先生と秘密1

「こーら、また勝手に入ってる。許可なく職員室に入るなって言ったでしょ」
「先生遅い」
「仕方ないでしょうよ」
「また女の子達に質問されてたの?」
「そりゃ、俺は先生だからね」

カカシの答えに、名前は唇を尖らせた。
カカシの授業は淡々としているが、とても分かりやすいと定評がある。それでいて、あの長身で白衣を纏い、少し日本人離れした顔立ちと髪色、ミステリアスな雰囲気で女子生徒から人気もある。
名前は分かっているのだ。女の子達はただ単に分からないんじゃなくて、カカシに近付く為にわざと質問をしているのを。

「なに?ヤキモチ焼いてくれたの?」
「うん」
「ハハハ」
「子供だって思ったんでしょ?」
「いや、すごく可愛いよ。めちゃくちゃね」

実験で使い終わった薬品を、カカシは科学準備室にある薬品保管庫に戻し始めた。職員室からしか入れない、普段は鍵が掛かっている準備室、そこは二人にとっての秘密基地だった。
名前も最後にひとつだけ残っていた瓶をとって、カカシについて準備室に入った。内側から鍵を掛けて、カカシの後ろ姿に抱きつく。白衣から薬品特有の匂いと、それからカカシの香りがした。
カカシの体は、体育の先生でもないのにとても筋肉質で腹筋なんかゴツゴツと割れている。名前はワイシャツの上から指で筋肉をなぞりながら、その頼もしい体に惚れ惚れとする。

「こら、勝手に薬品を触らないの」
「沸騰石だから大丈夫」
「全く……。オビト先生戻って来たらどうすんのよ」
「オビト先生は私達の事、気付いてるよ」
「え?そうなの?」

多分ね、知らないけど、と名前はクスクスとイタズラに笑った。

「そういえば、最近、偏差値の伸びがいいみたいだね」
「そうなの!すっごく頑張って勉強してるんだもん」
「偉いじゃない」
「もっと褒めて!カカシ先生に褒められたら伸びるタイプだから」
「凄いね、頑張り屋さんだよ。惚れ直しちゃう」
「えへへ」

薬品を全て戻し終えて保管庫の鍵を閉めると、カカシは背中の名前を引き剥がした。向き合えばカカシはいつもしている不織布のマスクを下ろし、薄めの唇を少し開いてニヤリと片方の口角を上げた。

「そんなに俺の体触って、学校で誘うなんて大胆な子だね」
「違うから!」

両手を掴まれ、壁に押し付けられる。壁とカカシの間の僅かな空間に閉じ込められた名前は為す術なく、カカシの唇を受け入れた。
上唇と下唇を口角から丁寧に重ね、軽く押し付けた。チュウと音を立てて離したかと思えば、すぐに触れて何度も啄まれる。

「……先生、積極的なんだから」
「こんな俺は嫌?」
「ううん、大好き」

もう一度、カカシは名前の唇に触れると、満足そうにマスクを戻した。当たり前だが、マスクをしているとキスが出来なくなる。カカシがマスクを戻すたびに、名前はガッカリしてしまう。表情を曇らせた名前に気付き、カカシはマスクを下ろす。

「どうした?まだ甘えたいの?」

カカシは、椅子に座り名前を膝の上に向かい合うように座らせる。

「こないだのテストの点も良かったし、今日は甘えてちょーだい」
「じゃあ、もっとチューしてチュー!」

名前が唇を突き出せば、カカシはそれを包み込むように唇で挟んだ。

「今ので充電された!」
「俺も、頑張ってよ」
「うん、頑張る!絶対に先生と同じ大学行くんだもん。ね、今週の土曜は勉強教えてくれるよね?」
「ごめんね、用事が入ったんだ」
「また?最近、用事ばっかり」

落ち込む名前の頭を撫でながら、カカシはごめんねを繰り返した。名前とカカシが密かな恋を芽生えさせてから、互いに空いた休日にカカシの家でデートを重ねていた。映画を観たり、ゲームをしたり、一緒に料理をしたり。名前が受験生になってからは、特別授業と称してカカシが勉強を教えていた。

「代わりにはなんないけどテキスト作っといたから。あそこ、こないだの模試に出たでしょ?」
「うん……すごく役に立ったよ」
「良かった」

カカシの優しい笑顔を見て、名前は今回に特別に許してあげるから!と憎たらしい言葉を送った。こんな時、もっと大人の女の人みたいに優しく余裕のある言葉を掛けてあげられたら。でも、そんなスキル、小娘の自分には持ち合わせていない。どうしてもっと早く生まれてこなかったんだろう。

