04




名前は、珍しく都心にある百貨店に来ていた。
カカシの誕生日プレゼントを買う為だった。
しかし、あまり恋人にプレゼントをすると言う経験もなく、名前は紳士服売り場で立ち尽くしていた。カカシのことだから、きっと何を買っても喜んでくれるとは思うのだが、それでもやはり吟味はしたい。
昔からのカカシを知っていれば、まだ幾分かは目処も立つだろうが何も分からない。
とにかく、ものを見てピンと来たものを買おう。

そう思い店を1周したものの、名前の手には何も持たれていなかった。名前は、休憩がてらカフェに入り考え直すことにした。
半年前のカカシと出会った日から、名前はカカシとの思い出や感じたことを見つめ直していた。初めて声を掛けられた時、初めてデートをした日、初めて手を繋いで、初めてハグをした時。
思い返すと、カカシは沢山の思い出を作ろうとしてくれた。空白の時間を早足で埋めようとしているみたいだ。

「あ、そうだ」

名前は、思いつく。
カカシが名前へ与えてくれたように、名前もカカシへあげられること。きっとあるかもしれない。








誕生日当日が来て、名前はこっそりと自分の部屋からカカシの部屋に移動していた。
昨日は、カカシが仕事で遅くなるからと言われて、名前は1人で自分の部屋で寝ていた。今日みたいな日には却って好都合だった。
奮発して買ったお肉あとは、前日に仕込んだ料理をカカシの部屋の冷蔵庫に運びこんだ。部屋は静かで、カカシはまだ寝ているようだった。甘い物が苦手だからと、ケーキは買わなかった。

リビングのテーブルに、カカシへのプレゼントを置いて名前は寝室を覗いた。
布団にくるまって、頭だけが見えた。まだ寝ているみたいだ。起こすのも悪いなと思い、ひとまず名前は自分の部屋に戻った。
それから数時間、昼を過ぎて唐突にインターホンが鳴って名前は玄関に出る。カカシが立っていた。

「名前、どうしたの、あれ」

とても興奮した様子で、カカシは冷蔵庫だとか机の上だとか言っている。名前は、カカシのあまりの愛しさに口角が緩む。

「カカシ、お誕生日おめでとう!」

名前は、カカシに抱き着いた。カカシは名前の勢いを受け止めて、言葉にならない声を上げていた。そして、やっと息を整える。

「ありがとう、嬉しい」
「へへ」

カカシは、名前を抱き上げて少し自慢げに鼻を鳴らした。

「実はね、名前、俺からもプレゼントがあるんだ」
「え?」
「実は、名前と俺は同じ誕生日なんだよ」
「えー!そうなの!?」
「うん。正確には、実は名前の誕生日は誰も分からなくってね、一緒に祝えるようにって昔、俺と同じにしたんだ」
「そう、なんだ」
「ずっと言ってなくてごめんね。でも、俺は名前の今の誕生日もお揃いの誕生日もどっちも大切にしたいと思ってる」

結局、カカシは名前の親も誕生日も知らない。名前自身もそれは分かって居なかったのなら、自分は思うより複雑な出自なのかも知れない。

「だからさ、今日は俺からもお祝いさせて欲しい」
「カカシからも?」

名前は、カカシに抱き上げられる。そのまま部屋に入ると、豪勢な料理と可愛らしい飾り付けをされていた。

「すごい」
「本当は、レストランとか予約したかったんだけどさ。やっぱり2人だけで過ごしたくて」
「うん。私も同じ」
「本当に?」
「うん、本当に」

カカシの部屋に戻り、お互いの用意したものをテーブルに並べてみた。とにかく数が多い。贅沢に準備したのだ。明日の夜まで余裕で持ちそうだ。

「圧巻……」

カカシは、買いすぎたねと照れくさそうに笑っていた。名前の気持ちと、カカシの気持ち、その2つが合わさって出来たサプライズだ。

「名前、俺のメシはまあ良いとして……」
「ん?うん」
「名前の作ったの、食べていい?待ちきれなくて」

8月の終わりに同棲を始めてから、まだ名前はカカシに料理を振舞ったことがなかった。最初の1週間は片付けに終われ、その次は仕事に追われてクタクタだったのだ。

「もちろん!口に合うか分からないけど……」

カカシは、関係ない!と息巻いていた。

「じゃあ、このままお昼にしようか」

名前は、冷蔵庫に入れていた料理を温め直した。他にも買ってきたものを皿に移し替えて、テーブルに並べた。カカシは、昼から飲んじゃおうとシャンパンを開けた。椅子に掛け、カカシがグラスに注いでくれたシャンパンを掲げた。

