初恋は叶わない3


晴れやな空の下で、私の心は曇り空だった。

私の初恋の人が、殉職した。

大好きだった先輩の棺の前で、綺麗な女の人が泣き崩れていた。まるで映画に出てくる女優さんのように美しい人だった。そりゃ、私の事なんて眼中にないよなと不謹慎にも思ってしまった。情けないけど、私の初恋は最初から土俵にすら立てなかったんだ。

葬儀が終わり、喪服のまま私は河原で座り込んだ。ここは、先輩に振られた翌朝にカカシ先輩に慰められた場所。先輩と直接関係ない場所だけど、私にとっては鮮明に先輩を思い出せる場所だった。
変わらず忍として尊敬はしていたけれど、もう好きじゃなかった。失恋の傷だって癒えた。それなのに、どうしてこんなに虚しいのだろう。

「大丈夫か?」
「カカシ先輩……」

カカシ先輩も喪服で、葬儀が終わってからすぐに此処に来たんだと分かった。先輩は、私の隣に座って川面に小石をひとつ投げ込んだ。ドプンと音を立てて、小石はすぐに姿を消した。呆気なく小石は川底に沈んだ。あの時とは違って、私は先輩に促される前に口を開いた。

「もう吹っ切れたはずなんです」
「うん」
「それなのに、何だか辛いんです」
「そうか」

カカシ先輩の優しい声に、私の目からは涙がポロポロ零れた。

「どうしてだろう」
「それだけ、本当に好きだったんだろ?」

嗚咽しか出てこない私を、先輩は無理に励ますこともしないで優しく包み込んでくれる。

「名前にそれだけ想って貰えて、あいつは幸せ者だよ」

カカシ先輩の大きな器の中で、私はきっと厄介な存在だろう。笑ったかと思えば泣いて、立ち直ったかと思えば目を離した隙に落ち込むんだ。

「いつも先輩には、慰めて貰ってばかりですね」

名前の為ならお安い御用、とカカシ先輩は笑ってくれた。
そうだ、大好きだった先輩の笑顔よりも、私はカカシ先輩の笑顔に何度も救って貰った。
先輩の優しい手のひらを頭に感じながら、涙を拭くことしかできなかった。ごめんなさいと繰り返す私に、明るい声で気に済んじゃないの、と返してくれた。





先輩が亡くなって四十九日が経った。

任務で私が里に戻ってこられたのは、星さえも眠ってしまいそうな夜更けだった。勿論、花屋なんて開いてるわけもなく、道中で見つけた白い花を一輪だけ手向けた。今日、行われた四十九日の法要のものだろう、既に素敵な花束が手向けられていた。この小さな花をその中にねじ込むのも申し訳なくて、墓石の傍らにひっそりと置く。

葬儀の日は、あんなに泣いていたのに、今の私は自分でもびっくりするくらいに冷静だった。本当に好きだった。でも、憧れと言ったほうが良い気持ちだったんだと今では思う。
きっと先輩の欠点を見てしまったら、この気持ちが冷めてしまうようなそんなのに近いものだったと思う。初恋だからと美化し過ぎていた。あの綺麗な女の人は、格好悪い所も含めて先輩のことが好きだったんだ。

「先輩、ありがとうございました」

手を合わせて、小さな声でお礼を言った。
虫の声さえしない静かな夜半。何故だか酷く寂しい気持ちになった。ずっとこの静かな夜を、先輩はこの冷たい石の下でひとりぼっちで永遠に過ごして行くんだ。あの恋人の柔らかくて暖かそうな腕に包まれることも、もうないんだ。

「何で死んじゃうんですか……先輩のバカ」
「流石にバカは酷いんじゃなーい?」

声がした方を振り向けば、カカシ先輩が立っていた。私と一緒で任務帰りなんだろう、腰に装備を沢山付けていた。

「どうしたんですか?こんな夜中に」
「お前こそ。ま、俺も墓参りをね」

そう言ってカカシ先輩は、私の隣に来て手を合わせた。先輩の白い肌と透き通る髪は、この闇夜に溶けてなくなりそうだと思った。どうやら私は、この静かな夜によってかなり感傷的になっているみたいだ。

くしゃみをした私を見て、冷えるから帰ろうと先輩に手を引かれた。墓所を出て、誰もいない私のマンションに通ずる道を歩いて行く。

「もう、大丈夫なの?」
「はい!」
「そう」
「初恋だったから落ち込んだんです。けれど、恋と言うには幼い憧れだったんだって今は分かりました。だから、次はもっとちゃんと人のことを好きになろうって思ったんです」
「もう人を好きになんてならない!とか思ってない?」
「思ってないですよ!私は前を向かなきゃいけないんですから」

カカシ先輩は、私の前に立ちはだかり見下ろしてきた。突然の威圧感に私は肩を縮こませた。普段の先輩なら、威圧感なんて決して感じないのに、いつもと違う雰囲気に困惑した。先輩は少し困った顔をしながら私を見下ろす。

