人形姫 番外編1-1

2ndと3rdの間の話です。まだヒロインがカカシのことをカカシさんと呼んでいた頃です。


・・・


「いらっしゃいませ、名前ちゃん」
「リンドウさん、こんにちは」
「今日はなんの花にしますか?」

名前には週に一度の習慣があった。それは、仕事帰りに花を買って帰ること。
毎週水曜日に、少し遠回りして花屋に寄ってから家に帰る。一輪だけ買う日もあれば、少し多めに買って生け花をすることもあった。舞妓の時に、生け花のお稽古も受けていたのがこっちの世界で役に立つとは思わなかった。
名前は、主役になる花を選ぶ。カカシが褒めてくれるのを想像するだけで心がワクワクする。

「今日のオススメは何ですか?」
「シャクヤクが今年初めて入ったんですよ、ほら、これ」
「綺麗ですね!じゃあ、それください」

シャクヤクに合う花を数輪合わせてもらい、花を抱えながら店を出た。家に戻ると、花を花瓶にさした。シャクヤクのヒラヒラとしたピンクの花弁がとても美しい。店員のリンドウが選んでくれた花のセンスはいつも素晴らしく、
花瓶は窓際に置いて、鼻先を花弁に近付けてすーっと息を吸った。

「良い香り」
「そうだね」
「わ!!」

窓の上から突然カカシが顔を出す。やっぱり何度されても慣れなくて、その度に名前は大声をあげてしまう。

「本当に心臓に悪いです……」
「ごめんごめん」
「次やったら怒りますよ!あ、急いでご飯作りますね」
「ハハハ、そりゃ怖いなー。手伝うよ」






「名前先生にまた郵便来てるよ」
「え?また?」

同僚の事務員に差し出された手紙を受け取った。
今でこそ人との繋がりが増えて、家に手紙や通っている店のダイレクトメールが届くことはあるが、単なる事務員の自分への郵便がアカデミーに届くことなど珍しいことだった。しかも、それが何度も続いている。決まって白い封筒の中に便箋1枚だけが入っていて、白紙の時もあれば日記のようなことが書いてある日もあった。
気味が悪い、手紙が来る度に名前は少し気分が悪くなった。
今回の白い封筒に入った手紙は少し分厚い。裏返したが、変わらず差出人の名前はなかった。糊を剥がそうとして、名前はふっと手を止めた。

「あの、イルカ先生」
「どうかしましたか?」
「この郵便、開けても大丈夫ですかね」

最初、イルカは名前が何を言っているのか分からない顔をした。だが、普段は優しい教師の彼だって忍なのだ。すぐに勘付いて名前の手から手紙を離すように取り上げた。光に透かすように手紙を高く上げて見上げ、うーんと唸る。

「差し支えなければ、俺が調べても大丈夫ですか?問題ないようでしたらお返しします」
「お手数お掛けします。お願いします」
「保管して、放課後に調べますね」

イルカはベストから巻物を取り出すと、その中に手紙を封印した。その手捌きは鮮やかで、名前は思わず「すごい!」と声をあげた。

「あ、すみません……つい」
「名前先生って、何を見ても感動してくれるから、自分が強くなった気がします!」
「皆さん本当に凄いなって、いちいち反応してしまって……気を付けます」
「い、良いんですよ!みんな、名前先生の反応に感激してるんですから」

本当にすみません、名前は重ねて頭を下げた。

放課後になり、イルカは地下室に赴き、巻物をベストから出した。名前宛の手紙がアカデミーに来ること自体あまりないことだ。おかしいとまでは言わないが、事務員に手紙を送ると言ったら生徒くらいだ。

「さて、始めるか」

イルカは石で出来た台の上に巻物を広げた。

「え?」

封印を施した部分が、ぽっかりと抜け落ちていた。端をよく見れば、焦げたように黒く煤汚れていた。

「これは……」

巻物を巻いて、イルカは急いで部屋から出て行った。

「みなさん、お先に失礼します」

仕事を終えた名前は帰路につく。ここ最近は、先生達がテストの準備で事務の仕事が忙しくなっていた。
日も暮れかけて、夜の帳が降りようとしている時間。名前は何か異変を感じ、後ろを振り返る。しかし、誰もいない。

