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職場体験2日目
凛と轟は保須でエンデヴァーとパトロールを行なった。
やはりヒーロー殺しが出たからか、多くのヒーローがパトロールを入念に行っているのを見かけた。
ふと、飯田もこの町だったな。遭遇するだろうかと会うことはなかった。
結局、ヒーロー殺しと遭遇することはなく、夕方からはエンデヴァーとの手合わせが行われた。
さすがはNo.2であり、今の#名前の鎧の強度では#彼の炎を防ぐのが精一杯であった。隙をついて攻撃を決めても、いなされかわされ、ボロボロになるまで鍛えられた。
轟とエンデヴァーの手合わせは、凛の時以上に殺伐とした雰囲気があり、轟なんか仮に当たっても寸止めする気とかさらさらないんだなと聞くまでもなく伝わって来た。轟に後から聞くと、いつものことらしい。
そうして、2日目の職業体験は終わった。
凛は明日に備えてゆっくりホテルの部屋で休もうと帰る前に、轟に呼び止められた。
「八木。話がある。後で俺の部屋に来てくれないか?」
きっと体育祭の後に言っていた事だろうとすぐにピンと来た凛は快く了承した。
お風呂に入り、私服に着替え凛はそろそろいいかなと思い、轟の部屋に向かった。
インターホンを鳴らすと轟も準備が整っていたのかすぐに出てきてくれ、出迎えてくれた。
凛は轟に促されるまま、部屋に設置されてる椅子に向かい合う形で座った。
「今まで待たせて悪かったな。やっと気持ちの整理がついたんだ。八木には聞いてもらいてえんだ。改めて聞いてくれるか?」
「言ったはずだ。待ってると。轟さえよければ聞かせてくれ」
不安げな目を向けてくる轟に断る理由なんてないと凛は、間髪入れずに答えた。
それに安心した轟は大きく深呼吸を1回すると、ポツリポツリと話しはじめた。
父親がNo.1ヒーローのオールマイトを超えるという野望を長年抱いてること。
自分では超えられないと思い、個性婚目的で母親と結婚し、末っ子にして待望の2種類の個性を受け継ぐ轟が生まれたこと。
父親が轟をオールマイト超えるヒーローに育て上げる事で自分の欲求を満たそうとしていること。
それに伴い、母親が徐々に衰弱していったこと。そして、煮え湯を浴びせられたこと。
父親を憎み、左を使わずに1番になることで完全否定すると誓ったこと。
「でも、体育祭で、八木が大切なものを思い出させてくれて、緑谷が俺の価値観を壊してくれた」
凛は、その言葉に目を見開いた。
自分は轟の事情を知らずに思っただけの事を言っただけなのに、そう思ってくれてるとは思わなかったのだ。
「親父のことに今までのように囚われるのはやめたが、俺だけ解放されて終わりじゃいけねえと思った。母にきちんと向き合って救い出す。それが、全力でヒーローを目指す俺にとってのスタートラインだと思った。八木に花束を選んでもらったあの日、母に会いに行った。母は泣いて謝り驚くほどあっさりと笑って許してくれた。俺が何にも捉われずに突き進む事が幸せであり、救いになると言ってくれた」
じわっと胸の奥が熱くなるのを凛は感じた。彼の大事な話の途中なので、話を遮るまいと懸命に耐えたが、泣きそうになっていた。
「以前のままの俺だったら、職場体験で親父の事務所を選ぶことなんてことは絶対なかった。赦したわけじゃねえし、赦す気もない。ただ奴がNo.2と言われている事実をこの眼と身体で体験し、受け入れるためだった。どんだけクズでもNo.2の言われるだけの判断力と勘の良さは認めざるを得なかった」
轟はしばらくの沈黙の後、再び凛をまっすぐ見つめた。
「簡単なことだったんだ。全部。簡単なことなのに見えてなかった。八木と緑谷の言葉が行動がきっかけをくれた。…ありがとな」
そんなことないと謙遜するのもできたが、凛はそれは轟に対して失礼だと思った。
よかったな、や轟が轟らしくいれるならそれでいいなど言いたいことはたくさんあったが、そうではない気がした。
だから、凛から言える今最大限の言葉を。
「どういたしまして」
凛は、満面の笑みで応えたのだった。
「八木、これ受け取ってくれ」
そう言って轟が凛に袋を差し出した。
凛がなんだろうと不思議に思いながら受け取った。
「体育祭のこともだが、この間花束一緒に選んでくれただろ。その礼だ。開けてみてくれ」
そんなあれぐらい当然のことなのにと思いつつも、凛は轟のことを思ってせっかくなので受け取ることにした。
しかし、開けて中にあったものを目にした瞬間驚愕で固まってしまった。
「なっ…なんっ…えっ…!?」
「何にするか迷ったんだが、八木この間それずっと見てただろ。だから喜ぶんじゃねえかと思って」
そう、そこにあったのは体育祭の翌日に見つけた可愛い雑貨店にあった花のヘアアクセサリーだった。
いろいろと種類があった中で彼が選んできたのは、赤と白がモチーフになったものだった。
凛のツボをことごとく抑えた大変かわいいデザインだったが、凛が気にしてるのはそこではなかった。
「みっ見られて…!?」
「??それが八木に1番似合うと思った」
凛が困惑し過ぎてどもっている様子にいまいち要領を得なかった轟は不思議そうな顔をして、全く見当違いなことを発した。
「とっ轟!!悪いが受け取れない!私がもらっても、こんなかわいいもの私に似合うわけないから、結局付けないで終わってしまう!このかわいいヘアアクセサリーがかわいそうだ!それからあの店を見てたのは内緒にしてくれ!かわいいものは好きなのだが、私には恐ろしく似合わないからな、恥ずかしいから頼む!」
凛は、慌ててヘアアクセサリーを轟の手に返して必死な顔で懇願した。
「内緒にするのは別にいい。だけど、俺に返されても困る。俺はつけねえからな。それに…」
轟は自身の手にあるヘアアクセサリーを凛の髪にそっとつけた。
「ほら、やっぱ似合うな。似合わないことなんてねえよ。八木は十分かわいいから」
微笑みながら言う轟に、ぶわぁぁと効果音がつきそうなくらい凛は一気に赤面した。
「あっ…うっ…」
娘としてや、性別学情としてなら女として扱われた事はあるが、女性として接せられたのは初めての経験で、凛は俯いて言葉にならない言葉を出し続けることしかできなかった。
そんな凛の様子を見て轟は、かわいいい、もっと見たいと思い自然と手を伸ばしていた。
轟の手が凛の頬を優しく包み込み、上を向けさせた。
顔を背けることもできず、触られるはで、もう凛はキャパオーバーに陥ってしまい、思いっきり立ち上がった。
「おっ」
「明日も朝早いし!私もう寝るな!おやすみ!ありがとう!」
お礼をきちんと言うのが凛らしい。
早口に言うと彼女は風のように立ち去っていった。
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