「お誕生日おめでとう」
「おめでとう!」

そのままひと口。シュワシュワと口の中で弾けて、炭酸が爽やかな香りと共に鼻に抜けた。

「お、おいし!」
「名前が好きかなと思って」
「うん!好き!ありがとう!」

これは、気を付けないと飲んでしまう奴だ。名前は、グラスを置くとフォークを手に取った。カカシも、待ちきれない様子で料理を見ている。

「食べて食べて」
「いただきます」

カカシは、フォークに乗る限り料理を取ると、それをひと口で頬張った。ゆっくりと何度も噛んで、

「え、え、なんで泣いてるの!不味かった?」
「嬉しいからに決まってるじゃない」

美味しい、美味しいと言いながらカカシは名前の料理ばかり口にする。他のご馳走も食べた方が良いよと促したが、カカシは名前の料理を食べ切るまで他のものに手を付けなかった。

「名前、本当にありがとう」
「私こそ、ありがとう。カカシと同じ誕生日だったなんて本当に嬉しい」

カカシは、この後酔うから忘れない内に……と、小さな小包を差し出した。名前も、背中に隠していたプレゼントをカカシに渡した。
カカシから渡されたのは、手のひらより少し大きくて和紙で包まれたものだった。

「プレゼント開けてもいい?」
「うん、俺も開けていいかな」
「もちろん!」

まず、名前からプレゼントの包みを開いた。
和紙に包まれた小ぶりな箱は、芳しい香りの木で出来ていた。恭しく蓋を開けると、艶やかな木のつげ櫛が入っていた。

「わあ、高そう」
「もう少しロマンチックに喜びなさいよ……」
「ごめん。庶民だから」

手に取ってみると、表面は艶やかで歯の1本1本まで滑らかに磨きあげられている。つげ櫛など手に取ったことはなかったが、それでも名前にはとても上質なものであることが容易にわかった。

「こんな素敵な櫛、初めて。凄く嬉しい。大事に使うね」
「もっと可愛くなっても、俺のこと好きでいてよ」
「当たり前じゃん」

櫛があまりにも綺麗で、名前はすぐにでも使いたかったが、汚れるのが勿体なくてお風呂上がりに使おうと思った。

「じゃあ、今度は俺の番ね」

カカシが嬉々として包装紙を解いているのを、名前は内心バクバクしながら見ていた。
普段の自分の中では買わないような、良い品を買ったつもりだがやはりカカシの御眼鏡に適うかは分からない。

「え、これ……」

カカシが取り出したのは、香水だった。

「実はね、気持ち悪いんだけど、私もお揃いにしたの」
「名前も持ってるの?」
「うん」
「そりゃ最高じゃない」
「あのね、実は、初めてカカシの匂いを感じた時に凄く懐かしくて幸せに感じたの。そうそう、これだ!って、頭の中で勝手に思った。でも、それが何処で嗅いだのかは思い出せなくて、でも、忘れても匂いは忘れないんだって思ってね。カカシも私のこと忘れても、覚えてるようにって、ごめん。めちゃくちゃ重いね……」

ああ、めちゃくちゃ気持ち悪い発言をしてしまった。いくらカカシに夢中だからって、重い。ドン引きされたって仕方ない。

「名前の気持ち、凄く感じたよ。ありがとう」

カカシが抱きしめてきて、名前はこっそりと鼻から息を吸った。

「重くなんかないし、俺としては重いくらいもっと愛情表現してくれると嬉しいんだけどね」

こんな風に甘やかされたら、もっと好きになってしまう。

「悩んだんだけど、名前に見せたいものがある」
「見せたいもの?」
「うん、ずっとずっと名前に隠してきたもの」
「え?」

カカシは、落ち着いて待ってて、と一旦書斎に向かった。帰ってきたカカシの手には、辞典のような分厚い本。

「これは、名前と俺の記録。要は、名前との出会いからずっと名前について書いた俺の日記なんたけどさ。名前が記憶を無くした理由もここにある」

名前は、息を呑んだ。出会った春からずっとカカシが教えてくれなかったこと。過去の自分が、カカシの手の中にある。

「でも、読むも読まないも名前の自由。これを読んだからって、名前の記憶が戻ることは無いと思う」
「どうしてそう思うの?」
「うーん、それだけ名前の記憶が強く消さてると俺は思ってる。正直、名前にとってショッキングな内容もあると思うし、読んだ方が混乱すると思う」

きっと読まなければ埒が明かないと思った。
それだけ、カカシが記した日記の中に名前の事が克明に書かれているのだろう。

「すぐに読んでとは言わない。とにかく、存在を知ってもらうだけでも良い」
「カカシ、読ませて欲しい」
「結構、覚悟が要ると思うけど……」
「でも、この10年、自分のことが分からなくてずっと不安だった。この苦しみを抱え続けるしかないのなら……新しい苦しみを受け止める」

名前は、カカシをじっと見詰めた。本当に苦しかった。アイデンティティがないと言う苦しみは、言葉に表し難い。
カカシも、名前の気持ちを汲み取ったのか、日記を名前の前に置いた。

何が書いてあるかなんて、皆目見当もつかない。
正直怖い。でも、それよりも知りたい気持ちが勝っている。このまま、何も知らず平和に暮らした方がいいのかもしれない。でも、それでは名前の中で前に進めないのだ

名前は、深く息を吸ってゆっくり吐いた。
そして、ゆっくりと日記を開いたのだった。





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