「そろそろオビトも戻ってくるし出ようか」
「うん」

納得できないまま、名前は準備室から出る。カカシの机に広げていた参考書を手に取ると、オビトが帰って来た。名前はオビトに会釈をするとかばんを持って、職員室を出た。
カカシは名前の背中を見送り、自分の机に座った。目の前のオビトは、お前本当に名前に好かれてるなと笑いながら自分の担当クラスの小テストの採点を始めた。

「なぁ、カカシ」
「んー?」
「新卒の先生いるだろ?英語担当の男」
「あー、居たね。そいつがどうしたのよ」
「あいつ、生徒と付き合ってたらしいんだけど振られたんだとよ」
「は?」

オビトは赤ペンの手を止めて、声を潜めた。

「付き合ってた生徒の担任がリンでさ。女子生徒と仲が良いからカミングアウトされたんだってよ」
「へぇ」
「年上よりタメのほうが話が合うし、卒業したら出会いが増えるから大学生活を存分に楽しみたいんだってさ」

オビトは完全に手を止めて、カカシに向かってニヤリと笑った。カカシはマスクの下でゴクリと生唾を飲み込んだ。

「生徒に手を出すなんてな。まぁ、少し格好良ければ男教師はモテるもんな。しかし、下心出し過ぎだろ」
「…………」
「カカシもモテるからな、その気にならないように気を付けろよ。あの年代の女の子は、歯に青海苔ついてただけで冷めるらしいぜ」

俺のバスケ部の野郎がそれが理由で振られたんだよ、とクツクツと楽しそうに吹き出すのを抑えるように笑っていた。

分かっていた。

名前はまだ子供で、恋に恋する年代だと言うことを。
だから、名前が突然自分に飽きて振られてしまうことだって、きっとあると常に覚悟もしている。まだ大人と言うには早い女の子なのだ。他に若くて優しい男がいれば、そいつに譲る覚悟だって出来ている。そもそも碌にデートをしてあげることも出来ず、最近は休日を潰してばかりで放課後の僅かな時間に会うことしか叶わない。寂しい思いをさせていると分かっている。
もし、同年代の男だったらこんな思いはさせないのかもしれない。

「……………」
「カカシ?」
「いや、何でもないよ」





本来ならカカシの家にいるはずの土曜、名前は予備校で勉強しようと家を出た。自宅の最寄り駅から数駅の予備校に通っている為、名前は電車に乗った。
端の椅子に座り、カカシが作ってくれたテキストを取り出す。分からなかった場所を何度も読み返していれば、予備校の最寄り駅に近付いた。ふと、周りを見渡す。すると、見慣れた髪が見えて名前の目は釘付けになった。

「カカシ先生……?」

仕事だったのだろうか、スーツを着て座席に座っていた。
名前が降りる駅でカカシも立ち上がる。名前は何故かカカシに見つからないように後ろに付いていく。改札を出たカカシはキョロキョロと周りを見渡し、手を振って何かに向かって歩き始めた。名前は慌てて柱の陰に隠れて、カカシの様子を盗み見る。

手を振ったカカシが向かったのは、笑顔の女の人の元だった。何やら親しげで、女の人はカカシの腕にさり気なく触れて、笑顔で見上げていた。それはスタイルの良い大人の綺麗な人で、今の名前ではどうやったって敵わない。距離がとても近く、カカシもそれを拒否をしない。

頭から冷水を浴びせられた気分だ。足に根が生えたように動かない。ふたりは駅を出て行く。もうそれ以上ついて行く勇気がない。

「もう知らない!先生の大馬鹿!」

涙を必死に堪え、名前はふたりが向かったのとは逆の方向にある予備校に向かった。もう職員室になんて行かない。どうせガキの自分は遊びだったんだ。



「で、久し振りに声を掛けてきたかと思ったらウチに来たいなんてね。大歓迎よ」
「悪いね、紅。アスマは元気?」
「ウチに来ればすぐ会えるわよ」
「そっちに行ける保証はないでしょうよ」
「何言ってんの、こっちは大歓迎だって言ったじゃない」

ふたりはカフェで向かい合う。紅は頼んだコーヒーをひとくち飲んでカカシに微笑みかけた。

「それにしても勿体無いわね」
「そんなことないよ。それ以上に大切なものを見つけたからね」
「あら、恋人の為なの?」
「まあね、俺の大事な人がそっちに行くからさ」
「カカシがそんな事言うなんて、よっぽど夢中なのね」
「うん、そっちに行ったら紹介するよ。すごく可愛いから」

カカシの惚気に、紅は鳥肌が立っちゃうわと揶揄しながらも、美しく引き上げられた赤い唇から白い歯を覗かせた。


2に続く……


先生と秘密1 end.
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