12
昨日は、ビーチから部屋に戻り名前が根を上げるまでカカシは抱き続けた。カカシは恐ろしい体力の持ち主で、名前は気を失うかと思った。
旅行でも改めて思う物凄い記憶力や、何より人を惹き付けるオーラ、見蕩れてしまう表現し難い色気、本当に同じ人間なのだろうかと疑問に思う時もある。
だからって、これが名前がカカシを特別視する理由になる訳ではない。きっと好きだから特別に目に映ってしまうのだ。もしかしたら、他の人から見ればカカシも凡人なのかもしれない。
そんなことを考えながら、名前はカカシの腕枕で微睡んでいた。カカシはカカシで微睡みながら、名前の頭を優しく撫でている。
「不思議なんだけどね」
「うん」
「カカシと出会ってからね、不眠が良くなったの」
「え、そうなの?いつもすぐ寝ちゃうじゃないの」
「それが不思議って、自分でも思ってるんだよね。カカシが傍にいると落ち着いて眠くなっちゃうの」
カカシは、少し黙ってから「そっか」と温もりを含んだ声で呟いた。
「今日はどうしようか。今日こそお揃いの服着ないとね」
「着たいね!うーん、やってみたいことがあるんだけど」
「なに?名前がやりたいなら、何でもやろうよ」
「ありがとう、カカシ」
「何したいの?」
「あのね、ガラス作ってみたいなあって」
「あー、琉球硝子?綺麗だよね。俺もやってみたい」
名前が頷くな否や、カカシはベッドから起き上がる。下着姿のまま、電話のもとへ行く。どうやらコンシェルジュに電話を掛けたようで、吹きガラスについて尋ねていた。
「予約出来る所探してくれてるって」
「電話してくれてありがとう」
「ううん。やってくれるのはホテルの人だしね」
カカシは、名前の下着をチェストから取り出すとシーツに包まる名前の元へ来た。
「準備しとこっか」
「うん。ありがとう」
「それで、今日こそお揃いの服ね」
名前はベッドの中で下着を身につけ終えて、身を起こす。
「うん。今日こそね」
カカシが、お揃いのかりゆしを渡して来た。名前は上に羽織って、ボタンを留めた。下に何を履こうか。悩んでいると、チノのハーフパンツを手渡してきた。
「俺もこれ履くから、そしたら一緒でしょ?」
カカシもハーフパンツを出してきた。上下同じ服だなんて、気合い十分だ。ハーフパンツを履くと2人で並んで鏡の前に立った。もう何処からどう見てもバカップルだ。
「うん、いいね」
名前が頷くと、カカシは嬉しそうに頷き返した。
その瞬間、電話が鳴る。カカシが電話を取って、話していた。
「ガラスの予約出来たって。時間まで食事に行こうか」
車に乗り込むと、近くのハンバーガー屋に向かった。ハンバーガーのセットと名物のオリジナルコーラもひとつ頼んだ。しかし、このコーラは飲む人を選ぶ癖のある飲み物で、早速名前がチャレンジしてみる。ゴクリと勢い良く飲んでみた。が、鼻を抜ける香りがなんとも言えない、そうあれだ。
「湿布みたい......」
名前は、もう一口飲んでみたが同じだった。今度はカカシが飲んでみようとコーラを手に取る。クンクンと匂いを嗅いだ。
「薬みたいな匂いが凄いね。確かに湿布だ」
カカシが口を付けて、グイッと喉を鳴らした。大きな喉仏が上下して、あっと言う間に飲み干した。
「え、平気なの?」
もう一度喉仏がゴックンと上下に大きく動き、カカシは口を開いた。舌をべえっと出して、眉を下げた。
「んー、俺も苦手だ」
「ええ?無理して飲まなくても良いのに」
「ま、残すの勿体ないじゃない」
ハンバーガーを食べ終えて、2人はガラス工房に向かった。受付の看板のある事務所に声を掛けると、キャップを後ろに被った若い職人が顔を出した。
「予約していたはたけです」
「はたけさん、お待ちしてました。奥までどうぞ」
職人は、カカシと名前を工房の奥まで連れてくるとエプロンと大きな眼鏡を渡してきた。
「今日は私が担当します。一応、エプロン。それから念の為にゴーグルです」
工房の中は暑い。釜から眩しいほどの光と熱気が漏れ出ている。2人を気遣ってか、大きな扇風機を当たるように調整してくれている。
職人は、奥から実物のグラスを持ってきてくれた。青や緑、赤や茶色、どれも色鮮やかだ。
「おふたりは初心者なのでグラスを作りましょう。色を何にするか。それと、細工を入れるかどうか選んで下さい。このように白いガラスを使って斑点を入れるのとか、表面にヒビを入れるのとか、中に気泡を入れるのとか色んな選択肢があります」
「名前はどうする?」
「んー、悩むなあ」
カカシは、緑色。名前は青色を選んだ。
「俺から行くね」
