ意識が戻っていない。そして、八百万くんも頭をひどくやられここに入院している。昨日丁度意識が戻ったそうだ。だから来ているのは、その3人を除いた…」

「…15人だよ」

「凛と爆豪いねえからな」

轟の言葉に緑谷はようやく凛と爆豪がさらわれてしまったと思い知らされた。

「オールマイトがさ…言ってたんだ。手の届かない場所には行けない…って。だから手の届く場所は必ず助け出すんだ…。僕は…手の届く場所にいた。必ず救けなきゃいけなかった…!僕の個性は…そのための個性…なんだ。相澤先生の言った通りになった…体…動けなかった…」

緑谷は体力測定の時に相澤に言われた『おまえのは1人救けて木偶の坊になるだけ』という言葉を思い出し、悔しさを涙とともに滲ませた。
しかし、そんな彼に切島が思ってもみなかった言葉を投げかけた。

「じゃあ今度は救けよう」


―――


実は、昨日も轟と切島は病院に来ていた。

「あー!?轟なんでいんの!?」

「おまえこそ」

轟の問いに切島は言葉にならないどうにもできない感情を頑張って言い表そうとした。

「俺ァ…その…なんつーか…家でジッとしてらんねー…つうか…」

「…そっか。俺もだ」

轟はポケットに確かめるように手を入れた。
そこには、白と赤のヘアアクセサリーが入っていた。
証拠物件として警察に押収されていたが、戻って来たのだ。相澤が轟があげたものだとわかると、おまえから返してやれと渡してくれたのだ。

轟は切島の思いを十分理解できた。
彼も同じだった。
爆豪を目の前で奪われたこと。
凛が自分の届かないところで傷つき、拐われたこと。

温かく優しく、そっと自然と寄り添うように隣にいてくれた彼女。
凛は、轟にとっての光だった。
いつの間にか大切な存在になっていた。
これからもずっと一緒だと当然のように思っていた。
しかし、突然闇に飲み込まれ隣にいた凛の姿はどこにも見えなくなってしまった。
光が失われた世界では果てしない闇しか続いていなかった。
どんなに呼んでも、叫んでも、走って手を伸ばしてもどこにも彼女はいない。

本当は、なぜ凛を1人で行動させたのか、なぜ応援に行かなかったんだと怒り散らしてしまいたかった。
しかし、それを言葉にすることはなかった。
あの時、あの場所で、誰もが生き残るために必死だったのは痛いほど理解しているからだ。
それに、他人を責めるより自分の弱さに対する怒りの方が強かった。
もっと自分が強ければ、すぐに爆豪を護衛しつつ施設に戻り凛の応援に向かうことができたかもしれない、連れてかれるのを防げたかもしれない。

轟は手が白くなるほど、ぎゅっとヘアアクセサリーを持っていない手を力強く握りしめた。
このやり場のない思いを抑えるように。

轟と切島は、八百万の病室に向かうとオールマイトと警察が中にいて話しているところに遭遇し、様子を見ることにした。
なんと八百万は敵の1人にB組の泡瀬の協力で発信器を取り付けることに成功してたのだ。


―――


八百万の個性から創られた発信機。
それを追えるのもまた、彼女の創った受信デバイス。
つまり、八百万に受信デバイスを創ってもらい敵のアジトまで救いに行くというのだ。

「プロに任せるべき案件だ!生徒の出ていい舞台ではないんだ!馬鹿者!」

ヒーロー殺しの件で痛いほど学んだ飯田は烈火のごとく怒った。

「んなもんわかってるよ!でもさァ!何っもできなかったんだ!ダチが狙われてるって聞いてさァ!なんっっもできなかった!しなかった!ここで動かなきゃ俺ァヒーローでも男でもなくなっちまうんだよ!」

自分たちには力も資格もないと皆が飯田の言い分に賛同したが、切島にも譲れないものがあった。
あの日の悔しさを、まだ届くはずの手を伸ばさないなんてことはできなかった。

「飯田が皆が正しいよ。でも!まだ手は届くんだよ!」

「敵は俺らを殺害対象と言い、爆豪は殺さずに攫った。生かされてるだろうが、殺されてないとも言い切れねえ。凛は、現場の状態から相当な深傷を負っていた。敵がどう扱うのかわからねえ。俺と切島は行く」