「気のせいか……」

前を向いて歩き出せば、やはり何か視線を感じる。横目で見ても誰もいない。

「名前!」
「きゃー!」

突然名を呼ばれ、名前は思わず悲鳴をあげてしまった。

「ご、ごめんって……」

聞いたことのある声、しかし、周りを見渡すがやはり誰もいない。もしかして、幽霊!?名前の背筋が凍る。

「全く、名前は鈍いなぁ。下を見て」

言われた通りに下を見てみれば、額当てとへのへのもへじのちゃんちゃんこを着た犬が名前を見上げていた。首には包帯が巻かれ、キリッとした目をぎゅっと細めた。

「あ、ウーヘイ!ビスケも!」
「久し振りだな!」
「どうしたの?ウーヘイとビスケだけなんて珍しいね」
「うん、カカシの命令で名前が遅くなる時には俺達が迎えに行くよ。カカシと八忍犬の交代制でね」
「それは頼もしいね、ありがとう」

ウーヘイとビスケは名前の横に立ち、さて帰るかと歩き出した。2匹のお陰だろうか、さっきまでの視線はもう感じられない。やっぱり気のせいだったみたいだ。

「いつもパックンばかりズルいってなってな、交代制になったんだぜ」
「私って、意外とモテるのね」
「そりゃ、勿論。次はブルが行くってよ」
「それは、頼もしいけどチョット怖がらせちゃうかもね」
「確かに。ま、名前の安全には変えられないだろ」

2匹と話していれば、すぐに家に着いた。すると、ウーヘイが顔色を変えてポストに鼻を突っ込んだ。

「どうしたの?」
「草の匂いがする郵便物だ。こいつ、藪で書いたのか?」

ウーヘイがパクリと咥えていたのは、白い紙。
名前が受け取ろうとした手をすぐに引っ込めた。

ーーどうして、僕の手紙を受け取らなかったの?

昼間のアカデミーの郵便物が脳裏に浮かんだ。
それから時を経ずに、紙からシューと白い煙が上がる。

「やばい!名前離れろ!」

ウーヘイが紙を咥えたまま走り出し、近くに置かれていた雨水を貯める水瓶に紙ごと顔を突っ込んだ。煙は消え、紙は濡れてビショビショになっていた。濡れた紙をビスケがクンクンと匂いを嗅いた。

「これは起爆札だな」
「起爆……?」
「簡単に言うと爆弾だ。名前に怪我をさせるつもりだったんだな」

濡れた紙をウーヘイは、首をふるふると左右に激しく回して水を切った。

「部屋には結界があるから安全だ。早く入ろう」
「うん……」

帰宅したカカシに、ウーヘイとビスケは乾いてパリパリになった手紙を差し出した。カカシは、はぁと溜息をついてから、ありがとね、と一言添える。

「じゃあな、名前」
「あ、うん。ありがとう」

ポンと音を立てて煙と共に姿を消した。

「カカシさん……」
「名前は心配しなくて良いよ。俺達がついてる。ウーヘイからもあったかも知れないけど、これからは俺達が迎えに行くからね」

それからカカシは、正直に名前に話した。
今朝、アカデミーに届いた手紙にも起爆札が仕掛けられていたこと、イルカがそれをカカシに知らせてくれたこと。ウーヘイが名前と合流したとき、近くから手紙と同じ匂いが流れてきたことも。
そして、恐らくそれはストーカー自身の匂いであることも。

「ストーカー……ですか」
「多分、奴は忍だと思うけど、起爆札のお粗末な術式を見る限り下忍レベルだ。俺がいるから大丈夫」

カカシの優しい笑顔に笑って返したものの、不安が胸から消えることはなかった。

翌日、アカデミーに出勤すれば職員室に立派な花束が置いてあった。大名がアカデミーを見学するため、子供達から大名に渡す花束を注文していたのだ。

「わぁ、綺麗ですね」
「いつもありがとうございます」

リンドウが大きな花束を抱えていた。

「これ、全部リンドウさんが?」
「はい。大名様に渡すものですからね、張り切りましました」

相変わらず優しい笑みを浮かべながら、テキパキと花を運ぶ。応接室に飾る胡蝶蘭も立派なもので、名前は感嘆の声をあげた。

「良かったら、これをどうぞ」

リンドウは忍ばせていた小さなブーケを名前に差し出した。小さなカマズミのポワポワとした花弁が可愛いリボンで飾られている。シンプルだからこそ、リンドウのセンスの良さが際立っていた。

「良いんですか?」
「ええ、受け取ってくれるなら」
「喜んで」

名前が机の上に飾れば、リンドウは目を細めた。


2に続く……


人形姫 番外編1-1 end.
prev next

[back]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -