空島(57)

「…ウン!!アーーー!!ウウン!!」

ゾロは突然、喉の調子を整え始める。
そして目の前のツタを掴み、片腕でフミの腰を掴んだ。

「ま、待って!」

「アーーーアアーーーー…」

フミの制止を無視し、ゾロはスイーっと向こう岸へと飛んだ。ツタが揺れ、ちょうど岸へと到達する。すでに向こう岸へ着いていたロビンがフミを支えた。
ナミはゾロの掛け声に呆れた目を向ける。

「ゾ、ゾロさん!!」

「これも怖いのか?」

「急だったから!」

フミはそう言うが、恐怖から心臓の鼓動は速い。
ゾロに続いてまだメリー号にいるナミもツタを掴むが、恐怖で足が前に進まない。

「…ちょっと高いかも」

「50メートルくらいよ。失敗したら死ぬわ」

「そんな事言わないでよ!」

ロビンの怖い想像は首を振って否定し、ナミは意を決してツタを力強く握り、メリー号から飛んだ。
フミは尊敬の眼差しでナミを見つめている。恐いと言いながらもナミはやる女なのだ。

「うっ、わあっ!速すぎ!止まれないーー!!!」

ナミの目の前に大木が迫り、思わずギュッと目を閉じた。

「うぶっ!!!」

「度胸あるじゃない」

ロビンが間一髪でナミを悪魔の実の能力で、受け入れたが顔から突っ込んだナミは鼻を押さえる。

「本当に大きな森…」

「じゃあチョッパー船番頼むぞ!」

「よろしくね!」

「すぐ戻るから!」

「おう!みんな気をつけて行けよ!無事に帰って来いよー!」

チョッパーは他の4人に向かって大きく手を振る。
着いていく勇気が元々なかったチョッパーはみんなを尊敬の眼差しで見ていたが、あることに気がつく。

湖の真ん中で一人。襲われても戦うのは自分一人。もしかして危険なのは自分ではないのかと。









ゾロ、フミ、ナミ、ロビンは大樹の森を歩く。ロビンはずっと違和感を抱えたまま目の前にある古い井戸を観察していた。

「井戸が…そんなにおかしいか?」

「ええ…樹の下敷きになるなんて考えられない。自然と文明のバランスがとれていないのよ。」

「まァ、何にしてもよ。この雲の川を攻略しねェと…この森を歩き回ることはできねェな。神に会うどころじゃねェぞ」

「文明はこの樹の成長を予測できなかった。こんなケース初めて見たわ」

ロビンは思考を巡らせる。が、答えは出そうにない。
ナミは大樹の上へ登り、双眼鏡で辺りを観察していた。

「ナミちゃん!何か見えた?」

「おい!何とか言ったらどうなんだ!?神はいたか?」

「…何か見えたの?」

ナミの深刻そうな表情から、何か見えていることだけはわかるが一向に降りてくる気配がない。
フミとゾロは目を合わせ、首を傾げた。

その後無言で降りてきたかと思ったら、何も話そうとしないのだった。

「おいナミ!ちゃんと話せ!一体何を見たんだ」

「いいから黙ってついて来て!何とか海岸へ出るのよ!…って、私にも手貸して!!」

ついて来てと言いつつ、ナミの足は遅れていた。大樹の下を歩くのは一般人では難しい。地面から飛び出した木の根が岩くらい大きいのだ。
ゾロに手首を掴まれているフミを見てナミも助けを求めた。

「ついて来いって奴が先行くだろ普通」

「だけど海岸へ行けばわかるの?」

「ええ、とにかくちゃんと近くで確かめなきゃ!私だってまだ自分の目を疑ってるのよ!」

口に出せば、現実味が増してしまうし何より信じたくない。ナミはロビンの手を借りながら何とか海岸へと向かっていく。

「ハァ…ハァ…見て、これ!見覚えがあるでしょ!」

ナミがそれを指さした。確かに、言葉を失った意味がゾロにもわかった。

「どういう事だ…何で地上にあったもんがここに…同じものだろ?」

「いいえ。違うわ。これは地上で見たものの片割れよ。つまりこの島は、もともと地上にあった島なのよ。そもそもこの島は島雲でできていない事が不思議だった。」

ロビンの中で全てが繋がった瞬間だった。
島雲でできていない土がある神の島、目の前にあるもの、計画性なく作られた井戸。地上にあった島がこの空にやってきたというのなら説明がつく。