「本当はさ、すごく、あいつのことが羨ましかった」
「カカシ先輩が?どうしてですか?」
「名前が泣くほど想って貰えて羨ましかった」

それがどう言うことか分かる?と、優しく問われる。

「……す、すみません」
「本当にお前は鈍いね」
「すみません!」

謝る私の手を、少しぶっきらぼうに握って先輩は歩き出した。私のマンションとは逆の道に曲がり、歩みを勧めていく。流石の私でも、逆ですよ!と言うのが野暮だと感じて黙って先輩に付いていく。
先輩の握る手が汗ばんでいて、私にまで緊張が伝染する。辿り着いたのは、思い出の河原。堤防に腰掛けた先輩は自分の隣を何も言わずポンポンと叩いた。大人しくそこに座った。

「元気になるまで待つって言ったけどさ、やっぱ待てないわ」

地面に置かれた私の手の上に、カカシ先輩の手が重ねられる。
手が離れたのは一瞬のことだったのに、さっきよりも手が冷たく汗で濡れていた。
先輩に聞こえてしまわないかと不安になるほど心臓がドクドクと脈打つ、全速力で走ったかのように速い鼓動に、落ち着けと何度も言い聞かせた。

「名前、正直に言うよ」
「はい」
「次は、俺のこと、好きになってくれ」

何言ってるんですか、好きですよ。なんて、とても言える雰囲気じゃない。先輩の顔色を窺いたくても、マスクと下げられた額当てで全く見えやしない。
するりと、先輩の指先が私の指の間に入り込み、少し控えめに絡みつく。自分と違って太くて硬い指に、先輩もやはり男なのだと感じさせられる。もう私の頭の中は真っ白に初期化された。

「無理にとは言わないけど、答えを聞きたいな。俺は」
「あ、あの、先輩の好きな女の子って……」
「そ、名前のことだよ。遠回しのアピールじゃあ、気付かなかったか……」

困ったように笑みを漏らした後、私のほうに顔を向き合わせた。

「で、俺のことは好きになれそう?」

優しく笑う先輩はやっぱり変わらなくて、右目しか見えないのに先輩の笑顔は私を何度も何度も救ってくれた。大好きだった先輩の笑顔よりも、私はカカシ先輩の笑顔の方が何倍も好きだ。誰の笑顔よりも大好きだ。
今になって気付いた私は本当に鈍いんだとやっと自覚する。

「先輩の笑顔、大好きです」
「ハハ、笑顔だけ?」

じゃあ、全部好きにさせるから。カカシ先輩の囁きは、私の耳を掠め、柔らかく頬に着地した。

咄嗟のことに逃げようとしたが、後頭部に手を添えられて、それは簡単に阻まれた。柔らかく触れる唇は、布の感触がせず、先輩が素顔を晒しているのだと瞬時に理解する。
先輩の手のひらと唇に挟まれた私の顔は、きっと情けないくらいに滑稽だろう。一体いつになったら、先輩が唇を離してくれるのか。私の胸はもうこれ以上速く出来ないと言うし、鼻からは脂のような汗がじんわりと滲み出る。私の全てがこの状況を理解して受け入れる余裕がないと悲鳴をあげ始めた。
好きだと自覚すれば、もうカカシ先輩の全てが私をドキドキさせてしまう。

「先輩、そろそろ限界です……」

繋がれたままの手は更に深く結ばれて、もう簡単に解けることは出来なくなった。その代わりに唇は離れ、私は解放される。
かと思いきや、息をつく暇もなく薄暗い月明かりと街灯に照らされた先輩の白い肌と整い過ぎた顔立ちに、首が締められたかのように息が止まる。こんなに先輩がかっこいいなんて聞いていない!

「俺も限界」

俺だって、好きな女の子が他の男の話をするのも辛いし、何より泣く姿を見るのは耐え難く辛いもんがあったんだよ。

「だから、俺のそばで笑って欲しい」
「は、はいい!」

からくり人形のようにカクカクと首を縦に振る私を見て、先輩は声をあげて笑う。よく考えたらカカシ先輩の笑い声を聞くのは初めてのことで、更に知らない先輩をひとつ知って私の心臓は限界を迎えた。

頭の中でパーンと何かが弾ける音がして、私の体は力なく堤防に横たわった。

「もう無理かも知れません……」
「ええ?何でよ」
「先輩が素敵過ぎるのに気付いてしまったからです」

自分でもかなり恥ずかしいことを言ったんだと、数秒して気が付いた。羞恥心が追いついた時には、先輩の腕が私の腰を背中を肩を抱きしめていた。

「褒めてくれてありがとう。ま、無理にでも慣れて貰うけどね」

声にならない悲鳴をあげた私は、悪戯っ子の笑みを浮かべた先輩の腕の中。

けどね、本当はカカシ先輩の全部が好きなんだよ。きっと大好き。

「俺は、名前のことが全部大好きだよ」

いつの間にか空は微かに明るみ染まり始めていて、私の二番目の恋のスタートを教えてくれた。


あとがき



初恋は叶わない3 end.
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