人形姫・07


中忍試験が始まってから、見た事のない額当てを着けた人が里に増えた。他里の怖そうな人達を見る度に、名前は木ノ葉に来てカカシに出会えて本当に良かったと思った。
サクラ達に誘われて、名前は中忍試験の本選に来た。
娯楽の少ないこの世界では、試験でさえ娯楽のひとつのようだった。

毎日一緒にいて忘れていたが、みんなは忍なのだ。
それなのに、忍同士の戦いというものを見たことがなかった。ただただ、名前は呆気にとられていた。あのナルトが、こんなにも凄い子だったなんて。何だか、励ましていた自分が恥ずかしく感じた。自分が励まさなくたって、この子達は十分に強いんだ。
まるで、初めて忍を見た子供のように驚く素直な反応を見せる名前に、サクラは少し笑みを零した。

「名前先生って、何だか不思議ですよね」
「え?」
「忍なんて珍しいものじゃないのに、いつも初々しい反応して可愛いって言うか。なのに観察眼は、忍並みな所とかギャップが凄いですよね」
「そうかな?」
「忍の世界は、裏の裏を読んで行かなきゃいかない。でも、名前先生には裏も表もなくて、全てがそのままと言うか。その点ではナルトにそっくりだけど。どこで生きてきたら、そうなるんだろうって不思議です」
 
えーっと、違う世界です。とも言える訳がなく、名前は曖昧な返事をする。

「だから、カカシ先生も名前先生の事が好きなのかなって思います!名前先生みたいな人ってなかなかいないし」 
「へ?」

別に隠してた訳じゃないけど、恥ずかしくて名前は、顔から火が出る気持ちだった。サスケが漏らしたのだろうか。

「ナルトは気付いてないみたいだけど、カカシ先生の任務報告所でのデレデレっぷりは、明らかって言うかー!先生、いつも報告書出して受理印押されるまで待ってますよね。でも、名前先生以外の人には報告書、サラッと提出して捺印されるのも見ずに帰るんですから」

楽しそうなサクラの顔に、女の子はやっぱり鋭いんだなぁと思った。それに、サクラは頭脳明晰な子だったんだ。

「先生、見るからに怪しいけど、すごく良い先生だから」
「うん、知ってるよ」

サクラがニコッと笑った時だった。ついに最後の戦いが終わる。でも、まだサスケが来ていないことにサクラは焦りの色を出し始める。本当にこの子は、サスケが好きなんだとサクラが愛しくてたまらなく感じた。

「カカシ先生、何やってんのよー!」
「カカシ……」

サスケの修行をするからと、カカシは1ヶ月前に家を空けた。もう1ヶ月も見ていない彼の姿を、名前は頭の中で何度も思い出し、誰もいない家で名前を呟く毎日だった。
今回もパックンを置いていってくれたが、2週間経ったところで名前から戻って良いよと、お礼の骨のオヤツをあげて帰ってもらった。仲間の八忍犬達にもやりたいから、あと7本くれと言ってきたのは笑ったけれど。

「大丈夫、もうすぐ来る気がする」

名前は、サクラに微笑んだ。
サクラが少し泣きそうになった時、会場の真ん中から疾風が轟々と音を立てて砂と木ノ葉を巻き上げる。その風の中心から、見覚えのある2つの影が見えた。ひとつは背が高く猫背。ひとつは、白い肌と黒い髪。

「来た……」

サスケとカカシだった。
会場は、それまでの静寂が嘘かのように沸き立つ。誰もが、サスケの戦いを楽しみにしていたのだ。

カカシが掃け、サスケと我愛羅が対峙する。

名前は、初めて見る我愛羅の恐ろしい殺気に体が震えた。殺気だけで殺されてしまいそうだった。自分に向けられていない筈なのに、どうしてこんなに怖いのか。そして、サスケは大丈夫なのだろうか。
両手をグッと握り締め、震えを抑えようとしていると、温かくて大きな手が名前の頭にポンと置かれた。

「カカシ…さん」
「だいじょーぶ。サスケは強いよ」

カカシがいつもの優しい笑顔を見せてくれて、名前の震えは少しずつ和らいでいく。

「また後でね」

カカシは名前の唇に指で触れると、ガイの隣へと行ってしまった。サクラはサスケしか眼中になく、名前は1人恥ずかしくなった。
素人の名前でも、サスケと我愛羅の戦いのレベルが今までとは違う事に気付いた。サスケ一人でも、元の世界で勝てる人間なんていないだろう。そのサスケよりもずっとずっと、カカシの方が強いと言う事実は名前の想像の範囲を超えていた。
戦いは拮抗していた。いや、守りに入っている我愛羅よりも、攻めているサスケの方が有利の様に見えた。

名前が、息をするのも忘れていた時、異変は起きた。

無数の羽根が、視界を埋め尽くす。サクラが何か横でやっていた気がするが、名前は身の危険を感じ体を伏せた。

「これは!」

カカシは、直ぐ様幻術返しをする。名前の方を見ると、サクラは幻術返しをしていた。流石だと、カカシは感心する。その隣にいる名前を見て、カカシは驚きを隠せなかった。

「名前先生、幻術返し出来るんですか!?」
「サクラちゃん、これって……?」
「先生、こ……」

サクラが答える暇もなく、砂の忍が二人に襲いかかる。その瞬間、見慣れた背中が目の前に現れた。

「サクラ、名前、敵を減らすから寝た振りしててね」

いつもの優しい笑顔に、名前はコクコクと頷いた。うん、イイ子だね、と言われて言う通りに寝た振りを始めた。
そうは言っても、聞こえる断末魔や刃物がぶつかり合う音が嫌でも耳に入り、名前の体はガタガタと震える。耳を塞いで、体を限界まで縮こませた。一体、この短い時間で何人の人が死んだのだろうか。その中に、カカシも入っていたらどうしよう。
震える膝を抱える名前を横目に、カカシは写輪眼をあらわにさせる。