「おかしな家だと思ってたけど、あの家には2階があるのに2階へ上がる階段がなかったから…」

「そうね。あんな絶壁に家を建てる理由もない。あの海岸は“島の裂け目“だったんだ!」

フミの言葉にナミも同意した。

ーーーークリケットの家の半分が、ここにあった。

ジャヤで見た、クリケットの家。それは縦半分に切ったかのような小さな家にベニア板で大きなお城に見せかけていた。見せかけに騙されていたが、どうして家を縦半分に切れたのか。その疑問がここで解決する。

「ここは引き裂かれた島の片割れ。この島は、ジャヤなのよ!!」

絶壁建てられ、苔やツタに覆われているが片割れで間違いない。

「じゃあ昔、何らかの理由であの島は真っ二つに割れて…その半分が空へ来たと…」

「かつて、地上にあってノーランドが確認した黄金郷は海に沈んだわけじゃない!400年間…ジャヤはずっと、空を飛んでたんだ!!」

ナミはそう言って、目を見開いた。一見、驚いているように見えるがすぐに表情を変えた。

「うおーー!ありがとう神様ーー!ああ、苦労の末行き着いた空島。それが黄金郷だったなんて日頃の行いがいい私へのこれはご褒美ね!神様!」

「お前…この島の神が恐かったんじゃねぇのかよ…」

「神!?ああ、ナンボのもんよ!金より値打ちあんの!?」

ナミの態度の変わりようにロビンは呆れた表情を浮かべる。

「あなた、さっきありがとう神様って…」

「言ってる事めちゃくちゃだなコイツ…」

それがナミの通常運転であり、フミが好きな部分でもあるので彼女だけは嬉しそうに頬んでいた。
疑念を解決させ、一向はメリー号へと一度戻ることとなった。来た道を戻りチョッパーが待つ祭壇へと歩いていく。

「ん…あれ…」

「え!?フミ!!?」

「どうした!?」

フミが突然走り出し、ゾロは戦闘体制に入る。ナミは慌てて駆け出した。少し走った先に苔で覆われた箱があった。宝箱だと思い、フミはすぐに開いた。ナミが喜ぶ顔を想像するだけでフミは口角が上がる。
が、すぐにフミは真剣な表情へと変えた。

「これ…もしかして…」

「はぁ、っフミ!どうしたの!?」

ナミが追いついてきて、しゃがんだフミの後ろから箱を覗き込む。

「なにそれ、実?」

「こ、この模様!!」

フミには見覚えがあった。実と思われるそれに描かれたぐるぐるの模様。幼い頃に1度、ルフィが食べたところを見たのだ。

「悪魔の実ね」

「っ!、悪魔の実!?」

追いついてきたロビンは冷静に告げる。ゾロは目を大きく開いて驚いていた。

「初めて見たわ…」

「どうしよう…」

「能力にもよるけど、売れば最低でも1億ベリーの値がつくわ。」

「い、1億ベリー!?でも、売るのって…」

ベリーに目が無いナミでも、悪魔の実を手放すのは惜しいと感じた。

「ロビン!この実の能力はわからないの?」

「分からないわ。悪魔の実は謎が多いもの」

悪魔の実の能力者のロビンでさえ、まだ分からないことだらけなのだ。しかもロビンが一瞬見ただけだが、苔は相当古いものだ。ジャヤであった時からあるのか、空に来てから誰かが置いたのか。