「ふっふざけるのも大概にしたまえ!」

どうあっても止まるつもりのない切島と轟に、息を切らして飯田は怒鳴ったが、障子が落ち着くように言った。

「切島の『何もできなかった』悔しさも轟の『眼前で奪われた』悔しさもわかる。俺だって悔しい。だが、これは感情で動いていい話じゃない」

同じく目の前で経験した障子だからこそ、同じ気持ちを抱えてるとわかったし、彼の方が正しいことであることも十分2人は理解していた。

「皆、凛ちゃんと爆豪ちゃんが攫われてショックなのよ。でも、冷静になりましょう。どれ程正当な感情であろうと、まあ戦闘を行うというのならーーールールを破るというのなら、その行為は敵のそれと同じなのよ」

蛙吹の言葉は緑谷たちにとっては突き刺さるほど痛くきつい言葉だった。
しかし、その痛みを感じているのは皆同じだった。助けにいきたい、けど自分たちにはどうしようもないのだと。

その空気を破るように、緑谷の主治医が尋ねてきて、お開きとなった。
皆が病室を出ていく中、切島は緑谷に近寄って、皆には聞こえないよう呟いた。

「八百万には昨日話をした。行くなら即行…今晩だ。重傷のおめーが動けるのは知らねえ。それでも誘ってんのは、おめーがいちばんくやしいかと思うからだ。今晩…病院前で待つ」


―――


そして、夜

病院前にいる轟と切島の前に、八百万と緑谷が姿を現した。
切島はさっそく八百万に協力するか否かの答えを聞こうとするが、それを遮る者がいた。

飯田だった。

「…何でよりにもよって、君たちなんだ…!俺の私的暴走を咎めてくれた…共に特赦を受けたはずの君たち2人が…っ!なんで俺と同じ過ちを犯そうとしている!?あんまりじゃないか…!」

切島はヒーロー殺しの件を知らないため、何の話か間に入ろうとしたがそれを無言で轟が止めた。
今現在、保護下の自分たちが動けばただでさえ雄英に非難が浴びている状況にさらに迷惑をかけることになると飯田は言った。

「飯田くん。違うんだよ。僕らだってルールを破っていいなんて…」

飯田を説得しようと緑谷は試みるが、飯田はそんな彼の頬を思いっきり殴った。
自分の思いを込めて。

「俺だって悔しいさ!心配さ!当然だ!目の前で遠ざかる八木くんを見ていることしかできなかった!届いたのに!だが、俺は学級委員だ!クラスメイトを心配するんだ!八木くん、そして爆豪くんだけじゃない!君の怪我を見て、床に伏せる兄の姿を重ねた!」

もし、怪我をして取り返しのつかない事態になってしまつまったら。
飯田の強い思いが拳とともに痛いほど伝わって来て、緑谷は何も言えなくなってしまった。

「僕の心配はどうでもいいっていうのか!僕の気持ちは…どうでもいいっていうのか…!」

「飯田。俺たちだって何も正面きってカチ込む気なんざねえよ。戦闘なしで救け出す」

隠密活動というルールに触れないグレーゾーンのところで、動こうというのだ。

「私は轟さんを信頼しています…が!万が一を考え、私がストッパーになれるよう…同行するつもりで参りました」

どちらかというと飯田に近い考えの八百万も行くということで、話の方向が傾きはじめた。

「僕も…自分でもわからないんだ…手が届くと言われて…いてもたってもいられなくって…救けたいと思っちゃうんだ」

緑谷の言葉に、話は平行線するしかないと悟った飯田はある覚悟を決めた。

「ならば…っ俺も連れて行け」

もし少しでも戦闘の可能性を匂わせればすぐに引き戻すために、納得がいかないからこそ同行することに決めた。
それは八百万も同じだった。気持ちがわかるこその妥協案。3人が止まらないとわかっているからこそ、現実を見せて諦めさせようとしていた。

こうして、5人は発信機の示す先、神奈川県横浜市神野区へ向かったのだった。

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