人形姫・10




ナルトが里の英雄になってからも、世界情勢は不安定に揺らいでいた。

戦争が始まるかもしれない。
カカシは少年であった頃の空気を思い出していた。空はいつもと変わらず澄んでいるのに、砂埃が被ったように不明瞭でどことなく重い。そして、大地から不穏なチャクラが噴き出しているように感じる。

「カカシ先生」
「ん?」

振り返れば、青年に近付いたナルトが立っていた。
名前が見たらビックリするほど大人の顔つきになった。ナルトよりも少し年上の名前なら、きっともう大人の女性になっているだろう。

「どうした?」
「折入りまくって、お願いがあるんだってばよ」

どうやら、こう言う所は変わらないみたいだな。カカシはマスクの下で笑いながら、言ってみなとナルトを促した。







「うん、健康そのものですね」
「ありがとうございます」

定期検査の結果は良好で、今後はもう少し時間を空けて検査をして大丈夫だと医者は言った。今日は担当医はおらず、別の医者が検査をみてくれた。
名前は次回の検査の予約をして、病院を出る。

置屋に戻り、名前は布団に倒れ込んだ。

何だか最近はよく眠れない。怖い夢を見てしまうような気がして、物凄く臆病になっていた。天井の蛍光灯を眺めながら、名前は何も考えないように努めていた。

それなのに、目の端から涙が溢れてこめかみを濡らした。どうして泣いているのか分からない。

「疲れちゃった……」

どうして、こんなに忙しい毎日を過ごさなければならないのか。どうしてお稽古を、お座敷を頑張らなければならないのか分からない。

木ノ葉を離れて2年が経とうとしている。カカシが迎えに来てくれる気配はない。

もう、私のことなんて忘れたのかも知れない。そりゃそうだ。あの世界の人達は眩しい程に美しく、 カカシの様な人柄も何もかもが申し分ないと、こちらが言うのもおこがましい人達ばかりなのだから。

指輪だって捨てられてしまっただろう。それならば、持ってこなくて良かった。指輪があったら、思い出にするには心を整理できなくなってしまう。

帰る時に誓ったのだ。カカシが忘れてしまっても、決して自分は忘れないと。
忘れたくないし、忘れる訳もないのだ。初めて恋を教えてくれ、初めて愛を教えてくれた人を忘れるなんて出来ない。

時間は掛かるだろうが、この気持ちをきっと素敵な思い出の1ページに出来るに違いない。出来上がってから、その後のことを考えよう。毎日毎日想いを募らせては胸を掻きむしる思いでいた。

もう考えることも疲れてしまった。

「考えるのは、やめよう」

名前は、そっとカカシを胸の奥にし舞い込む。

「もうこんな時間……」

そろそろお座敷の準備をする時間だ。男衆が来る前に化粧をしなければ。名前は急いで着替えると、白粉を塗りこんだ。

支度を終えて、座敷につくと今日は久しぶりに医者が来ているのだとお茶屋の女将は言った。名前は、医者がどんな顔をして座っているのか想像しておかしな気持ちになる。あんなに失礼なことをしてしまったのに、まだ会いに来るなんてと申し訳なさそうにしているに違いない。とは言え、医者の行動は名前のみが知っているだけでお茶屋や他の人達も知る所ではない。
名前は深呼吸をしてから、座敷の襖に手をかける。

「花風さん……」

予想通り、とてもバツが悪い顔をしていた。名前は、静かに医者の隣に座った。

「先生、美味しいお酒を飲みましょう」
「……そ、そうですね」
「湿気た顔は似合いまへん。いつもの笑顔を見せて下さい」

名前は手酌をしながら、いつものように話を始めた。
医者は段々と表情を柔らかくし、名前もホッと胸を撫で下ろして仕事に集中しようとする。しかし、少しでも気が抜けると名前は決まってあることを考えてしまう。

この人が、カカシだったら……。

少しでも気を抜くと、この言葉が頭を掠める。

笑うと細くなる目の感じや、少し海外の血が混ざったような顔立ち。髪の色は流石に銀色ではないが、髪質も良く似ている。
そして、優秀で周りからも慕われる存在なのに実は不器用な所もある。

別の人だと分かっていても、彼の端々からカカシを連想させられる。

会えることを楽しみにしている自分と、もうそれ以上愛する人の片鱗を見せないでくれと請う自分。
きっとこの人に愛されたら幸せになれるだろうと夢見る自分と、この人の傍に居たらカカシを想い続けてしまう自分。

不意に、医者の手が、名前の手に重なる。名前が目を瞬せてから見遣ると、医者は自分のしてしまったことにうろたえて、慌てて弁明をする。

「すみません!あまりにも可愛らしく綺麗な手だったもので」

そう弁解したものの、なんの弁解にもなっていないことに気付いて、更に医者は勝手に狼狽えた。ひとりでコロコロと表情を変えて焦る様子に、名前はつい噴き出してしまう。
ポカンと最初は名前が笑っている様子を見ていたが、どうして笑っているのかに気付いてからは恥ずかしそうに頭を掻いていた。








「はあ……」

カカシは周りに誰もいないことを確認してため息を吐いた。

戦争が始まってしまったのだ。

こんなことでは、名前を迎えに行くことなんて到底叶わない。もしも、無事に戦争が終わったら、いや、まだ名前の世界へ向かう方法が見つかっていない。本当にどうしたら良いのか。

「その前に俺がまた死んじゃうよ」

戦うことには慣れている。死ぬ覚悟なんて、とっくの昔に出来ている。死んだら名前の世界に飛べたりして、なんて縁起でもないことを考えてしまう。

「今だけは、ごめんね名前」

今だけは名前のことを考えるのは止めておこう。会いたい気持ちが膨らみ過ぎると、冷静を欠いてしまいそうで怖くなった。
カカシは我愛羅に渡された額当てを締め直して、自分の率いる隊の前へと歩み出た。






ー75ー

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