人形姫・08


三代目の葬儀は、雨の中だった。

里の人々の涙が、空から降ってきているようだった。
三代目は、いつも名前の心配をしてくれていた。アカデミーでも、名前は火影のお使いを良く頼まれていた。その度に、名前の好物をくれると喜んでいた。三代目も名前のファンの1人だったんだろう。

「……」

この世界に来て、初めて触れる身近な死。名前は、カカシに抱き寄せられて俯いた。

「三代目様が居てくれたから、私はこの里で生きて来られました……」
「うん」
「まだ恩返し出来てないのに」
「そんな事はないよ」

俯けた顔を、名前は上げる。
カカシが火影岩を見つめながら、語り掛けるように口を開く。

「三代目は、名前が里の一員として皆に認められているのを喜んでいた。家族が幸せなら、自分も幸せだろう?それが、火影なんだ」

名前も、火影岩を見上げ瞳を閉じた。頬を伝う水が雨なのか涙なのか、自分でも分からなかった。とにかく、熱い雨だと肌で感じる。

「三代目様、ありがとう」





あれから数日経って、少しずつ里は復旧しようとしていた。
木ノ葉崩しの件以降、忍不足の里は忍達に今まで以上の任務を課していた。カカシも例外ではなく、むしろ、優秀な忍ほど負担が掛かっていた。

「いってらっしゃい。サスケくんに宜しくね」
「うん。ごめんね、折角の休みなのに」
「いいえ。いつも私がカカシさんを独り占めしてるんですもん」
「可愛い……」

カカシは辛抱たまらず、名前をギュウギュウに抱き締めると名残惜しそうに玄関を出て行った。
あれから、名前自身も慌ただしい毎日だった。
忍の先生達は任務に駆り出されアカデミーは休校状態。先生が居ない分、名前は、報告所とアカデミーを往復する毎日だった。

「私は掃除するかー」

名前自身も、殆ど休みなく働いていた為、気付けば部屋の隅にホコリが溜まっていた。
ベッドシーツをバサリと外し、洗濯機に放り込んだ。久し振りの大物に、洗濯機は気合いを入れるようにゴウンゴウンと唸り声をあげる。
ウッキーくんと布団をベランダで日光浴させ、天井から床までピカピカに磨いた。そのままベランダで外に向かって大きく背伸びをする。背骨がボキボキと鳴って、スッキリとした。慌ただしい毎日の中で、背筋を伸ばすことも忘れていたことに気付く。そういえば、舞妓の時も忘れていたなぁと思い出した。

「はぁ。こんなに凝ってたなんて、私も歳かも!なんて」

まだ10代でしょ!ってカカシに怒られちゃう、と名前はクスリと笑った。カカシの事を考えると、温かい気持ちになれる。
他人の事を考えて、温かい気持ちになれるのは初めてだった。ウッキーくんの横に座り、濡れた布を固く絞った。

「ウッキーくんは良いよね、ずっとカカシさんと一緒だったんだもん。私の知らないカカシさんも知ってるんでしょう?」

ホコリを被った葉を布で優しく拭きながら、名前は話し掛ける。当たり前だが、答えは返ってこない。
私に出会う前、カカシが何をしていたのか、どんな人だったのか、名前は時々気になる事もあった。忍だから、言えない事も沢山あると思うと、名前は聞けずにいた。どんな子供時代を過ごして、どんな事を考えていたのか。どんな思いで生きてきたのか。

「カカシさん、早く帰ってきて」

空を見上げれば、太陽が輝いていて、名前は目を細めた。そして、そのまま目を閉じて、光の暖かさを感じる。目蓋越しの世界は、赤色にボンヤリと包まれていて、この世界でやっぱり私は生きている。
本当は、ここは天国か地獄で、自分は死んでしまったのではないかと思う事もあった。でも、光を浴びる暖かい自分を確認する度に生を実感できた。
向こうの世界で、みんなは元気だろうか。親友や置屋の家族の顔が思い浮かぶ。もう二度と会えないのかもしれないと思うと、胸がギュッと締め付けられた。