カカシは、やはり器用だった。職人からアドバイスを受けながら、1人で全てやってのけた。職人曰く、大体の人は息を吹き込むのに必死で、殆どを職人が手伝いでやってしまうのだという。きっと自分もそのパターンだなと思った。
「いやー、凄いですね。初めてとは思えないくらいお上手でした。ちょっと勉強したら、 職人として働けますよ」
「ありがとうございます。楽しかったです」
「次は、お姉さん行きましょうか」
「は、はい!」
「名前、頑張って」
「うん!」
窯の前に立つと、顔に熱い空気を受けた。じんわりと滲んでいた汗が、突然吹き出してくる。分からないが何だかとても不安な気持ちになった。窯の奥でドロドロと溶けた硝子が真っ赤に燃えている。名前が固まっていると、カカシが横から声をかけてくる。
「名前、大丈夫だよ」
「う、うん」
カカシの顔を見たら、すうっと不安が小さくなった。本当に不思議な人だ。
「私がサポートしますのでゆっくりやりましょう」
予想通り、殆ど手伝って貰いながら作業を進めた。それでも少し歪で笑ってしまった。
「カカシに比べて、手作りって感じが凄いね」
「そう?俺は名前が作った奴が欲しいね」
冷やす作業が必要で、今日中の受け取りは出来なかった。その為、配送でカカシの家に送ることにした。
「楽しみだ。届いたら渡しに行くよ」
「んー、そしたら、作ったのはカカシの家に置いておいて。ほら、遊びに来た時に私専用で使えるし」
「それいいね。そうしよう」
工房から出て、車に乗り込んだ。
「アイスでも食べに行く?」
「良いね。暑かったもんね」
「オッケー。ホテルの近くに手作りの店があるらしいから、ちょっと様子見てみようか」
車を走らせている間、名前は窓を開けて風を顔に受けていた。さっきの窯の熱が忘れられないのだ。
「熱かった?」
「うん、ちょっとね」
「もう、大丈夫だよ」
「え?」
「ん、独り言」
ホテルのすぐ傍のビーチに店はあった。砂浜の上にある店は、若いカップルや女の子で賑やかだった。
「わ、おじさん入っちゃって大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。私もアラサーだし、一緒にチャレンジだよ」
「名前は大丈夫だよ。ま、誰もおじさんの事なんて見てないよね」
いや、それはどうだろうかと思いつつ、名前は否定しないでおくことにした。
店の中に入ると、ショーケースに何種類ものアイスが並べられていた。
「美味しそう」
「何食べたい?」
「んー」
手作りで沖縄と言う場所柄、南国のフルーツを使ったものが沢山あった。他にもスイーツ系や定番のフレーバーもあり、これは選べない奴だと名前は唸った。
「折角だから、食べたことないのにしようかな。カカシはどうする?」
「俺はどうしようかな、名前は何で悩んでるの?」
「パイナップルにしようかな。あとは、ドラゴンフルーツとも悩んでる」
「俺は、このシーソルトアイスってのにするよ」
カカシが、店員を呼ぶ。
「あ、私まだ……」
「パイナップルとドラゴンフルーツのダブルと、シーソルトのシングルでお願いします」
「2つも良いの?」
「当たり前じゃない。何なら、全部でも良かったんだよ?」
「流石にそれは……」
「ハハ」
名前のアイスはカップに、カカシのアイスはコーンに盛って貰った。アイスを受け取ると、店に併設されたオープンデッキのベンチに座った。アイスのチャンクは、フルーツ自体がゴロゴロと入っていた。アイスとフルーツを一緒にスプーンで掬って口に運ぶ。パクリと口の中に入れてみれば、溶け出すアイスの中から果汁が溢れているように感じた。
「ん!美味しい!」
「良かった。俺のアイス、塩味じゃないわ」
「そりゃそうだよ」
「おじさんだからさ、そう言うの分かんないのよ」
でも、不思議とさっぱりして美味しいとカカシも満足そうだ。
「もう明日で帰るけど、他に何かやっておきたいことある?」
「もう明日なのか」
「なに、寂しいの?」
「うん、ちょっとね」
「ちょっと?俺はかなり寂しいよ」
「カカシも?」
カカシも同じ気持ちだなんて、なんと嬉しい。
「明日、朝早起きしようよ」
「早起き?いいよ」
この旅行中、特に何をした訳でもないがとても充実していた。もっと観光名所など行くべきではとも思ったが、この旅行はカカシと過ごすことが大切で、今までよりも沢山の時間、見つめ合った気がしていた。
明日も、きっと素敵な日になるだろうと思った。
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