「とにかく、一度持ち帰りましょう。」

「うん、みんなにも見せなきゃ」

ロビンの提案にフミも頷き、苔に塗れた箱へと悪魔の実を戻す。ゾロがすぐにその箱を肩に担ぎ上げ、チョッパーが待つ祭壇へとまた歩き始めた。

やっとメリー号の姿が見えたが、様子がおかしい。行きは確かにあったマストが見当たらず、愛らしい小さな姿も見えない。

「?、あれ?チョッパーくん?」

「チョッパー!?どこ!?」

湖を挟んだ祭壇の上のメリー号を見据え、ナミとフミがチョッパーの名を呼ぶが返答はない。

「メリー号のマストがねェぞ…奇抜な改造を施したんだあいつ」

「そんなわけないでしょ!敵襲を受けたのよ!チョッパー!遅くなってごめん!いるんでしょ?返事して」

「……八つ裂きにされたのかしら」

「コワイ想像やめてよ!」

ゾロとロビンは冷静だが、ナミとフミは落ち着かない様子だ。

「おいチョッパー!!いねェのか!?何かあったのか!?」

ゾロがそう声を上げる。すると、小さな影が四人の視界に入った。

「べ…別になんもコワイ事なかったぞ」

チョッパーが顔を出したのが見える。瞳からは涙が。鼻からは鼻水が大量に溢れ出し、怖かったのだと四人全員が理解できた。が、無事を確認できたので安堵する。

「おォ!?ホラ見ろ!ゴーイング・メリー号だ!あれが祭壇だァ!」

聞きなれた声が聞こえ、四人とチョッパーは声のした方へ目線を移す。
湖から伸びる白い細い雲から、小船に乗ったルフィサンジウソップの姿が確認できた。

「アーーーー!!!ナミさーん!フミちゃーん!ロビンちゃーん!恋の試練を越えてきたよホホー!」

「恐かったか!?お前ら!このキャプテン・ウソップが来たからにはもう安心だ!」

元気そうな声にナミは安堵の息を吐いた。三人はメリー号を追いかけてきてくれたようだ。
またツタを握ってメリー号へと四人は飛ぶ。ルフィサンジウソップの三人もメリー号へと乗り込んだ。

「フミ!!無事か!?怪我とかないか!?」

ルフィはすぐにフミに近寄り、全身を見下ろす。サンダルを履いていたから靴擦れ気味だが、フミは言わないことにした。

「うん、大丈夫!ルフィの方が怪我してるけど、大丈夫?」

「おー!色々あったんだ!」

色々は、本当に色々あったんだろう。ウソップもサンジも怪我をしている様子だ。チョッパーはすぐに全員に起きた出来事を話し始めた。

ーーーチョッパーは一人メリー号へと残った。ゾロに任された船の修繕を黙々と行なっていたところ、突然槍を持った男が現れて、ピンチを悟ったチョッパーは問答無用で空の騎士ガン・フォールに貰った笛を吹いたのだった。
男はすぐに燃える槍を使いメリー号のメインマストを燃やし始め、チョッパーは泣き叫ぶ。抵抗するが、チョッパーでは敵わない。そこに笛の音を聞きつけ、鳥のピエールに乗りガン・フォールが助けに来た。ダイアルを使って戦うが、ガン・フォールは燃える槍に刺され湖へと落ちてしまう。チョッパーはそれを助けようとして能力者にも関わらず、自ら湖へと飛び込んでしまった。
溺れて、水を飲んで、息ができなくて。チョッパーは気絶し、目が覚めると何故かメリー号の上で転がっていた。横には出血したガン・フォールもいて、チョッパーは急いで手当てをしたが、自分たちを助けてくれた人は見当たらなかった。

ウソップはメリー号のマストを見て、一瞬言葉を失った。

「…あ…あ、あのウソップ…ごめんよ。おれ、必死で戦ったんだけども…色んなトコ燃やされて」

「お前ケガは大丈夫なのか?」

「え!?う、うん」

「燃える槍とはやべェ野郎だな…!燃やされたのがお前じゃなくてよかったよ!ダハハ!船の事は後で考えようぜ」

ウソップの優しい言葉に、チョッパーの目頭は熱くなった。かっこいい、そう感じた。

「おれはもっと頼れる男になるぞ!!」

「おいチョッパー!変なおっさんどこだ!重症なんだろ!?」

ルフィは戦ってくれたガン・フォールの姿を探す。チョッパーはすぐに振り返り、慌てたように口を開く。

「そうなんだよ!空の騎士が!」

チョッパーが駆け出したので、全員後ろをついていく。ダイニングキッチンに布団が敷かれてあり、そこにガン・フォールが眠っていた。鳥のピエールも側で心配そうな声で鳴いている。

「ただでくれた笛1コの為に…ここまで戦ってくれたのか!」

そう言いながらルフィはガン・フォールの顔のそばにしゃがみ込み、眉間に皺を寄せる。

「空の騎士が来てくれなかったらおれも船もダメだった」

「色々聞きてェ事もあるが…目を覚ますまで待とう。船もこの状態。日も落ちてきてるしエンジェル島へ帰るのは明日になりそうだな。とりあえず森へ下りて湖畔にキャンプをはろう。もしもの時はここよりいくらか戦い易いだろ」

「うおーっ!やったー!キャンプだー!宴だーーー!」

サンジの提案にルフィは大声で賛同する。ウソップはすぐに心配そうな表情を浮かべた。

「ええ!おいちょっと待てよ!ここは敵陣だぞ!キャンプって…」

小言を並べるウソップだが、全員聞く耳を持たず森へと降りる。そして一番乗り気になるのが、ウソップという男だった。
サンジは料理の準備をしながら、全員輪になって座る。キャンプはもうはってあり、ウソップはどこからか持ってきた黒板を設置した。

「よーし!みんな!まずはなにがあったか報告だ!!」

そう言いながら、ウソップは黒板を使って起きた出来事を話し始めた。

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