「名前!」
「紅さん!?」

口の端を血で濡らした紅が、ベランダに降り立つ。いつも冷静な表情が、今は焦りに震えていた。

「ど、どうしたんですか?」
「カカシが……」

紅のすぐ後ろに、大きな影が軽い音を立てて降り立った。

「アスマさん……」
「名前、俺達を守るためにカカシが」

アスマの肩には、カカシがダラリと頼りなく乗っていた。その瞳は閉じられていて、開ける気配を見せない。

「カカシ…さん?」

名前は、カカシの頬を優しく撫でる。冷たくて凍ってしまいそうな肌に、名前の体は震える。

「名前、ごめんなさい。私達がいながら」
「謝らないで下さい。連れて来てくれて、ありがとうございます」

名前はすぐにベッドを整え、そこにカカシを寝かしてもらう。まっすぐとカカシを見つめる名前の目は、感情を読み取るのは困難だった。アスマの手を借りながらも、カカシのベストや額当てを脱がし、汚れた体を濡れた熱いタオルで拭いてあげた。

ボロボロになって任務から帰ってくる事はあったが、それでもカカシはいつも優しく笑い「ただいま」と言ってくれた。だから、意識のないカカシを目の前に、名前は何をどうすれば良いのか皆目検討もつかない。

「おかえりなさい、カカシさん」

返事は勿論ない。

「綱手様が居ればな」
「そうね」

知らせを受けた上忍達が集まって来た。名前が居ることに、皆一様に驚いていたが、どう見ても二人暮しな家の様子や名前の様子からすぐに察してくれた。

「イタチが現れた」
「イタチの幻術に掛かったんだ」

動物の名前だろうか。上忍達の会話が耳に入ってくる。いや、動物ではない。イタチと言う者に、カカシはやられたのか。

「おい、どうして上忍達がカカシの家にいる」

約束を途中ですっぽかされたサスケが、カカシの家に来た。アスマを始めとした上忍達は、目を逸らす。不審な空気に、サスケはすぐに警戒感を示す。

「サ…」

名前だけが、口を開こうとした瞬間、部屋に見慣れぬサングラスの男が飛び込んで来た。

「おい!うちはイタチが来たって本当か!?」

バカ…と呟きが静かな部屋に響く。
その瞬間、サスケは血相を変え部屋を飛び出していった。

「サスケくん!」

名前の叫びは虚しく響いた。上忍達は、素早く各々が動き出した。

「名前悪かった。サスケは俺達がどうにかする、カカシを頼めるか?」
「はい」
「カカシを助けられるのは、名前しか居ねえからよ」

アスマのニカッと豪快ながらも優しい笑みを見せられ、名前は頷いた。また、この部屋で2人きりになった。でも、今は意識のないカカシと2人きり。

「カカシさん…帰って来てくれてありがとう」

アスマに背負われたカカシを見た時、死んでいるのでは無いかと思い、心臓が止まってしまったかと思った。任務に出ていく彼の後ろ姿が、これで最後になってしまったらどうしようと毎日不安に思う。
そして、毎晩笑って帰って来てくれる姿を見て、涙が出そうなほど安心する。父が仕事に出掛けて帰って来なかったように、母と弟が家で変わり果てていたように。

「大丈夫、私が守るから」

守られるだけではいけない。忍術も体力もない自分が何が出来るかは分からない。それでも、目の前の愛する人くらいは守れるぐらいじゃないと。カカシは、里を守っているのだから。

「だから、安心して下さいね」

カカシの額に、名前は唇を落とした。



「はぁ、カカシさん重い……」

床ずれが起きないように、タオルを背中に敷く。日に何度も何度も。寝ているだけでも体は汚れ、タオルで拭いては綺麗なアンダーに着替えさせてあげた。 
本当に寝ているだけ、そんな風にしか見えないのに、カカシは一向に目を覚まさない。

「起きて…カカシさん」

一人じゃつまんないよ。と、名前はつぶやいた。つんつんと頬を突っついても、肌を引っ張り変顔をさせても、カカシは怒ることもしない。

「今日はイルカ先生が可笑しくてね」
「今日は、サクラちゃんが来てくれたよ」
「今日はスーパーが安売りしててね」

名前は、仕事から帰ると毎日話しかけた。目が開けられないだけで、聞こえているかもしれないから。
眠りに就くのは、カカシの隣で。その大きな体がベッドの大半を支配して、名前は体を縮こませてカカシにピッタリと寄り添った。彼の体温が、名前の心の支えだった。

「おやすみ、カカシさん」

返事のない唇にキスをして、名前は今夜も目蓋を閉じた。

ー23ー

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