03




あれから2週間経って、名前は落胆していた。
起きた時から、身に慣れた下腹部の違和感。トイレに行ってみれば、便器の中が赤く染まった。
生理が来たのだ。
名前は、ナプキンを当ててからパジャマを履き直し、カカシの元へ戻った。ベッドを出た時には寝ていたカカシが起きていた。

「おはよ、名前」
「おはよう、カカシ」

名前は、カカシの隣に座った。

「どうしたの?」
「あのね、生理、来たの」
「そっか」

カカシが、名前を抱き寄せて優しく包み込んだ。

「俺の子供、そんなに欲しいって思ってくれてたんだね」
「うん、」
「実はね、無責任だったなと反省しました。次は、ちゃんとお互い話し合って決めてからにしようね」
「カカシは、欲しくなかったの?」
「欲しいに決まってるじゃないの。名前に何が起きても大丈夫なように勉強しようと思って、本も買ったし、良い病院も探したし、この部屋のリフォームの見積もりも出したし」
「そ、そうなの!?」

カカシも考えてくれていたのだ。行き過ぎている所もある気もするが。器用なのか不器用なのか。

「教え子に、医者がいるんだけどさ。もう少し教えて貰ってれば良かったと思ったよ」
「教え子?カカシ、先生だったの?」
「え、あー、うん。短い間だけだけど」
「すごいね」
「大した先生じゃ無かったよ」
「そんなことないよ、絶対」

名前は、カカシが先生をしている様子を頭に浮かべた。自分だったら勉強にならないだろう。

「カカシ、あのさ」
「ん?」
「カカシの過去を知りたい」
「俺の?」

カカシは、うーんと少し考える。

「その時が来たら、また教えるよ。名前のことも教えたいし」

名前は、胸に寂寥を覚えた。
同棲までしているのに、カカシのことは殆ど何も知らない。いまだに仕事すら知らないのだ。

「ごめんね、名前に教えたくないとかじゃなくってね。少しずつ俺のタイミングで教えたいんだ。だから、それまで待って欲しい」
「……分かった」
「ただ、俺は名前に後ろめたいことを隠したいとかではないってのは理解して欲しい」
「うん」

カカシは、名前を抱き締めながらありがとうと言った。







金曜の夜、会社の飲み会があった。
久しぶりの飲み会で、名前はいつもより飲み過ぎていた。若干の気持ち悪さを抱えつつも、アルコールが体と脳に回ってふわふわする感じも悪くは無い。

店先で解散して、1人だけ路線の違う名前は少しもたつく足を動かしながら駅に向かっていた。周りも似たような人達ばかりで、名前は自分もあんな感じだったら情けないなと思った。

見事に酔っ払いばかりの電車に乗って、名前はドアの横の手すりに体を預けた。窓の外を眺めてみたが、暗くて自分の酔っ払った情けない顔の方が良く見えた。

地元駅に着くと、改札の向こうにカカシが立っていた。
こうしてカカシが改札に立ってくれている、何度だって慣れない。ドキドキして、少し照れくさくてどんな顔をしたら良いか分からなくなる。

「おかえり、名前」
「迎えに来てくれたの?ありがとう」
「当たり前じゃない。飲み会は楽しかった?」
「うーん、会社のだからそれなりかな。今日は、上司が結構奢ってくれたから良かったかな」

カカシは、そっかと笑いながら名前の鞄を手に取ると、名前の手を握った。

「カカシはお酒強いの?」
「んー、それなりには飲めると思うよ」
「強そうだもんね」
「そう?」

もうすっかり遅くなった地元駅、こちらも愉快そうな人達がチラホラと見えた。どこも金曜の夜はこんなもんだろう。
空を見上げると、ビルやマンションの間からチラチラと瞬く星があるような気がした。何しろ、酔っていて目の焦点も怪しいのだ。
家は駅から近く、酔っ払いの足でもすぐに着いた。改めて自宅のマンションを見上げて名前は感嘆の声を上げた。

「はあ、すご」
「ん?」
「凄いよね、こんなに立派なマンション持ってて。私なんて、ただの安月給の会社員だからさー」
「珍しい、本当に酔ってるね」
「……そうかも」

酔っ払った名前を見て、カカシはくるりと踵を返した。

「コンビニ、俺もお酒飲みたくなってきた」
「ええー」
「付き合ってよ、名前。明日休みでしょ」
「うーん、分かった」

近くのコンビニへ行くと、籠いっぱいの酒とつまみ、お菓子を買った。家に帰ると、名前は軽くシャワーを浴びる。その間に、カカシは飲み始めていた。

「あ、飲んでる」
「名前も風呂上がりの一杯行きなよ」
「うん」

カカシの隣に座り、名前もまた飲み直す。コンビニのお酒でも、仕事で飲むより、カカシと飲んだ方が何万倍も美味しい。なんなら、アルコールじゃなくたっていい。
カカシの顔を見ているだけで、美味しいお酒が飲める。酔っても酔わなくても、カカシは格好良いのだ。時計の針が天辺を指す頃、カカシの白い肌も淡く染まり始めていた。髪といい、肌といい、この男の美しさが心底羨ましい。肌なんて、シワやシミなんて殆どなくて本当にこの人は四十路なのかと疑わしいくらいだ。

「なによ、名前」
「本当に格好良いね」
「へ?」
「無駄にイケメン過ぎる」
「褒めてくれてる?」
「うん、ほめてるよ。もう目が肥えちゃって、カカシ以外の男性が同じに見えるもん」

名前は、ソファに寝転がるとカカシの膝に頭を乗せた。

「ねえ、名前」
「んー?」
「それってさ、目が肥えたんじゃなくて、俺のことが好きだからそう写るんでしょ」

名前は、そう言われて確かにそれはそうだし、カカシが格好良い事実もそうなのだなら。

「それもある、好きだもん」
「俺も、名前見ると可愛いな、可愛すぎるな、何回見ても1番可愛いなっていつも思うよ」
「いくら何でも、それは無い無い」

分かってないなー、と言いながらもカカシは嬉しそうに名前の頭を撫でた。火照った耳と頬、カカシの少しひんやりとした手が気持ちいい。
カカシと居ると、不思議だ。ドキドキして、胸がときめく。でも、こうやって心からホッとする時もある。カカシが居てくれれば、仕事もお金も無くなったってきっと平気だ。住む家も、着る服さえなくなっても、カカシが隣に居てくれれば。

「ねえ、カカシ」
「ん?」
「死なないでね」
「急にどうしたのよ」

完全に酔って上気した頬を、カカシは優しく撫でる。
何かムニャムニャ言っているなと見ていたが、すぐに名前は眠りに就いた。

カカシはその瞬間肩の力が抜けて、ふっとソファにもたれ掛かる。

「それは、俺の台詞だよ。全く……」



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