「名前……」

ある日、名前が寝ている時に命令で名前を写輪眼で見た事がある。名前の体にチャクラと言う概念が存在しないかのように、名前の体には何も見えなかった。きっと名前の世界ではチャクラは必要無いのだろう。
チャクラを乱す幻術は、チャクラのない名前には効かなかった。当たり前と言えば当たり前なのだろうが、不思議だった。

ある程度敵を減らした所で、パックンを口寄せし、サクラに任務を言い渡すとガイと共に戦いの中に飛び込んでいった。
サクラに励まされ、名前は必死に耐えた。それなのに、体をハァハァと息が言うことをきいてくれない。勝手に呼吸が乱れていく。鼓膜に鼓動するのは、金属がぶつかり合う音、自分のヒィヒィとした情けない呼吸音。

「お前、名前だな?」

全てがヒッと音を立てて止まった。聞き慣れない男の声で、話し掛けられる。名前には、その答えを言う余裕なんてなかった。もし、目を開いて木の葉の人間でなかったら…。

「……名前。お前を、連れて行く」

男が、名前の体を抱え上げた。
こんな所で人生終わりたくない!名前は、息を吸い込んで大きな声で叫ぶ。

「カカシ!」

精一杯の抵抗はしてみせたが、力で敵うわけもなく、猿轡をされてくぐもった唸り声しかあげられなくなってしまった。腕はひとつに結ばれ、体の自由も奪われてしまった。

「はたけカカシの名が出てくるとはな」

んーんーと唸り声をあげるが、男に嘲笑されて終わってしまった。周りを見れば、横たわる無数の人間、血塗れの惨状が広がっていた。名前は咄嗟に目を閉じる。体が震え、あの夜を思い出してしまいそうになる。

「カブト、俺は行くぞ」

男は何者かにそう伝えるとタンッと地面を蹴り上げた。闘技場の屋根に上がった瞬間、ひとつの影が二人の前に立ちはだかる。

「ごめーんね、その子と先約があるの俺なんだけど」

カカシだった。
口調は飄々としているが、表情は鬼気迫る。いつも気の抜けた目は、鋭く光り眉間には深く皺が入る。名前がカカシだと認識した瞬間には、圧倒的なスピードでカカシは男にクナイを突き付けていた。

「その子を離せ」
「嫌だと言ったら?」
「離せ」

男の首元にクナイの切っ先をピッタリとくっつける。互いに少しでも呼吸を乱せば、その刃物が傷付けてくることは明白だった。
男は男で、名前の細い首を空いた手でガッチリと掴む。その首を圧し折ってしまうことなど造作もないことを示していた。

「名前、大丈夫だよ」

濡れた睫毛を震わせていた名前が、少し頷いた。カカシにしか分からないほどの微細な頷きだった。
彼女の過去を知るカカシは、出来るだけ彼女に血を見せたくはなかった。向こうの世界でも怖い思いをしてしまった。そして、今も充分に怖い思いをさせてしまったから。

「名前、目を開けちゃダメだよ」

目蓋がギュッと閉じられた瞬間だった。
名前の体がフワリと舞い上がった。否、落下した。
すぐに屋根に着地すると思いきや、それよりも長く長く落下していく。あぁ、自分は地面に向かって真っ逆さまに落ちているんだと分かった。死んじゃう。

カカシ…。

心の中で、名前はカカシを求めた。助けを求めるとかじゃなくて、せめて死ぬならカカシのそばで死にたい。そう願った。

「名前、目を開けていいよ」

地面にぶつかる事無く、名前の体はガツンと衝撃を受けながらも落下をやめた。恐る恐る目を開けば、壁に垂直に立ち、優しく笑うカカシが名前を受け止めていた。

「頑張ったね、名前」

拘束を解かれ、名前はカカシに抱き着いた。

「ありがとう…カカシさん」

カカシは、名前の髪に鼻を埋め花の香りをいっぱいに吸い込んだ。

「名前の香り、本当に癒やされる」
「カカシさ……」

カカシにとって、名前は戦場の天使だった。その肌に触れるだけで、全ての傷が癒される気がした。気がするではない、本当に癒される。
カカシは、名前を木に隠し、その震える唇にキスをした。
すぐに戻るよ、と言って闘技場に戻って行った。名前は息を潜めて、枝と枝の狭い隙間で小さな体を縮こませた。
初めて戦場に身を置く経験に、名前の体は震えを止める術を持っていなかった。歯がガチガチと鳴り、指はプルプルと震え、肩がガタガタと外れてしまいそうなほどに震えていた。いくら一般人とは言え、何もできない自分が不甲斐なかった。

「情けない……」
「情けなくなんかないよ」

ハッと顔を上げれば、丸眼鏡を掛けた青年が名前の前に立っていた。

「君をさらう予定だったんだけど…写輪眼のカカシさんが居るからね。君とカカシさんが恋人だとは想定外だったよ」
「あ、あなたは」
「僕は何者だろうね?分からない。ただ、あの人の為に君が必要なんだ。悪く思わないでくれ」

青年が、素早く印を組むと名前の体に触れた。

「い!」

触れた所から全身に痛みが走り抜け、名前の意識は朦朧とする。白く狭まる視界の先で、青年が煙と共に消えたのが見えた。残りの煙が消えるのと同時に、名前は意識を手放した。


カカシの腕の中で名前が目覚めた時、三代目の訃報が伝えられた。

ー22ー

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