肉まんが食いたいって言ったのはルフィだった。雪がちらついたかと思えばもう積もっていて、傘を持ってきて正解だったとウソップは鼻を高くする。そりゃ温かいものを食べたくなるのは当たり前で、ルフィの提案にウソップは大きく頷いた。
学校帰り、ウソップの黒い傘とルフィの透明な傘が並ぶ。いつもはうるさいルフィが一言も話さず、どんよりと曇った空から落ちてくる雪を見つめている。たまにルフィはこうやって物思いにふけっている。
「もう、傘いらねェな」
傘がいらない程度の雪になり、傘を閉じるウソップに続いてルフィも傘を閉じまた空を見る。真剣な表情はいつものルフィからは想像できない。
「なァ、どうしたんだよ」
声をかけるとルフィはやっと空から視線をそらし、ウソップの黒い瞳を見つめた。
「んー………」
質問の答えには一切なってはいないが、ウソップには何となくわかってきた。ルフィが何を考えて雪を見つめているのか。小さく吐き出されたルフィの息は白くなって消えた。
コンビニが見えても空腹のはずなのに、どこか胸がいっぱいで。ルフィはわけのわからない感情に支配されていた。嫌でも浮かんでくる顔に胸が締め付けられる。
「お前……なんて顔してんだよ」
「どんな顔だ?」
「誰かに会いたいって顔」
ルフィは一瞬きょとんとしたかと思うと、声を出して笑い始めた。ウソップは突然笑い出したルフィに気味が悪くなる。
「なんだよ…急に…」
「ウソップにバレバレだったんだな、って」
「メールでもしろよ」
「んー………」
曖昧な返事に、もうお手上げだとウソップは急いで目の前のコンビニの中に入った。外とは違い暖かい空気が体を包み込む。店員のやる気のない「いらっしゃいませ」なんてルフィには届いてもいないだろう。レジの近くに置いてある肉まんは残り一つ。下にはピザまんもある。
「ルフィ、どっちがいい?」
「おれ肉まん」
「じゃあおれはピザまん」
お互い会計を済ませてまた雪がちらつく外に出る。またやる気のない店員の「ありがとうございました」が聞こえた気がした。体は冷えていくのに肉まんを持つ手はほんのり暖かい。
「うめェ!!」
さっき悩んでいたのが嘘のように、ルフィは笑顔になった。その様子に少し心配していたウソップは満足したのか、ピザまんを一口含む。チーズがとろりと溶け、こっちを買って良かったと嬉しそうに笑った。
「おれさ、メールじゃなくて会いたいんだよ」
もう肉まんを食べ終えているルフィに驚きはしたがウソップは何も言わない。
「片道30分だろ?」
「それでも、雪が降ったらなんかなまえの顔が浮かぶんだよなァ。」
「寒いからか?」
「なまえは寒がりのくせに、雪が好きで……嬉しそうに笑うんだ」
電車で30分かかる街になまえは住んでいた。ウソップは会った事はなかったが、ルフィの話でなんとなくどんな人物か想像できる。ルフィが好きになる女だ、最高の女だろう。
「すぐに転けて、手掴むと冷たくて、ありがとうって楽しそうなんだ」
ピザまんのチーズはもう固まってしまった。それでもウソップはその存在も忘れて、ルフィの背中を押していた。ルフィは突然押されて転びそうになるが、何とかバランスをとる。
「今すぐ行け!!」
遠い距離にいるなまえとは三か月に一回会えればいい方だった。予定を合わせずに行ってなまえに会えなかったら…そんな不安はないことはないが、ウソップの真剣な目を見れば走らずにはいられなかった。ルフィは傘も忘れて駅に向かって走り出す。雪で滑りそうになっても、雪で顔が濡れても、どうでも良かった。ただ、会いたくて。走った。
なまえがいる駅についた頃には辺りは暗くなっていて、雪も足首まで積もっていた。逢いたい、ただその一心でなまえの家まで走る。驚くだろうか、怒るだろうかどんな顔でもなまえが見られるなら良い気がした。
ハァハァと息が荒いルフィはやっとなまえの家の前に着く。部屋に明かりはついていない。携帯を開いて電話をかけようとした時、何かが地面に落ちる音がした。ルフィが振り返ると、ビニールの袋を落としたなまえがいた。
「ルフィ……!?」
驚く彼女に近づき、力いっぱい抱きしめた。彼女の匂いがする、触ることができた。ルフィは泣きそうになる。
「どうして!?」
なまえは今の状況を把握できていないのか、ルフィの背に手は回さず直立で固まっていた。ルフィはなまえの肩に顔を埋め、その体温を感じる。ずっと会いたかった彼女が腕の中にいる、その幸福感は何にも代えられない。何も答えてくれないルフィに観念したのかなまえもルフィを抱きしめ返す。驚いてはいるものの、ルフィに会いたくて仕方がなかったのはなまえも同じだった。
「私もね、ルフィの顔が離れなくなって肉まん買いに行ってたの。雪の日は絶対食べたでしょ?」
さっき落としたコンビニの袋の中身は肉まんだったらしい。ルフィの抱きしめる腕の力が少し強くなる。
「なまえっ、」
ルフィの鼓動は驚くほど速い。走ってきたからなのか、なまえにドキドキしているのか。わからないがなまえもつられて速くなり、自然と笑顔になった。
「ルフィ」
「………ん」
「綺麗だね」
ルフィに包まれながらなまえは空を見上げた。夜空から降り続ける雪は真っ白で、冷たい。そのなまえの笑顔にルフィは来てよかったと心の底から思った。この笑顔を見るために走ったのだ。
こうやって雪が綺麗だと言い合うのは、誰でもないなまえがいい。なまえしかいない。ルフィはそう感じた。なまえの頬に手を添えてゆっくりと唇を近づけた。目を閉じたなまえの姿は綺麗で、雪のように溶けてしまわないか心配になる。一瞬触れ合うだけのキスだけで寒い体が暖かくなっていく。
どんな映画を観たって、どんな小説や音楽だってそのヒロインに重ねてしまうのは間違いなくなまえだった。ルフィは日を重ねるごとになまえを好きになっていた。毎日溢れて止まらない。このまま増え続けて、止まることはないんだろう。
同時に呟かれた「好き」という言葉は少し残って消えていった。
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